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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
二章 世の中思い通りに行く方がおかしいのです
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蜘蛛の子

 一匹の蜘蛛が時計塔を登っていた。細い八本の足で器用に壁を掴み、時々吹く熱風に吹き飛ばされまいと壁の亀裂に身を隠す。登り始めて既に一時間の時が過ぎていた。


「――うんしょ、うんしょ――うんしょ、うんしょ」


 八つの目には吹き抜ける白い雲と乾いた壁が目に映る。頂上についたその蜘蛛は、自身のお尻から後ろ足を用いて器用に糸を紡ぎ一枚の網を作ると、それを四本の足で日傘のように掲げた。

 網は風に煽られて蜘蛛を運んでいった。熱風に乗り、内地から海辺を目指して飛んでいった。死を運ぶ熱風は強く吹き抜けた。


「やほーい。アイキャンフラーイ! いっくぞー!」


 時計塔はフォーカスの町から少し離れた高台に建っていた。一昔前まではこの高台の下に市場が広がり、フォーカスの町の象徴として、旅の詩人に歌われるものであった。しかし、老朽化による度重なる修繕。巻き上がる砂による故障は、町の財政を圧迫する大きな原因となり、現在では時計塔は放置され、この十年間は修繕されていないという。市場も他所へ移り、今では乞食たちの住み処となっている。


『こちら第八三六号。町はずれの時計塔の情報を入手! そちらに送ります!』


 蜘蛛は収集した情報を独自の暗号通信にて主人の元へ送信した。空高く舞う蜘蛛は八つの目に映る眼下の町並みを記録し、今は誰もいない市場、狭苦しくマヤ文明の入り組んだ文字のように潰れた平屋の建物が並ぶ住宅街、その間を縫う道とも呼べぬ道を記憶した。


「うお!? 入電か!?」


 そのとき、蜘蛛に一通の通信が入った。第一波の一部が屋敷の屋根に取り付いたとのことだった。上空からでは、屋敷まではまだ距離があるので細部まで確認は出来ない。しかし、同じく上空を飛ぶ他の蜘蛛から送られてきた画像によりそれは解決する。


「ふわりと行きましょー! 蜘蛛は雲を目指すのです! なんちて!」


 蜘蛛は屋敷を目指すべく網を操作した。

  

                 ◇


 ある蜘蛛は、屋敷を取り囲む塀に出来た僅かな影に潜み、屋敷に訪れる来客を数えていた。


「…………。…………。…………はっ!? 私は寝てないぞ!」

  

                 ◇


「こちら第二四九号! たった今オブジェクトの屋根に着地した! これより潜入を図る!」


 別の蜘蛛はフォーカス邸の屋根に取り付いていた。フォーカス邸は貴族の矜持のためか二階建てになっており、他の建物よりも抜きん出て高い。屋根の外縁部に行き周辺の景色を記録するも映る人影はない。蜘蛛は満足すると屋根から糸を垂らし、壁に張り付いた。

 窓は二重構造になっており、耐熱を意識した作りとなっている。開けられるように蝶番(ちょうつがい)もついていない。完全に外の景色を眺めるためだけに作られた窓であった。


「目立って大きい入口はなし。恐らくは熱風の運ぶ砂嵐を警戒しているのでしょう」


 蜘蛛は足の微細な毛に格納してあるナノマシンを飛ばし、自身でも見つけようと壁の継ぎ目から、焼煉瓦(れんが)の窪みまで隅から隅まで歩き回っていた。

 やがて蜘蛛は三ミリ程度の亀裂を発見する。ナノマシンを先に潜らせたところ、どうやら内部に繋がっていることがわかった。


「やや! 見つけました! こちら二四九号、潜入を開始します!」


 蜘蛛と言えど、その本質はナノマシンの集合体である。つまり、自身での集合と離散が可能なのである。ナノマシン一つの大きさは水分子とほとんど同じ大きさなので、三ミリの隙間などは大洞窟の入り口みたいなものなのだ。

蜘蛛は少しづつ体を離散させ、屋敷の内部へ入っていく。


                  ◇                    


 あの蜘蛛は屋敷にある兵舎の中にいた。天井の隅に張り付いて微動だにしない。兵士が椅子に座って天井を仰ぐと偶然目が合った。

 小指の先ほどの蜘蛛の目などが見えるはずもないが、その蜘蛛は兵士を見ているような気がしてならなかった。


「おい、見てみろ。あの蜘蛛だ……え? 違うそっちじゃあない。あの木目のそばの不自然な点があるだろう?」


 兵士は隣にいた同僚の肩を叩いた。カードをしていた他の同僚も手を止め、兵士の言う蜘(・)蛛(・)を見上げた。

 見れば確かに蜘蛛がいる。八本の足を縮こめ、天井の埃、と言われればそれで納得してしまいそうな程小さい蜘蛛だ。


「ありゃあ蜘蛛だな」


 誰かが呟いた。


「俺が見つけたんだ」


 兵士が胸板を守る胸郭を叩いた。鈍く耳障りな音が鳴った。兵士三人は天井の蜘蛛とにらめっこをしている図が傍目にはどう映るのかなど、誰も気にしていない。ただ眼上の蜘蛛をじいっと見ていた。

 

                  ◇


 

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