生前の独白
あれは黒の一族との戦争で私の領地が戦場になったときのことだ。つまり、今から三十年前のことだ。私はそのときコクーラン家の当主ではなく、私の父が当主であった。
物量と魔術で優勢に戦えていたのだが、しかし戦力差十分の一の黒の一族相手に苦戦を強いられることも少なくなかった。今でこそ彼らは奴隷に落ち大人しいが、当時は本当に恐ろしい連中であったのだ。
その戦争の最中、私の父が死んだ。死因は戦死だった。勇敢に戦ったとかではなく、ただの戦死だった。背後から奇襲され、心臓を刀の一突きだった。
父はそのとき、当時の第二盟主――と言ってもヴェンの父であるが――と混合部隊を組んでおり、黒の一族の本拠地を目指して行軍していた。黒の一族の奇襲を受けたとき、本来二人は連絡を密にして、共同で黒の一族を撃破するはずだったのだが、何を思ったのかヴェンの父親が連携を乱し、敵へ突貫を仕掛けたのだ。
父はその隙を突かれ戦死した。一方ヴェンの父親は黒の一族を撃退し、生還したのだ。加えて後に勇敢さを称えられ連合会議にて勲章を授与されている。
わかるか? 私の父はあいつの身勝手な行動により無駄死にしたのだ。――これだけではないぞ。あいつは突貫する際、何処からか精霊を服従させ自分の兵として使っていたのだ。――エリシャは分かっているだろう? 魔術に精霊を従えて使役するものはない。付与の魔術で一時的に支配下に置くことは出来るが、永続的にすることは不可能だ。つまるところあいつはダンジョンから誰も知らない極秘の魔術を隠し持ち、その魔術で精霊を支配下に置いていたのだ。
自身だけ安全なところに立ち、死に行く私の父を見殺しにした! これを恨まずにいられようか。これを水に流すことが出来ようか。
……それだけではない。もう一つある……もう一つだ。私が三十年前のことだけをいつまでも根に持つ、チンケな輩だと思っただろうが、この話を聞け。この話を聞けば、エリシャもお前が生きていることの罪深さを知るだろう。
…………。
今から二十年前の話になる。私は若輩でありながらも、コクーラン家の当主として弱冠二十歳で連合国社交界にデビューした。戦争も終わり、焼け野原になった私の領地を復興するべく、私は奔走した。東奔西走、津々浦々を駆けずり回り融資の交渉を結んだ。
私は疲れていた。いくら若いとはいえ、休みもなしに国中を飛び回るには体力がない。私が融資してもらおうと、貴族の屋敷に向かう途中の木陰で休んでいるとき、汗を掻いた私にハンカチを差し出す女性が現れた。そう、それがアイシャ・ツェベルン。エリシャ、お前の母親だ。
私は優しい彼女の気遣いに癒された。そして一目惚れした。彼女は木陰の女神だった。当主になってから渇いてしまった私の心に、一匙の水を投げ入れてくれたのだ。私がどんなに嬉しかったかわかるまい。私がどんなに恋い焦がれたのかわかるまい。
私たちが恋に落ちるまでに時間は掛からなかった。長年連れ添った夫婦が、朝起きればお早うと言い、眠るときはお休みなさいと言うように、私とアイシャは深い絆で結ばれていたのだ。
だが、古くからの話にあるように、この恋を邪魔する者が現れた。アイシャは第二盟主が率いる第二同盟傘下の貴族だ。彼女の後ろには憎きアルクドルク家がいる。つまりヴェン・アルクドルクが現れたのだ。
アルクドルク家も戦争後に代替わりし、私と同じく二十歳の当主としてその辣腕を振るっていた。しかし、私とヴェンでは決定的に違う箇所があった。金である。当時、戦争で金のない私と、領地が戦場にもならずに勲章をもらったヴェンのどちらが金を持っていただろうか? 一目瞭然である。
小春日和の暖かい昼下がり。いつもの散歩の最中にアイシャが私に、第二盟主とお見合いがあった、と知らせてきた。私は嫌な予感がした。そしてそれは的中していた。何の巡り合わせか前世の因果か、ヴェンもアイシャを愛してしまったのだ。
ヴェンは連合国の重鎮である第二盟主であり、アイシャは同盟に名を連ねる一貴族に過ぎない。このお見合いを彼女の父が断ろう筈もなかった。私たちは引き裂かれたのだ。私はこのとき初めて血涙を流した。このときの枕は今でも大切に保管してある。
私の心の砂漠にあったオアシスが蒸発した。このとき私はアルクドルク家に復讐を決意した。それでも愚かな私は、彼女がヴェンとの婚約を破棄してくれるものだと信じて疑わなかった。そうだ、すぐに戻ってくるはずだ、と高を括り彼女の帰りを待っていた。アイシャが帰ってくれば復讐も考え直そう、と蜜のような甘い覚悟であった。
畢竟、彼女が戻ってくることはなかった。一年後、アイシャはアイシャ・アルクドルクと名前を変え、その一年後に一人の赤子を生んだ。――それがお前だ。エリシャ・アルクドルク。お前は本来私とアイシャの子だったのだ! これでお前の罪深さがわかっただろう。お前は盗人の子なのだ!
