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復讐と断罪

 エリシャの発現させた魔術がヘイレンの頭部を吹き飛ばした。飛び散る脳漿と頭蓋骨の破片が地面に広がった。水溜まりが血溜まりに変わる。雨音が彼の断末魔を掻き消し、無惨にも地面に沈んでいった。

 俺はこの瞬間にエリシャが次の魔術を仕掛けたことを見逃さなかった。


「容赦ないな」


「無知は罪よ。それだけで断罪されるべきだわ」


 エリシャが俺の背中から降りた。俺の横に立ち、高らかに宣言する。それは死神の死の宣告であった。皆殺しの宣誓。虐殺の誓い。澄み渡る声は明瞭で、豪雨の音の隙間を縫うような声であった。


「ヘイレン公は死にました」


 この言葉の裏に隠された意図を見抜けない馬鹿は、この場にはいない。誰もがその真意を理解した。当たり前だ。誰もがそれを見ていた。今さら疑う者などいない。ここに例外が一人いるが、それは本当に例外中の例外なので、換算はしない。

 従者たちが後退り始める。コクーランもすっかり怖じ気づき、ヘイレンの死体も無視して走り始めた。だが、それを許す俺ではない。


「気の早い連中だ」


 俺は三々五々に散らばっていく彼らを逃がさないよう、魔法で半径五十メートルの円周に巨大な溝を作り出した。破壊魔法で地面を破壊し、陸の孤島を作り出したのだ。孤島の住人となった彼らに残された道は一つだ。戦って死ぬか、命乞いをして醜態を晒した後に殺されるか……どのみち死ぬが、映えある死ならばその魂も浮かばれよう。

 彼らのほとんどは前者を選んだ。コクーランを一番後ろに隠し、いつの間にか数を減らした従者たちに守られている。その数は五人ほどだ。ワイバーンと相対するには少なすぎる。話に聞いた限りだと五百人でやっとワイバーン一頭を狩ることが出来るとのことだが、冗談のつもりだろうか。

 加えて、二人ほどただの使用人がいる。武器も持たず、魔法陣も持たず、それでも健気に徒手空拳を構えて、一番コクーランに近い位置にいた。


「何かの冗談か? 俺をたった五人で倒そうと本気で思っているのか? 笑えるな。ふうむ、何か隠し玉でもあると見た。エリシャ、少し下がっていろ」


「うん」


 エリシャが俺の後ろに隠れる。俺は一歩踏み出し、敵の攻撃を誘った。魔術が蔓延るこの世界は人間すべてが総魔術師だと考えて差し支えない。それほどまでに魔術が浸透している。であるからして、俺の眼前で剣を構える彼らも魔術を行使してくる。俺はそれを待った。魔術を発現させることを期待した。

 まだ魔術は発現しない。俺はもう一歩踏み出した。その瞬間、俺の足元で魔術が発現した。創造属性の魔術だ。俺の足を堅牢な岩が飲み込むように固定している。何処かで見たような攻撃だ。ワイバーンの力を以てしても抜け出せないほどには強力な魔術である。コクーランの従者を務めるだけあってその実力は並みの魔術師ではない。

 俺が動けないでいるのを好機と見たのか、従者の一人が更に魔術を発現させた。と、言うよりその従者は俺に向かってあるものを投げつけてきた。俺が超高速度カメラでそれを分析したところ、武骨な石に魔法陣を刻み付けただけのものである。俺が魔力の衝撃波で払おうとした瞬間、それが爆発した。

 眩い閃光が俺の視界を埋め、一面を真っ白に染め上げる。

 なるほどフラッシュバンか。俺に直接魔術を及ぼそうとすると、膨大な魔力に阻まれて届かないから、その外で発現させたわけだ。魔術は根幹として魔法の下位技術であるため、真っ正面から挑めば勝てる見込みはない。だから、俺の体に直接新しい腕を生やしたり、爆発させず、あくまで俺の体の外側から攻撃してきたのだ。

 これでは完全に消化試合だ。このようなひ弱な魔術などで俺を傷つけることは出来やしない。寧ろヘイトを稼ぎ、いい的にしかならない。俺の視界が回復したならば、足元の岩を破壊して一瞬で決着を着けよう。

 刹那、途徹もない速さで飛んでくる何かをセンサーが感知した。丁度それは人と同じぐらいの大きさと重さで……紛うことなくそれは人だった。一番後ろで徒手空拳を構えていた従者の一人だった。

 何ぃ! 人間が飛んでくるだと!? 


