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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
二章 世の中思い通りに行く方がおかしいのです
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焼き印解除


「キキョウ! 懲罰室に来いと言ったのに何故来ない!」


 男爵が焼きごてをこれ見よがしに両手に持つ。キキョウは深々と頭を下げた。


「申し訳御座いません! 先程の爆発で窓が壊れてしまい、その片付けをしておりました」


「そんなことはどうでもいい! わしが来いと言ったのならすぐに来い! でないと、お前のその虫けらににも満たない命を捻り潰すぞ!」


「誠に申し訳ありません! 何卒ご容赦を……!」


 男爵の汚ならしい口が横に延び上がり、化け物のそれとなる。キキョウは一歩後退った。


「こっちへ来い! そして服を脱げ……早く!」


「……それは」


「何だ? 口答えか? 高々奴隷の癖に随分な口を叩くじゃないか?」


「……今は緊急事態で御座います。何者かから襲撃を受けているのです……このような――ぐっ!」


 キキョウが胸を押さえて(うずくま)った。額には冷たい汗が浮かび、唇を噛み締め一筋の血が口の端から垂れる。見れば、男爵の右手に嵌めた指輪が妖しく光っていた。ははあ! 指輪と焼き印が連動しているのか。


「わしが脱げと言ったら脱ぐのが良いメイドだ」


「か、畏まりました……」


 キキョウは着ていた服を全部脱ぎ、男爵の前に立った。顔を側め、両手で局部を隠す。男爵の顔は、見る間に人間とは思えない外道のそれへと変わった。


「何を隠しておる。気を付けをせい!」


 男爵は空いている手でキキョウの乳房を乱暴に掴んだ。


「はううっ!」


「中々いい反応をするではないか。わしも興奮してきたぞ! 懲罰室ではなく今日はここでしよう! だが、その前に罰を与えねばな。動くなよ?」


 キキョウは涙を流した。左肩の焼き印の影響で命令に逆らうことは出来ない。彼女は憐れな性奴隷だ男爵が焼きごてを片手で構え、掴んだ乳房に押し当てる――キキョウの絶叫が鳴り響いた、はずだった。

 男爵は少なくともそう確信していた。焼きごてに皮膚を焼かれたキキョウの悶絶する顔を見るはずだった。しかし、キキョウが絶叫することはなかった。乳房を乱暴に掴まれ、苦悶の表情ではあるが、男爵の望んでいた顔ではなかった。

 当たり前だ。焼きごては俺が握っているんだからな。そんなことは俺がさせるかよ。

 男爵の横に黒髪、黒い瞳の人間が立っていた。


「こんばんわ、男爵」


「何者だ!」


 男爵は焼きごてを放して後ろに飛び退いた。体型に似合わず機敏な奴だ。俺は焼きごてを紙のように丸めて投げ捨てた。鉄の棒切れくらい屁でもない。


「ネモ様! ネモ様?」


 キキョウが俺に抱きついた。俺は彼女を後ろに隠し、ナノマシンで作った外套をかけてあげた。俺の姿が変わったことに驚いているが、それに構ってはいられない。


「貴様……何処から現れた? 外で暴れている仮面の魔族の仲間か?」


「何故お前が俺に質問をしている? 何時(いつ)からお前が上になった?」


「口答えするな黒の一族風情が! 焼き印の押されてあるお前らなど怖くもないわ」


「なら怖さを教えて上げないとな。いい人生経験になるぞ」


「喧しい! 魔術も使えぬ下等生物が!」


 男爵は完全にマウントを取った気でいる。男爵は俺にも焼き印が捺されているものだと思ったのか、大股に近付いてきたかと思うと、手に嵌めたナックルで思いきり殴り付けてきた。俺はそれを難なく躱し、男爵の腕を後ろ手にして組伏せる。


「何故わしに抵抗できる!? お前の焼き印はどうした!?」


「焼き印? そんなものは始めからない」


「そんなわけあるか! 黒の一族には生まれてすぐに焼き印が捺されるはずだ! 畜産省の人間が管理を怠るはずがない! お前の名前は?」


「答える義理がない」


「これは由々しき事態だぞ!? 管理から逃れた黒の一族がいると、畜産省の人間が把握したなら、連合国がひっくり返るかもしれん!」


 さっきから何を言っているのだ? 畜産省なり、管理なり、連合国がひっくり返るなり、まるで意味がわからない。俺はただキキョウに親しみを持って欲しかったから黒の一族に変身しただけだぞ?


