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遅すぎた救出


「コクーラン! 今お前はヴェンを殺したと言ったのか?」


 豪雨は止み、風だけが残った。厚く黒い雲は姿を消し、灰色のそれに取って変わられた。所々から青空が見え、太陽の光が地に差す。墓所には合計で二十八人の死体があった。


「ああ、言ったぞ。ヴェンは私が既に殺した。君たちが助けようとしているヴェンはもういない」


 墓所の象徴であった朽ち木の大木は無惨にも引き裂かれ、殆ど根元から破壊されている。大木の周囲は大きな水溜まりが出来ていた。水に浮かぶ大小の破片が、付かず離れず風にそよそよ揺蕩う。


「嘘よ!」


 墓石に付いた水滴はつうっと地面に垂れる。緑の草木は瑞々しく、葉に乗せた雨粒に負けじと上を向いた。雨宿りを終えた鳥たちが空に飛び出し、彼方へ消えていく。


「本当はまだ殺すつもりはなかった。だが、思わぬ来訪者に出会ってしまってな。こうする他なかったのだ。私の復讐は失敗に終わったが、それでも本懐は成し遂げてやるとも」


 雨水が小川となり、高台にある墓所より流れ出した。俺の魔法で作り出された巨大な溝へ滝となって落ちていく。徐々に周りの泥を削っていき、次第に大きくなる小川に幾つかの死体が落ち込んだ。


「貴様ああああ! よくも……よくもおお!」


「本当は、アルクドルク家が隠している魔術を聞き出してから殺したかったのだが致し方ない。そのために費やした二ヶ月間は無駄になってしまった」


 激高したエリシャが、跪いているコクーランの左腕を魔術で吹き飛ばす。肘から先を失ったコクーランは、痛みに呻きながらも、決して笑みを絶やすことなくエリシャを嘲笑った。


「いつ! いつ殺した! 父さんをいつ殺したあ!」


「……貴様らが現れた瞬間には殺しておいた……こうなることが何となくだが予想できたのでね……それと、今だから言うが、ヴェンは私の屋敷の最上階、一番奥の部屋にいる――ぐふっ!」


 エリシャが更に右腕を吹き飛ばした。コクーランの下に出来た水溜まりに、彼の血が混じり溶けていく。叫び声が墓所に響き渡った。

 俺はその様子をまるで他人事のように見ていた。吹き飛ぶ両腕、滴る血液。二十八人の死体に、これから新しく一人追加されようとしている。それらをここではない何処かから覗いているような気がした。液晶画面越しの出来事。映画を見ている気持ちになる。

 俺は、はっとして我に返った。なんだ今のは? すべてが無機質に見え、零と一に変換されていくような……。しかし、今はそんなことをいっている場合ではない。早くエリシャの父さんの居場所に向かわねばならない! コクーランが嘘を言っているとも限らないのだ。


「エリシャ! 早くそいつを殺せ! 早く君の父さんを助けに行くんだ!」


 エリシャも俺の言葉にはっとして二度、三度頷くと一枚の札を掲げる。その札には今までのものよりも複雑な魔法陣が書かれていた。ワイバーン譲りの魔力が、空気中の魔素を札に凝縮させ、大きな光に包まれる。


「我は破壊の使徒。万物を破砕し、粉砕する暴虐の嵐なり! 眼前の障壁を貫き、我が道を示せ!」


 エリシャの呪文が言い終わると同時に光がコクーランを貫いた。灰塵と帰した彼は最後まで笑っていた。

その笑みは心の底から笑っているように見えた。

 風が雲を流した。雲の切れ目から日差しが差し込んでくる。最後に残ったのは両腕と夥しい血溜まりだけだった。


「ネモ! 屋敷に行くわよ! 急いで!」


「少し待ってくれ。ちょっと吐き出したいものがある」


 俺は口の中にある二つの物体を口から吐き出した。それは黒の一族の使用人だった。


「んな! 生きているの!?」


「当たり前だ。エリシャの願いは俺の願いでもある。殺すわけがない」


 二人の使用人はぐったりとして目を覚まさない。気を失っている。俺は二人を横に寝かした。


「今は彼女らをここに置いて行こう。もしものことがあったら困る」


「そうね。またいつか会えるわね」


 俺はワイバーンの姿になると、エリシャを乗せてコクーランの屋敷に飛び立った。墓所から屋敷まではすぐに着いた。何やら屋敷が騒がしい。望遠機能で確認すると、屋敷には千人は超えそうな規模の兵たちによって固められていた。

 恐らくコクーランの奴がこうなることを見越して、兵たちを待機させていたに違いない。伝承のワイバーンも五百人の人間によって討伐されている。それを踏まえて今回は千人の規模なのだろう。俺を確実に殺すために――。

 だが、俺は伝承のワイバーンとは一味も二味も違う。使えるのは魔法だけだと思うな。俺にはナノマシンというものがある。千人来ようが二千人来ようが些事に過ぎない。


「こんな人数をどうやって突破しろって言うのよ。ネモ、何かいい案はある?」


「今試しているところだ」


「試すって……さっきから屋敷の周りを飛んでいるだけじゃない。それでどうやって試すのよ」


「まあ見ていな」


 そう、俺は既に千人の兵たちを一網打尽にすべく、雨粒ほどに集めたナノマシンを空から散布していた。今は風がある。霧状にするのは好ましくない。以前にも似たような戦法で兵の一団を倒したが、同じように事が運ぶとは限らないのだ。

 満遍なく散布し終えた時間を見計らって俺はナノマシンたちにある命令を出した。

 ――破壊せよ。

 たったそれだけの単純な命令だ。しかし、俺のナノマシンたちは、それぞれに人工知能を積んでいるので学習が出来る。俺の思考を汲み取ってくれる。雨粒ほどのナノマシンがすべて破壊魔法を発現させた。

 塵も積もれば何とやら……。一つ一つの破壊は小規模でも、ナノマシンの雨を全身に浴びた兵たちには十分だった。傍から見ればそれは恐ろしい光景だっただろう。破壊魔法を発現させる雨など悪夢以外の何物でもない。眼下が絨毯爆撃を受けたように爆ぜた。衝撃が地響きとなり街を揺らす。屋敷の窓がすべて割れた。


「……すごい」


「まあ、異世界の技術と魔法を組み合わせれば、こんなことも出来る」


「流石ワイバーンを単騎で倒すだけはあるわね」


 耕作地のようになった屋敷の前の広場に俺とエリシャは悠々と着地した。土がひっくり返り、地面から無数の人間の手足が生えている。地獄だと言われても納得してしまうような光景が広がっているが、エリシャは気にも留めず、邪魔な手足を蹴り飛ばしながら屋敷の中に突入した。

 俺は一度拡散したナノマシンたちを一度集め一体のスライムを造り出し、自身もスライムに変身してエリシャの後から突入した。

 内部は酷い有様だった。窓のある一階から二階の部屋は、爆発で吹き飛んだ土と人間だったものが無造作にぶちまけられ、異様な臭いを発している。屋敷は巨大な墓標と化した。


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