『いえ、マスター。従者をよくご覧ください。手足に魔術を付与されています』


 付与魔法。一番日常生活でお目にかかることの多い魔術だが、一番数の少ない属性魔法でもある。その主な魔術は対象に効果を付与する、という名前そのままの魔術だ。今従者に掛かっているのは、侵食の魔術である。

 俺は碌に回避行動も取れずに従者の飛び蹴りを食らった。ワイバーンの体長がいくら大きいと言えど、人間が飛んでくればよろめく。俺は体勢を崩し、どう、と倒れ込んだ。

 視界が回復し、飛び蹴りをかましてきた従者をよく見ると、彼女は黒の一族であった。

 真っ黒な髪に真っ黒な瞳。アジア人によく似た風貌である。凛とした佇まいは戦慣れした猛者を思わせる。

 こいつが黒の一族か。確かに赤眼赤髪のロール人と比べたら、確かに黒い。確か彼らは魔術が使えない代わりに身体能力が著しく高い……だっけ? エリシャと彼女の父さんが奴隷から解放したいと言っていた種族だ。


「どうするエリシャ? 黒の一族がいるぞ」


「……くっ!」


「ならば俺に任せろ」


「何を余裕ぶっているこの畜生風情が! 貴様は自身の心配をしたらどうだ?」


 一番後ろのコクーランが叫んだ。彼は従者たちの勝利を確信しているようだ。まあ、一見したならばそう思うかもしれない。だが、俺はただのワイバーンではない。ナノマシンのワイバーンだ。無為に倒れたわけではない。


「お前たち! 早くそのワイバーンに止めを刺すんだ!」


 俺に止めを刺すべく、今度は二人がかりで突貫してくる。俺はそれを迎撃するでもなく、その終始を見ていた。二人の黒の一族の従者の拳が俺の皮膚に触れる。そして、そのまま彼女らを飲み込んだ。


「俺の皮膚が硬いといつから錯覚していた?」


 俺は接触するであろう部分のナノマシンの結合を緩め、ほとんど水に近い密度まで下げたのだ。お陰で、二人の従者は突貫の勢いをそのままに、ナノマシンに飛び込む形になった。


「んなっ! 何が起こった!?」


 コクーランを含め三人の従者も狼狽えている。

 俺はそれを無視し、足の形を変形させると立ち上がると、四人の前に立ち塞がった。


「今の攻撃は見事だった。だが、こうなることは予測できなかったのか?」


 これを予想できたのならば、その者は予知能力者だ。こんなものを予想できるはずもない。無茶苦茶な要求だ。横暴だ。暴挙だ。


「こんな化け物に勝てるはずがない……」


 従者の一人が零した。それを咎める人間はこの場には誰もいなかった。

 エリシャが指を鳴らした。豪雨の中でも通る音を誰もが耳にした。甲高く、ぱちん、となった指から白い電が生じる。それは破壊の電だ。暴虐のそれと化した電は、吸い込まれるように三人の従者の胸元に飛び込んだ。そして、ぼん、と胸郭だけが弾け飛ぶ。

 露になった臓器が雨に濡れて、てらてらと光った。肺が胃が食道が心臓が、拍動し蠕動し、生を求めて震えた。エリシャの仕掛けておいた魔術が発現したのだ。何が起こったのか把握できていない従者たちは、互いの弾け飛んだ胸郭を見て吐血する。自身の状態に気がついた三人はショック死した。

 残されたのは、一番後ろにいたコクーランと死体に隠れていた僧侶だけとなった。雨に体温を奪われ、雷に正気を奪われた二人は、放心していた。俺は隠れている僧侶を魔法で吹き飛ばした。


「最後はお前か」


「コクーラン様。父さんの居場所を教えてください。さもないと殺します」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! なぜ私が追い詰められている!? 何故だ!? 答えてくれ! アハアハアハ、こりゃあおかしいぞお! 私がヴェンを追い詰めたと思っていたら、何故か殺したはずの娘に追い詰められているぞ! 何がおかしかったのだ!? 教えてくれ!」


「こいつ……頭がおかしくなったのか?」


「教えてくれと言っている! アハアハアハ、何でお前が生きているんだ?」


「すべてはネモに出会ったことから始まります。彼に出会わなければ、私はあのダンジョン攻略で本当に死んでしまっていたでしょう」


 エリシャが静かに言った。


「何!? お前はこのワイバーンとそんな前から組んでいたのか?」


「お前は知っているだろう。十三人の兵士を殺した犯人が本当は鋼色のスライムだということを」


「それがどうした」


「それが俺だ」


「そんなわけあるか! お前はワイバーンであのときは精霊のスライムだぞ!」


 俺はワイバーンからスライムに変身した。


「これでもか?」


「お、お前は何者なんだ? スライムにワイバーン、まさか人間にまで姿を変えられるわけは……」


「変えられるぞ、ほら」


 俺はコクーランの姿に変身した。当のコクーランは土気色の顔から汚泥混じりの泥の色に変わっていく。彼が胃液を吐いた。凄まじい精神的ショックであろうか。血液も混じっている。


「……本当にヴェンの居場所を言えば助けてくれるのだろうな?」


「その前にどうして私たちのことを陥れたかを説明してください。それが先決です。それから話さないと私はあなたを従者と同じように殺します」


「わ、わかった! 全部話す! 全部話すからその札を仕舞ってくれ!」


 エリシャは掲げた札を下ろした。

 やや、長い沈黙が続き、雨足が弱くなり始めた頃にコクーランは口を開いた。


「あれはだな……」

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