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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
二章 世の中思い通りに行く方がおかしいのです
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旅路の支度は受難の支度

 人は記憶を風化させる。そこには常に無常という言葉が横たわり、月日を追うごとに大きさを増す。それが記憶のキャパシティを超えたとき、人間は記憶の風化を完了し、晴れて忘れることが出来る。しかし、自然界の風化同様、記憶にも風化には程度の差がある。身近な人の死や自身の身に起きた大きな出来事などは風化され辛い。エリシャの記憶にも父さんを失った事実と残された遺志は重くのしかかり、決して風化されないオブジェとなった。

 ここ最近では、第三盟主であるコクーランの死亡と体長十メートルを超えるワイバーンがコクーラン領にて目撃されるという事件が、そのオブジェになりつつある。連合国全体で巡回する憲兵の数が増え、対ワイバーン、もとい精霊討伐隊などが組まれた。市民は常に上空を警戒し、賑やかな夜の繁華街もそのなりを潜める。

 人通りのめっきり少なくなった通りでは、終末思想を説く新手の宗教が勃興し、第三次ダンジョン群と結び付けて、その信者を増々増やしていった。連合国の中央議会所では、空席となった第一から第三までの盟主を新しく据えるため、水面下の権力争いが激化している。

 これらはすべて第三盟主の陰謀と俺の責任が大きい。いや、俺がこの世界に来たことが最大の原因か? だが、聞けば今は第三次ダンジョン群が出現している最中だというし、それを想定していなかった第三盟主の責任ではないだろうか? 俺は死にかけの少女を助けただけだ。その他は周りが勝手にかき混ぜたのだ。従って俺には咎は無い。

 ――などと現実逃避するのが俺の最近の流行りである。エリシャが隣の大陸へ行きたいと言い出してから早三週間、情勢のごたごたのせいで碌に準備が捗らない。容姿を自由に変えられるので出歩くことは問題ないのだが、如何せん船で行こうにも日持ちする食料が調達できないだけでなく、空路で行こうにも隣大陸には濃い魔素の大気が充満し、入ろうとする者を拒む。一度行こうとし、大気の壁に衝突して引き返したこともある。

 ある夏の日の朝、俺とエリシャは隣大陸に一番近い港町にいた。その街の名はグレイフルという。ロール大陸の西の端に位置し、乾いた気候に暑い日差しが差し、見渡せば海か砂漠しかない。その様な街で、俺たちは海にほど近い喫茶店のテラス席にて朝食を取っていた。


「いつになったら行けるのかしら?」


「俺に聞くな」


「でも、こうなったのは私たちの責任もあるでしょう?」


「そうだが、だからと言って、あれをこうしろと指示も出来ないだろう。……いや、いっそのこと俺たちが表に出たら連合国の貴族連中も一致団結してくれるんじゃあ……」


「最後に、私たちを殺すために、って言葉が抜けているわよ」


 パラソルの下で取る朝食は別格の味だ。薫る潮の風が風味をより引き立てる。俺は最後のフィッシュフライを口に放り、もしゃもしゃと飲み込んだ。塩味が効いておりとても美味しい。


