メイドのお仕事
「ちょっと! 誑かすって何よ? うちのネモに何か用?」
「これは失礼しました、レディ。しがない女中風情が出すぎた真似を……それはそれとして”うち〟とはどういうことでしょうか。ご説明をお願いしても?」
何やら不穏な空気が流れ始める。このメイドは俺が模写した男の関係者で間違いないようだ。まさか関係者に会うとは思っていなかった。これは少し想定外だ。加えて、このメイド……少し釣り目の目から勝ち気な性格が透けて見える。機嫌を拗らすと面倒なタイプだ。ここは穏便に……。
「質問に質問で返すってあなたの家の当主様は配下の躾もなっていないようね。あなたを見ていると、全部わかるわ」
「フィロ様! このような淫売女とばかり遊んでいると病気をうつされますよ! さあ早くこちらへ。今日は何の日かお忘れですか?」
「今……何て言ったの? 私の聞き間違いじゃなければ、い、淫売女って聞こえたんだけれど――」
エリシャの声がしっかりと据わったものに変わる。
「あら、お耳がよろしいようで。私、はっきりと申し上げました。淫、売、女、さん?」
「この糞メイド……! 私を誰だと思っているの!? 私はエリ――」
「ちょっと待ったあ!」
俺は慌ててエリシャを止める。まったく、この娘は何を言いだすのだ。自分から正体を明かす奴があるか! 俺は激昂した娘っ子の襟首を持って耳元へ引き寄せた。
「――馬鹿! いきなり何を言いだすんだ! こんなところで正体がばれるなんて天国の父さんも悲しむぞ!」
「ご、ごめんなさい……で、でも!」
「言い訳など聞きたくない。後は俺が対処するからエリシャは適当に頷いておけ。いいな?」
まだ何か言いたそうなエリシャを目で牽制し、俺はメイドへ向き直った。メイドは怪訝そうな顔で俺を見ていたが、俺は軽く咳払いをして仕切り直すことにした。
「悪いが俺はフィロではない。俺はネモだ。君が探している男は俺に似ているのだろうが、それは他人の空似だ」
「そ、そんなはずは……!」
「ほら、良く見ろ。俺の顔を良く見ろ。君の探している人とは全然違う顔をしているだろう?」
俺はメイドにばれないよう徐に顔を変えていった。とはいいしも、大胆に変えることは出来ないので、顔に黒子を浮かばせたり、皺を深くしたりとその程度であったが。
「そ、そういわれてみれば、そのような気がしないでもないような気がします。確かにフィロ様は目元に黒子はありませんでしたし、こんな渋くて格好いい男性ではなかったような……」
「そうだろう? 他人の空似というものは良くあるものだから、とやかく言うつもりはないが……いきなり人の手を掴んでおいて、俺の連れを罵倒したことはどう落とし前を着けるつもりだ?」
メイドは顔を赤くして手を離した。
「申し訳ございません! 度重なる無礼に加えて、お連れ様の尊厳を傷付けるような重罪を働いてしまいました! 何なりと罰を申し付け下さい!」
メイドは文字通り額を地面に擦り付けて土下座をした。テラス席の床は一言で言うと汚い。給仕の娘が掃除をしているようだが、細かいところの掃除までは行き届いていないようで、床には小さい屑が落ちている。その床に頭を擦り付けるということは、つまりそういうことを意味している。
「と、言われてもな……俺は生憎と異邦人だからこの領の刑法について寡聞にして知らない」
「では、私のご主人様を呼んで――」
「待て待て。俺はなにもそこまで言っていない。ごほん……だが、俺の連れは連合国のそれも第二盟主の領地出身だ。彼女に任せるのはどうだろうか? 何より、罵倒を受けた本人だ。理に叶っているだろう?」
「……はい」
俺はエリシャに目配せをしてバトンタッチした。隣に座る彼女はソーサーとカップを持ち上げ、一口紅茶を啜るとそれをテーブルに置き、大きく深呼吸をした。
「私はエイラよ。あなた、名前は?」
「……キキョウと申します」
「キキョウ……ね」
「綺麗な名前だ」
ここで俺が口を挟んだ。ほんの出来心である。が、その後に起こった反応は劇的なものだった。
「き、き、綺麗!?」
「綺麗?」
「ああそうだ。俺の生まれ育った国では桔梗という植物があってだな。その植物はとっても綺麗な花をつける。薄紫色の綺麗な花をね。その昔、有力な上流階級の家の家紋にも使われていたんだ……と、話が逸れてしまったな。続けて」
ふと見遣れば、キキョウは肩を竦めて身を震わせている。エリシャもばつが悪そうに頬を掻いた。
「はああ! そんなに怖がらなくてもいいじゃない。私は何もキキョウを厳重に罰しようなんて思っていないわ。だから、ほら、顔を上げて」
「怖がるなんて――! で、ですが私は罰を受けないと……」
「じゃあ、私のところに来ない?」
「……え?」
「だから、私のところに来ないかって言っているのよ。だってキキョウは罰を受けなくちゃいけないんでしょ? だったら私のところに来るのが罰よ。それなら文句はないでしょう?」
「そ、そんな勝手に言われても、私のご主人様が承服するとは……」
「では、ネモ。この子の家にまで行くわよ。直接交渉した方が早いわ」
俺は席を立った。エリシャの決めたことなのだから異存はない。給仕の娘を呼んで少し多目の代金を渡した。娘は驚いて俺に返そうとしたが、俺は迷惑料だと言うと渋々受け取った。適当に娘を労い、代金とは別にチップを渡す。娘は顔を輝かせて深々とお礼をした。
店を出た俺たちは、この土地特有の暑い日差しに照りつけられながら、キキョウの屋敷を目指した。キキョウは常に俺たちの後ろに立って歩こうとするため、エリシャが道案内をしてもらおうと彼女にお願いしてもにっちもさっちもいかない。仕方がないので俺はキキョウの手を取り、前を歩かせた。
「ネ、ネモ様!? 私などの賤民を触れるなどお手が汚れてしまいます! お離しくださいませ!」
「断る。だってそうしないとキキョウはすぐに後ろに行くだろう?」
「……私は従者ですので――」
「何が賤民よ、くだらない。皆同じ人じゃない。ただ髪の毛、瞳の色が違うからって差別するなんてどうかしているわ」
「エイラ様!? そのようなお考えは危険で御座います! 先日も元第二盟主様がそれを議会で発言したがために失脚なされたのですよ? あのような身分の高いお方でも失脚するのですから……」
「私が捕まるって? ふふふ、面白いこと言うのねキキョウは」
「え? それはどういう?」
「何でもないわ。行くわよ」
暫く俺が手を引いて歩いていたが、キキョウも諦めたのか振りほどこうとはしなくなった。寧ろロール人が黒の一族の手を引いている、と周囲の注目を集め始めたので率先して歩き始めた。俺は漸く手を離した。一瞬、キキョウが俺を振り返ったが、すぐにまた顔を前に向けた。




