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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
二章 世の中思い通りに行く方がおかしいのです
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フォーカス男爵

 ネモから合図があった。エリシャは(あらかじ)め額につけていた髑髏(どくろ)の仮面を落とした。真っ白な絹の手袋には魔法陣が刻印されている。左手には破壊の魔法陣を、右手には破壊を巻き戻す魔法陣を、それぞれ赤い線で描かれていた。

 燕尾服に身を固めたエリシャがフォーカス邸の門を吹き飛ばした。巻き上がる塵芥、崩れる石塀、幸いとも言うべきか爆発に巻き込まれた者はいなかった。

 駆け付ける衛兵、鳴り響く警報、避難する非戦闘民を尻目に、エリシャは一歩踏み出す。僅かに対応の早かった衛兵が四五名、彼女の前に立ちはだかった。彼らは各々にマスケット銃を持ち、扇形に散開して狙いを定める。

 エリシャはそれを虫を払うかのように、左手で往なした。それだけで衛兵たちの銃が破壊された。ある銃はひしゃげ、またある銃は半ばから折られ、極めつけは花が咲いたかのように銃身が破裂した銃があった。


「ま、魔法!?」


「そんな馬鹿な!!」


「人間が魔法を使えるはずがない!!」


 衛兵たちが一歩、二歩と後退り、代わりにエリシャが前に踏み出した。仲間の引ける腰に手を添え、逃げ出さないようにしている様は何とも滑稽なものであった。彼女は両手を抱え、肩で笑う。声には出さないそうした動作が、衛兵たちを更に恐怖に陥れた。

 エリシャは人間である。それは変わらない。彼女の持つポテンシャルがどうであれ、人間である彼女に魔法は使えない。彼女の使っているものは正真正銘の魔術であった。ただ、エリシャが魔術を発動させる場所には、昼間に潜伏させた蜘蛛たちがおり、彼女は蜘蛛たちが展開させた魔法を、更に魔術で点火させ発現させているに過ぎない。

 それに気が付かない衛兵たちはまんまとエリシャを魔法を使う魔族と思い込んだわけだ。


「魔族だ! 魔族が現れたぞ! 者共気合いを入れろ!」


 衛兵長らしき人物が叫ぶ。それに鼓舞された彼の部下たちが、魔法陣の札を持ち、魔弾の装填された特殊な銃を担いで、エリシャを鶴翼の陣にて包囲した。

 しかし、エリシャは慌てない。髑髏の仮面に手を置き、不敵に兵たちを見渡すと、再び破壊の魔術を発現させた。今度は銃ではなく、彼らの足元の地面が崩れ落ちる。一瞬にして深さ二丈(約六メートル)の穴がこさえられた。

 穴に落ちる兵と運良く免れた幾人かの衛兵。安堵の溜め息も束の間、エリシャは彼らに更なる追い討ちをかけた。こさえた穴を、右手に嵌めた破壊を巻き戻す魔術で元通りにする。

 生き埋めになった兵たちはまず助かるまい。哀れにも、勇猛果敢に勇み足だった衛兵たちの顔色が青くなった。誰もがその一歩を踏み出せずにいた。その隙を見逃すエリシャではない。彼女は一瞬空いた間を縫って、空高く飛び上がった。

 崩れかけた塀に着地したエリシャは衛兵たちを見下ろす。すると、彼女の後ろの方から騎馬に乗った大勢の援軍が見えた。


「予想通りね」


 仮面の下で呟いた。エリシャは軽く後ろに目線を向け、左手を横に広げた。援軍の騎馬隊が消滅した――ように見えた。その実、騎馬隊は先程と同じように大きな穴に落ちたのだ。これは今しがたエリシャがこさえた穴とは比べ物にならない程大きく、深さもあった。


「二時間かけて作った甲斐があったわ」


 重ねて言うが、エリシャは魔法を使っていない。魔法による補助はされているが、彼女はあくまでネモの潜伏させた蜘蛛たちを起爆剤に、魔術を行使しているに過ぎない。

 右手を掲げて穴を元通りにする。援軍はいなくなった。恐れ(おのの)く衛兵たちにエリシャは会釈した。




 俺は、何もキキョウに欲情したから彼女の唇を強引に奪ったわけではない。俺に性欲と言うものはとうに消え失せた――ロボットだからな――。俺は彼女の口からナノマシンを送り込んだのだ。であるからして、いかがわしいと言われるのは心外であり、不誠実だと言うのは……一部否定しよう。

 兎も角、俺はキキョウにナノマシンを送り込んだ。それは彼女の傷を治すためであり、また健康状態も確かめておきたかったからだ。結果は後にならないと分からないが、彼女が話に聞く黒の一族通りならば何も問題はないだろう。