「とは言え、いつまでもこうしているのもどうかと思うわ」


「何か魅力的な案が?」


「ネモ、忘れたの? 私たち随分前になるけれどギルドの伝手を手に入れたでしょう?」


「ああ、あれか。だが、あの伝手はまだ生きているのか? 何せあれから三か月近く経つわけだし、忘れていても不思議ではないぞ」


「その辺りは大丈夫よ。ロール人は義理堅いの。約束は基本的に守るわ」


 今度はエリシャが最後のフィッシュフライを口に入れた。零れる幸せそうな表情に俺は何だか子犬に餌付けをしている気持ちになる。


「だとして、ここからだと移動には相当時間がかかるな。何せあの二人は首都にいるのだろう? 今から行ったとして……馬車で二週間と半分、空路だと一日だな」


「なーんだ、そんなに時間は掛からないじゃない。空路なら一日なのでしょう? またネモの背中に乗りたいわ」


「見られたらまた面倒なことになるぞ」


「ワイバーンじゃなければいいのよ。精霊には空を自在に飛ぶものもいるわ」


「どんな精霊がいるんだ?」


「色々よ。ワイバーンを始め、ヒポグリフやグリフィン、フェニックス、ドラゴンが有名どころね。この中だったらヒポグリフが一番いいわね」


「捕まえやすいのか?」


「違うわ。いえ、それもあるけれど……比較的人間に懐き易いから飼い慣らしている人もいるってことよ。ヒポグリフなら空を飛んでいてもそんなに目立たないの」


「じゃあ、俺がそれに変身すればいいわけだな」


 俺は空になったお皿を下げてもらい、二人で食後の紅茶を頼んだ。褐色肌の給仕の娘がたどたどしく注文を取り、厨房へそれを伝える。給仕は軽く会釈をして下がっていった。


「だが、ギルドに行って何をする気だ? まさかダンジョン攻略とは言わないよな」


「そのまさかよ。ダンジョン攻略に行くのよネモ。ダンジョンでお宝を一杯見つけてお金にして資金を貯めるの。そして父さんの遺志を果たしてから隣大陸に行くのよ」


「父さんの遺志って言うのは、黒の一族を開放するってやつか」


「そうよ」


「だが、解放なんてしたらそれこそクーデターだぞ」


「父さんを殺した国が滅びようと私の知った事ではないわ。滅ぶべくして滅んだのよ。ほら昔の本にも栄者必衰の理ってものがあるでしょう?」


「平家物語まであるのか」


「ネモ知っているの?」


「その本は元は俺のいた世界のものだ。俺の生まれる千二百年位前に書かれた」


 そのとき給仕の娘がカップとティーポッドを持ってやって来た。覚束ない手でカップに紅茶を注ぐ。すると、案の定ぐらつく手から紅茶はカップの外へと溢れ出し、テーブルクロスを汚した。目を白黒させて謝る娘に俺がチップを渡し宥めると、エリシャが店主を呼び俺が紅茶を零したことにしてテーブルクロスを取り換えてもらった。

 とんだとばっちりを喰らったがまあいい。娘も彼女なりに頑張った結果なのでこのくらいのことはお安い御用だ。娘は首が捥げそうな勢いで頭を下げてきた。俺たちはそれを止めさせると、短い労いの言葉を掛けて彼女を仕事に返した。


「で、情勢が安定するまではギルドで路銀を稼ぎつつ、黒の一族を開放していくってことでいいのか?」


「ええそうよ!」


「立派なテロリストじゃねえか」


「テロリスト?」


「ああ、自身の正義を確信的に信じ込んでちょっと手荒な行動もする一派のことだ」


「まるで私たちね」


「…………」


 ふと、何気なく喫茶店の前の人通りを眺めていると、一人の道行く使用人と目が合った。決して人通りの多くはない通りだ。朝からテラス席で朝食を取っている男女を見れば、何か思うことがあるのだろう。彼女はその瞬間大きな丸い目を更に大きくした。俺は怪訝に思いながら見ていると、彼女は何を思ったのか俺の方へ近付いてきて、喫茶店の柵に手を置くとそれを乗り越えてきた。

 突拍子もない使用人の行動に俺だけでなく、俺の視線に気が付いたエリシャもカップを口に付けて固まっている。使用人はそれに気が付かないのか俺の元まで来ると、唐突に俺の手を引いた。その力は思いの外強い。


「フィロ様! こんなところにいらしたのですか。ニ三日見ないと思ったら、また朝から見知らぬ女性を誑かして……。この様なことは家名に傷が付くから止めてくれと、大旦那様も言っていらしたではありませんか。また雷を落とされない内に屋敷にお戻りくださいませ」


 俺のことをフィロと呼んだ使用人は俺の手をがっちりと掴み離しそうにない。誰かと人違いをしているのだろうか、と思ったが、一つ心に当たることがあった。今の俺の姿はエリシャと初めて宿に泊まった時にその辺の男の姿を模写したものだ。若しかしたら模写した男に関係する人物なのかもしれない。

 んん、そういえば使用人の容姿を描写するのを忘れていた。彼女は真黒な髪の毛をショートボブでカットし、黒に白のエプロンドレスをしたハウスメイドの格好をしている。瞳の色は髪の毛と同じく真黒であり、目鼻口元を見るに、どう見ても日本人である。

 所謂、黒の一族であった。


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