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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
二章 世の中思い通りに行く方がおかしいのです
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屋敷には蜘蛛がいる

 今日はクリーバル家とフォーカス家のお見合いがある。ロールスト連合国の西南地方、それも海に面した小さな町フォーカスを治めるフォーカス家の嫡男、フィロ・フォーカスと、同じく海に面した小さな町を治めるクリーバル家の長女、クリア・クリーバルはフォーカス邸にて向かい合い談笑していた。

 差し当たって会話の内容は自身の小さな頃の話や、兄弟の話、自身の好きな食べ物から音楽の話題まで多岐に渡っていた。二人はすぐに意気投合し、今は二人だけで屋敷内を案内している最中なのだった。


「……それで、ここが家の図書室さ。ここは港町だから沢山船が来る。その船に乗せてある本を長年買い集めていったらこうなってしまってね」


 地下二階にある図書室は最近増築した第二図書室を含めると、延べ二万冊を誇る蔵書数となっている。ここにある蔵書はその七割程度であるが、壁一面の本、屹立する本棚が幾つもあり、古めかしい紙の匂いが鼻腔をくすぐる。


「まあ、何て素敵な場所かしら。私、昔から本には目が無くて……フィロ様はどんな本をお読みで?」


「僕は(もっぱ)らダンジョン本かな。違う言語で書かれているから難しいけれど、僕らでは全く想像もできないような物語ばっかりなんだ」


「私もダンジョン本は大好きですの。最近読んだものですと……『ジーキル博士とハイド氏』かしら。人間の二面性について深く考えさせられましたわ」


「『ジーキル博士とハイド氏』だって!? 僕は去年その物語を自力で翻訳し終えたところなんだよ! いやあ奇遇だなあ! 君とは本当に馬があう」


「では、フィロ様の訳した『ジーキル博士とハイド氏』も読んでみたいですわ」


「翻訳書は僕の部屋にあるから、後で使用人に持ってこさせよう」


 クリアは図書室を見渡した。閲覧席の机に置かれた魔術灯が揺らめいた。彼女の目には好奇心の灯が灯った。フィロに目で了解を得ると並んだ本棚から一冊の本を引き抜いた。


「こちらは?」


「それは評論書だよ。何でも”エイガ〟なるものについて論じている」


「その”エイガ”とは何ですの?」


「僕にも詳しいことはわからない。だが、役者、悲劇、喜劇、という言葉が幾つも出てくるから恐らくは演劇の一種なんだと思う」


「演劇の一種……ですか。ではこの単語は何と読むのですか?」


 クリアは適当に開いた(ぺーじ)にあった一つの単語を指さした。


「これは“かめらわーく〟と読むんだけど詳しくはわからない。この単語は恐らく二つに分かれていてそれぞれの意味を合わせた言葉だとは思うんだが……っといけないいけない。今は二人なんだからもっと楽しいお話をしないと……」


「そんなことありませんわ。とっても理知的で――か、格好いいと思いますわ……」


 二人は何とはなしに顔を背けてしまった。フィロは頬を掻き、クリアは顔を手で仰いでいる。心なしか部屋の気温が上がったような気がした。


「つ、次の所へ行こうか。大分長居もしたことだし」


「え、ええ。そうしましょう」


 クリアが図書室を出ようとした時であった。彼女はフィロの後に続いて図書室を出ようとしたわけなのだが、フィロが扉を開けて廊下に出た瞬間、何やら小さい虫が床を這っていることに気が付いた。

 その虫はなんてことはない。唯の蜘蛛なのである。しかし、クリアはその蜘蛛が大いに気になった。鼻の先に乗る程の大きさの蜘蛛はぴょん、ぴょん、と跳ねながら図書室に入っていく。彼女は蜘蛛の行く先を見守った。


「フィロ様、こちらを……」


 フィロがクリアの指す方に目を向けてみると、一匹の蜘蛛が床を跳ねている。フィロは眉を細めた。


「これはお見苦しいものを失礼。すぐに殺しますので、暫しお待ちを。――キキョウ、要らない布切れはあるかい?」


 今まで図書室の外で待機していたキキョウが懐からハンカチを取り出し、図書室に足を踏み入れた。そのときエプロンにしまってあるはずの通声魔術の鉱石がないことに気がついた。キキョウの頭にネモと名乗る人物の顔が浮かんだ。


「フィロ様。その様な下賤な仕事は私にお任せください。フィロ様は次期当主になられるのですから――」


「細かいことは言うな。誰が取っても同じことだろう? たかだか虫を殺すのに身分も何もないよ」


「失礼しました」


 キキョウは一歩下がり、再び扉の前へ待機する。


「フィロ様、何も殺さずともよろしいのでは? 捕まえて外に放るだけでも良い気がしますわ」


「君がそういうのならそうしようか」


 フィロは難なく蜘蛛を捕まえると、それをハンカチに包みキキョウに手渡した。


「こいつを外に放してやってくれ」


「畏まりました」


 キキョウは駆け出した。ここは地下二階。加えて、この地域の建築物は空気穴以外の外へ通じているのは玄関しかない。恐らくは誰かの服にでも付いて入って来たのだろうが、この辺りの生き物は総じて夜行性なだけにキキョウは首を捻った。とは言え、たかがメイド風情がその事について深く疑問に持つはずもなく、キキョウはすぐに頭を切り替え玄関へ向かった。

 キキョウを見送ったフィロとクリアは次の部屋へ行こうと足を動かした。


                 ◇


 ハンカチを両手で包みキキョウは駆けていた。階段を一段飛ばしに駆け上がり、元の身体能力の高さを活かして玄関を目指していると、一階の応接間からフォーカス夫妻とクリーバル夫妻が並んで出てくるところだった。

 フォーカス男爵と目が合ってしまった。キキョウは慌てて速度を緩める。が、既に遅い。男爵は彼女を凝視していた。そこには隠しきれていない怒気が孕んでいる。彼女は生唾を飲み込んだ。

 キキョウは、男爵らの横を会釈を交えて出来るだけ早足に通り抜けた。だが、そのとき男爵がキキョウにだけ聞こえる声で彼女を呼び止めた。


「懲罰室へ来い。今日の夜だ」


「か、畏まりました……」


 キキョウに反論は許されていない。彼女に許されているのは命令の服従のみだ。男爵が死ねと言えば死に、笑って股を開けと言えば笑って開かなくてはならない。キキョウは元々は純白であったであろう、しかし今は黄ばんだハンカチを握る両手に力を入れた。

 男爵は目を細めてキキョウを見下ろす。でっぷりとした腹に詰まっているのは少女をいたぶる悪しき臓物だ。男爵は自慢の口髭を撫でつけると、クリーバル夫妻に向き直った。

 玄関に着いたキキョウは、熱を逃がさないための重厚な扉を片手で押し開けて、熱風吹き荒れる外にハンカチを広げた。しかし、ハンカチから蜘蛛が落ちてくることは無い。怪訝に思い、きちんと広げて裏表を確認するも、蜘蛛は見当たらなかった。

 キキョウは顔から血の気が引いていくのがわかった。もし、蜘蛛を男爵が目にしたならば、彼が怒り狂うことは目に見えている。服従の魔術が施されている以上嘘を吐くことも出来ない。彼女は無意識にエプロンドレスの上に手を置いた。ハンカチは仕舞った。いつまでもここにいるわけにはいかない。キキョウは扉を閉めると仕事に戻った。

 


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