 強いて言えば妊娠位か。キキョウのこの傷跡は胸部は勿論のこと、背面に集中している。それは彼女が男爵から裸にされ、虐待された証拠だ。まだ、ナノマシンが彼女の体を巡っていないため、何とも言えないが()()()()可能性も無いわけではない。寧ろその可能性の方が高いだろう。

 さて、長ったらしい説明もここまでにして、俺がキキョウにキスをした場面に戻ろう。


 俺はキキョウを放した。彼女は飛び起きると服装を直し、扉に飛び付いた。


「さっきも言ったが扉は開かないぞ」


「あなた様は悪魔です! 私を(はずか)しめて楽しんでいるのでしょう!」


「心外だな。俺は君を助けようと思って――」


「ネモ様は吸血鬼ですね? だから私にキ、キスをしたのですか? 私を眷族にするために!」


 吸血鬼? この世界にはそんなお伽噺の怪物までいるのか。薄々察してはいたが、本当にその名を聞くことになるとは思わなかった。だが、俺は吸血鬼ではない。ただのロボットである。


「いや、それは違うな。さっきも言ったはずだ。俺は君を助けるために来た」


「……どうして私を?」


「エリシャが言ったからだ」


「そういうことじゃないです! 私が言いたいのはネモ様の気持ちです! 私にキ、キスをしたということは、そういうことと受け取ってもいいと言うことでしょうか……!?」


 最後の方は消え入るような声であった。俺は面食らった。そうだ、すっかり忘れていた。性欲が消えてからというもの、そういうことに対する配慮を全くしていなかった。惨めな境遇の女の子の前に、君を助けに来たと言う男が現れ、キスまでされたのなら彼女はどう思うだろうか? 悪手だったか!


「…………」


「答えてください! 私は真剣です」


 (もっと)もである。キキョウにとってこれは一生であるかないかのチャンスだ。これを人生の岐路と捉えていてもおかしくはない。

 俺は答えに窮した。どうする? どう答える?


『現状を最も安全に打破出来るのは肯定することです』


 そんなものはわかっている! だが、肯定してしまった後はどうなる? キキョウに酷なことをしていないか? 俺は責任を負いきれるのか? 


『なるようになるでしょう。人生というのは行く川の流れと同義です。川底に引っ掛かった石でも、いずれは動くことでしょう』


 俺はそんな詩人めいた答えを聞きたくない! さては機巧核、お前こういうことは不得手だな! わかった、ここは俺が答えをだそう。俺がお前の手本になってやろう。ようく見ておけ。


「俺とエリシャは……この言い方は良くないな――俺は君と出会ったときとても懐かしい気持ちになった。何故だかは分からないが、とても懐かしい気持ちになった。そして、そんな君が傷ついてはいけないと思ったんだ。だから助けに来た……これじゃあ駄目かな?」


 キキョウは首まで赤くして目線があちこちをさ迷う。エプロンドレスの裾を掴み、終いには下を向いてしまった。


「……し……です」


「ん?」


「嬉しいです……! こんな私なんかのために貴族を敵に回して……私は何て幸せ者なんでしょう――! ですが、それは出来ないのです。私はネモ様についていくことは出来ないのです――これを見てください」


 エリシャは服がはだけるのも厭わず、左肩をさらけ出した。息を荒くさせ、羞恥で上気した頬は赤い。肩と一緒に(あらわ)になった左の乳房が震えた。俺は左肩に刻印された禍々しい焼き印をしかと目に焼き付けた。


「魔族のネモ様はご存じないかもしれませんが、人間は奴隷に対し反抗できないように、このような焼き印を捺すのです……! これはただの焼き印ではありません。無理矢理消そうとすると捺された人間が死ぬようになっているのです――!」


「知っているさ」


「――え?」


「知っていると言ったんだ」


「では、知っていてここに来たのですか? 解除する方法はご存じなのですか!?」


「いや、知らない。無理矢理君の腕を切り落として、また新しい腕を用意することも出来るけれど、魔術の適応範囲がわからない以上それも出来まい。重ねて言うが、俺は焼き印の解除方法何て知らないよ」


「じゃあ、どうして私に夢を見させたのです!? どうして私に自由なれると言う幻想を見せたのです!? 答えてください!!」


 キキョウは俺に掴みかかってきた。俺は彼女の肩を優しく抱き、はだけた服を元通りに着せる。


「もうすぐだ」


「ふざけないでください!」


「ふざけてなんていないさ。ほら、聞こえるだろう? 誰かの足音だ。誰のものかは君がよく知っているんじゃないかな?」


 キキョウは俺からぱっと離れた。足音が彼女の部屋の前で止まり、荒々しく扉を叩いた。そのとき何を思ったのか彼女は俺を窓際のカーテンの中に押し込んだ。直後、扉は開かれる。

 フォーカス男爵が焼きごてを持って現れた。

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