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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
二章 世の中思い通りに行く方がおかしいのです
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キキョウ

 俺たちは海から領主の屋敷へと一本に延びる大通りを登っている。乾いた風とじりじりと照りつける日差しにエリシャが既に白旗を上げつつある。俺は彼女を背負っていた。


「そう言えば、キキョウはフィロを探していたんだろ? 放っておいて平気なのか?」


「フィロ様は大丈夫です。あの人はいつも何処かを放蕩して女の人を作っているので、今頃も女の人といるでしょう」


「けれど、今日は何か大事な日だったのでしょ?」


「はい。今日はフィロ様のお見合いの日だったのです」


「それなのに当の本人が見つかっていないの? とんだ不埒者なのね、そのフィロって人は」


「否定はしません。フィロ様は次期フォーカス家の当主となられるお方。万が一が起こらないよう見つけなければならないのですが……」


 キキョウは俯いた。その後ろ姿はひどく小さく見える。出会った当初の強気はどこへやら。目の前の勝ち気な少女は陰気な少女になった。

 この日差しにより、俺におぶわれたエリシャの口数が徐々に減っていく。彼女の体内のナノマシンが体の幾つかの部位の体温上昇を検知し、急いで熱を冷まそうと発汗した。俺の背中がぐっしょりと濡れたことは言うまでもない。


「キキョウ。少し待ってくれ、そろそろエリシャが熱中症で倒れる」


「でしたらこちらをお使いください」


 キキョウが懐から竹筒を取り出した。俺はそれを受け取り、手近な日陰に移動すると、エリシャをそこに寝かした。熱を逃がしやすいように胸元を開く。竹筒には魔法陣が彫られていた。俺がその魔法陣を読み解くと、その魔法陣は付与魔法で、保冷の魔術が掛けられていた。


「助かる」


 俺はエリシャの上半身を起こし、竹筒の水筒を彼女の口に流し込んだ。


「全部使っても?」


「も、勿論です。どうぞお使いください!」


 俺はある程度エリシャに飲ませた後、彼女の首元、脇、胸元に水をかけた。水筒の中身は二割くらいに減ってしまった。


「ネモ様はお飲みにならなくても?」


「俺は平気だ。余っているのだからキキョウが飲むといい」


 そういって俺はキキョウに水筒を返そうとした。しかし、キキョウは受け取らずに、俺へ返してきた。


「いやいや、キキョウが飲んでいい」


「私めよりもネモ様がお飲み下さい。私は黒の一族です。体が丈夫なので心配無用です」


「しかし、丈夫だと言ってもこの暑さは堪えるぞ?」


「それはネモ様も同じなのでは?」


「いいから飲め」


 俺は半ば無理矢理キキョウに水を飲ませた。言わなかったが、キキョウも実は危なかったのだ。俺のナノマシンが彼女の体温を観測したところ、三十八度八分であった。相当危険である。だから是が非でも飲ませたかったのだ。

 ふと、キキョウの生い立ちが気になった。彼女は何処で生まれ、何処で育ち、どのような環境に身を置いているのだろうか? もしかしたら、俺たちの同伴者となるかもしれないだけに気になった。加えて、黒の一族という蔑称を甘んじて受け入れている彼女だが、そこに一族の誇りはないのだろうか?

 キキョウが水を飲み干した。


「これで楽になるはずだ。お前も危なかったんだぞ」


「申し訳ありません。私が役に立たないばっかりに……」


「気にするな。まだキキョウは子供なんだからな」


「こ、子供……」


「どうした?」


「これでも私は成人しています! 子供ではありません!」


 初対面のときにきいたあの声だ。溌剌としたしゃんとした声。強く響き、打てば鳴る鐘のように良く通る声。キキョウは真剣に怒っているが、俺にはその顔も先程の狼狽えた彼女の顔よりいいものに映った。だが、本当に子供ではないのか? 俺には一四五歳の少女にしか見えないぞ。


「キキョウは幾つ?」


「私は一九です」


 おいおい、エリシャよりも一つ歳上じゃないか。


「一四五歳かと思っていた。済まない」


「あ、謝らないで下さい! それくらい構いません」


『もしもし、キキョウ、フィロ様が見つかった。捜索はもういいぞ』


 唐突にキキョウの懐から声が聞こえた。キキョウが慌てて取り出したのは、磨かれた鉱石に魔法陣を彫り込んだものだ。声はその鉱石から出ていた。ナノマシンを飛ばして成分分析をしてみても、機巧核のデータベースにはヒットしない未知の鉱石だった。


「それは?」


「通声魔術ですが……それが何か?」


「いや、初めて見たからな。少し気になっただけだ」


「これはそんな珍しいものじゃないですよ?」


「ちょっと見せてくれ」


 俺はキキョウの手から鉱石を取り上げた。鉱石はしっとりと重く、人肌の温度にまで温められてある。魔法陣の彫られている箇所を良くみると、通常の魔法陣とは比にならないほどの複雑な魔法陣であった。


「何をするんですか。返してください」


 キキョウが取り替えそうとジャンプするも、俺の高く上げた手までは届かない。俺はそのまま暫く観察を続けていたが、それも飽きてきた。返そうと下に目を向けると、未だにジャンプし続けているキキョウの慎ましやかな胸元が見えた。そして、そこには青黒くなった痣があった。


「待った」


 俺はキキョウの両手を片手で捕らえ、上にあげさせた。無防備になったところでメイド服を捲る。彼女は目を側めて、唇を噛み締めた。彼女が黒の一族の力で以て暴れても俺にはそれを上回る力がある。従って、彼女が俺から逃れることは出来なかった。

 酷いの一言に尽きる。キキョウの体はさながら戦場のように傷だらけであった。塹壕のような縫われた痕、走るみみず腫、腹部には抉られた箇所もある。嫌らしいことにそれらは人前では見せない箇所に集中していた。


「虐待か? それとも拷問か? まさか趣味ってことはあるまい」


「……な……くだ……。……離してください!」


「……済まない」


 俺はキキョウの腕を離した。彼女は乱れた服を整え、背を向けた。


「屋敷に戻るのか?」


「はい」


「また傷つくぞ」


「構いません」


「痛かっただろう?」


「いいえ、平気です」


「そうか」


「はい」


「じゃあ、俺は行くところが出来た。本当はキキョウのところへ行って君を買い取りたかったが、用事があるのだから仕方がない。そちらを優先させねば」


「そう、ですか」


「また、何処かで会おう」


「会えるといいですね。ネモ様はいい人ですから」


 キキョウは行ってしまった。俺の手には通声魔術の鉱石が握られたままだった。

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