私が復讐を決意し直したことは言うまでもない。アイシャとエリシャとヴェンを殺す算段を十年間練った。が、アイシャ肺炎で死んだと聞いてそれを二人に修正し、殆ど達成した。後はヴェンだけだ、と慢心の帯を閉め直した。とはいえ、気がつけばこの有り様。私は何を間違っていたのだろうか? 私は何処でお前を殺し損ねたのだろうか? あと一歩のところで直接復讐を果たせない無念を何処で果たそうか? ……いや、それはもう無理な話だ。
土台、アイシャが肺炎で死んだ時点でこの復讐は失敗していたのだ。すべてはあの女に出会ったことが原因だ。彼女の清らかな心に弄ばれたのだ。彼女は精霊かもしれない。人を死へ誘い体を貪り食う精霊かもしれない。私は精霊と踊る一夜の夢を見ていたのかもしれない、と今更ながらに思うよ。
…………。
これがエリシャが知りたいことのすべてだ。私は決して権力欲しさに君を殺し、ヴェンを幽閉したのではない。もっと汚く、汚れて、汚物と愛憎にまみれた嫉妬で動いていたのだよ。
…………。
殺せ。私は殺されるのだろう? 君は私を許しはしないのだろう? 言わずともわかる。君は復讐者だ。私と同類のな。鏡で自身の目をよく見てみるといい。きっと瞳の中の仄暗い炎が見えるはずだ。
…………。
それと、もう一つ言い忘れていたな。そこのワイバーン擬きのスライム、お前に言いたいことがある。そうだ、お前だ。お前はダンジョンでエリシャを助けたと言ったな。ということはつまりお前はダンジョンの中から現れたということだな?
であるならば、今回の第三次ダンジョン群の来訪者はお前だ。お前の存在は、私の知る範囲ではドラ司令とエーロ司祭長しかいない。運が良かったな。もし、大勢の人物に知られたならば、連合国のみならず、周辺国すべてが総力をかけてお前を殺しに来るぞ。
静かに暮らしたいならば彼らをどうにかしろ。しかし、まあ、何時の時代も来訪者というものは厄介事をばら蒔く。この世界はそうやって循環している以上、避けられないことだがな。
貴様の技術でエリシャの死を偽造したのか、それとも本当に死から復活させたのかは私には与り知らぬことだ。だが、その技術が存在している以上、これからの百年は史上類を見ない程の激動の百年になるぞ。
…………。
エリシャ、君は大変幸運とも不幸とも言える境遇にいる。生きたければ、そいつにしがみつけ。歯を食い縛って歯形がつくまで食らいつけ。そうでなければこの先の時代を生きることは出来まい。
…………。
こんなものだろう。私は長く語りすぎた。こうして復讐を果たした今、心残りは何もない。さあ、エリシャ。貴様の復讐の相手は私だ。貴様の父を殺した私はここにいる!