「黙れ。次喋ったらこの腕を折る」


「貴様こんなこと――うがぁっ!!」


 俺は問答無用に腕をへし折った。


「ひいいっ! 待て! 何故、何故だ!?」


「五月蝿い豚だ」


 俺は腕を放した。男爵は腕を庇いながらいざり下がる。が、逃がすようなことはしない。俺は、男爵の首を片手でひっ掴むと壁に叩きつけた。そして、間髪入れずに空いている片方の手を男爵の口に突っ込んだ。


「今からお前にはキキョウの焼き印を解除してもらう。いいな?」


「なっ、何を――」


 俺は男爵の口に大量のナノマシンを流し込んだ。


「あがっ――! がっ――!」


 口から溢れるナノマシン。それらは自らの意思で男爵の口に戻ろうと、彼の体を登り始めた。鼻、耳、目といった穴と言う穴へナノマシンが侵入を果たした。これだけ入れれば十分だろう。口から泡を吹いているが、まあいい。いい薬だ。


「ネモ様……ご主人様に何をしたのですか?」


 キキョウが俺の裾を掴んだ。


「体調が悪そうだったからね。薬を処方しておいた」


「魔法の、ですか?」


「それに近いかな」


 進みすぎた科学は魔法と区別が着かないと言うしね。今暫くはナノマシンを魔法といっていてもいいだろう。下手に魔法ではなく、科学だと言いしも、信じてもらえない。何より説明するのが億劫である。


「それで……その薬はご主人様を治せるのでしょうか?」


「あのな、あの豚野郎をご主人様と呼ぶのは止めろ。いいな?」


「ですが……」


「何でもだ」


「……わかりました」


 おおっと、豚野郎の治療が完了したようだ。腕の怪我も無かったかのようにすっくと真っ直ぐ立ち、心なしか汚ならしい顔が綺麗になった気がする。


「どうだ? 今の気分は? 中々味わえない不思議な気分だろう? こっちへ来い」


「貴様ぁ! わしに何をした!? 体が……勝手に……動くではないかぁ!!」


「相変わらず汚ならしい家畜みたいな顔をしていやがる。一度整えてやらないとな。おい、自分で顔を殴って整えろ……待て待て、これがあると大分早いぞ」


 俺は男爵に折れ曲がった焼きごてを渡した。男爵の顔から血の気が引いていくのが、端から見ていてもわかった。

 男爵には薬を処方した――これは強ち嘘ではない。俺のいた世界ではナノマシンは立派な薬であった。抗生物質などという前世代の代物とは違い、それぞれに人工知能を搭載したナノマシンは患部を的確に診断することが出来る。

 俺はナノマシンたちに脳と脊髄、神経を乗っ取ってもらった。ただ、脳は意識を司る分野と言語を司る分野は残しておいた。故に、意識がありながらにして、体が勝手に動くというパンクな体験をしてもらっているのだ。


「まず一発」


 鈍い音がした。焼きごてに血がついた。


「力が足りないな。もう一回!」


 男爵は自らの顔を焼きごてで滅多打ちにした。可哀想に。見ていてこちらも痛くなってくる。キキョウを振り返れば、彼女は俺の裾を握りながら顔を背けていた。


「キキョウ」


「は、はい」


「見なくていいのか? 君を辱しめた相手だぞ?」


 キキョウは首を振った。


「そうか」


 さて、そろそろいいだろう。俺は男爵の手を止めさせた。うわあ、何だか割れた柘榴(ざくろ)みたいだな。気持ち悪い。


「お願いだ……もう止めてくれ。何でも言うことを聞く。お前の目的はキキョウだけか? ならばくれてやろう。くれてやるから許してくれ」


「男爵! こっちへ来い。そして、焼き印を解除しろ!」


「わかった! わかったから自分で歩く! 自分で歩かせてくれ!」


「……そうだな。何やら反省しているようだしそれくらいはいいかもな」


「ならば、早く!」


「だが断る」


「うぅぅ……! 何故だ!」


「俺はお前の絶望する顔が見たい。殺してくれと懇願する顔が見たい。犯される顔が見たい。すべてを諦めその汚い臓物を撒き散らす姿を見たい……だから断る」


「悪魔め!」


 何とでも言うがいい。俺はエリシャの前に立ち塞がる障害物を薙ぎ倒すだけだ。今回はエリシャがキキョウを欲しいと言った。そして、それには男爵が邪魔だった。だから排除する。たったそれだけのことだ。もし他の人間も邪魔をするようなら、そいつらも排除しないとな。まあ、屋敷にいる人間にはすべて蜘蛛を付けてあるので見失うこともない。何なら、今すぐに殺してもいいが、それは気が引ける。


「では、解除してもらおう! キキョウ、こちらへ」


「はい」


 おずおずとキキョウが前に出た。

 男爵により解除の呪文が唱えられる。

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