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ワイバーンの降臨


「そんな馬鹿な!? エリシャはとうに死んでいるはず! 精霊の幻覚か!?」


 第三盟主、コクーランが叫んだ。吹きすさぶ豪雨と落雷。額にへばり付く髪の毛を払い、彼が立ち上がった。まだ立ち上がれた従者がいない中で、この復帰の速さは特筆すべき点である。

 というのも、ワイバーンに変身した俺に跨って冷たく見下ろすエリシャの目には仄暗い復讐の炎が宿っており、それが倒れ伏している従者たちを地面に縫い付けているのだ。コクーランが動けるのは単に彼女が敢えてそうしているに過ぎない。それに気付かないコクーランは大胆にも俺の前に躍り出た。

 これが愚か者だ。自身の立場を顧みず、恐らくワイバーンも見たことがない為に過小評価しているのだろう。未だに地面に倒れている従者長などは、青い顔を土気色に変えてコクーランの蛮行を注視していた。


「この生き物が噂に名高いワイバーンか! 亡霊に付き従うなどその伝説も地に落ちたな!」


 コクーランは髪の毛を掻き上げ、更に一歩を踏み出した。俺を眼中にも止めず、エリシャだけを睨み付ける。


「何とか答えろ亡霊め! 貴様が甦ったところであの口無しを救うことはもう無理だぞ!」


 エリシャは答えない。黙ってコクーランの戯れ言を聞いている。その顔は無表情だが、沸々と沸き上がる怒りが内包されていることが伺える。濡れ細った赤い髪の毛をそのままに、彼女は片手を上げてコクーランの額に突き付けた。


「私の名はエリシャ。ヴェン・アルクドルクが娘、エリシャ・アルクドルクよ! 父さんを助けに来ました! さあ、吐きなさい! 父さんの居場所を吐きなさい! この領地にいることは分かっているのです!」


「黙れ亡霊め! 貴様は確実に死んだはずだ! 民衆の前で確実に首を落とされた!」


「……そうですか。では、ご覧なさい。その棺桶の中をご覧なさい!」


 コクーランが棺桶を振り返ると、既にそこにはヘイレンと僧侶が棺の蓋を外して固まっていた。エリシャの姿を認めると、真っ先に棺桶を確認しに来たのだ。二人の手はわなわなと震えている。


「どうしたのですか! その中には本物のエリシャが眠っているのではないのですか!?」


「そ、それが第二盟主殿……棺には何もありません。エリシャ様の髪の毛一本ないのです! まさか……本当に?」


「貴様も僧侶の端くれならしっかりと気を持て! 死者が甦るなどこの世の理ではない! 性質の悪い精霊が体を操っているに過ぎん! よく見ていろ。あのワイバーンごと消し炭に変えてやる!」


 コクーランは、着ている礼服の裏地に、万一の事態を考え忍ばせてある、魔法陣の書かれた札を取り出すと、それを発現させた。

 コクーランの属性は付与魔法だった。俺は初めて見る付与魔法に釘付けになった。彼は雨を棘のように硬化させる効果を付与させて、俺はもといエリシャに降らせる。

 ここは俺の出番だ。俺が魔力を解放すればこのようなちんけな魔術など屁でもない。しかし、俺が魔力を溜めようとすると、エリシャが俺の背中に手を置いた。どうやら任せろ、と言いたいようだ。そして、返事も待たず彼女は魔術を発現させた。

 俺たちの上空を無数の爆発が彩った。よく見るとエリシャの魔術が棘の一つ一つを破壊しているではないか。精密性が際立って上昇している。コクーランがいくら棘の雨を降らせようとも、それが届くことはない。ここに破壊の女神が舞い降りた。


「す、すべてを破壊しただと……どうやって……っは! ワイバーンか!? お前がやったのか!? 流石伝説になるだけはある。私の魔術をこう往なすとはな」


「何を言っているのだ? すべてはエリシャの魔術のみの結果だぞ」


「ワイバーンが言葉を話すだと!? そんな馬鹿げたことがあるか! 従者長!」


「はっ! ワイバーンは精霊の最も上位種ですが、言葉を話すことはありません! そもそも、言葉を話したならばワイバーンは精霊ではなく、魔族と呼ばねばなりません!」


 おう……説明ご苦労だな。よくもまあ、この状況で冷静に答えられるものよ。その事だけには感心すべきだと俺は思う。軍隊を率いねば倒せないワイバーンを前にその余裕っぷりは果たして吉なのか? もっと恐怖した方が良くないか?

 漸く、よろよろと従者たちが立ち上がり始めた。各々、何処に持っていたのか武器を持つと、慣れた様子で陣形を組始めた。が、その顔には生気は感じられず、剣の切っ先は震え、俺の方を向いていない。

 宜なるかな、俺は破壊属性の魔力で威圧しているのだ。人間程度の魔素的適性度では、俺の魔素を打ち消すことが出来ず、少しずつ体の細胞が破壊されていく。そのせいか従者たちを含めコクーランやヘイレン、僧侶は既に息を切らして肩で息をしている。


「では、俺は魔族ということだな?」


「……くそっ! どうなっている? どうして私たちは既に疲れ切っているのだ!?」


「あなたたちに勝ち目は無いわよ。大人しく武器を捨てて、私の父さんを出しなさい。そうすれば命は取らないわ」


 エリシャが俺に聞こえる声で木から降りるように言った。俺はそれに従い、しなやかに木から地面に降り立った。それに驚いた有象無象が何人か尻餅を着いた。

 俺はそのままコクーランの方へ歩いていく。従者たちが勇気を振り絞り、コクーランの前で魚鱗の陣を組むが、俺が魔力を彼らに照射し、一睨みするだけで口から泡を吹いて卒倒した。


「……君は本当にエリシャ・アルクドルクなのか?」


 今まで沈黙を守っていたヘイレンが口を開いた。彼はいつの間にかコクーランのすぐ後ろにおり、片膝で立ちながらも懸命に力を振り絞っている。そこには俺への不屈の意思を感じた。


「さっきからそうだと言っているでしょう? ヘイレン公」


「そうか……そうなのか」


「どうしたの? 私に命乞い? 今なら許さないこともないわよ?」


 嘘だ。エリシャはこの場にいる人間を全員殺そうとしている。大量殺人鬼として凌辱され続けた二ヶ月間を、彼女のプライドが許さなかったのだ。俺はこうなることを知っていた。彼女が表では復讐心をひた隠し、父さんを助けることだけに執心していると見せかけ、裏では皆殺しにするであろうことを知っていた。

 俺はそれを止めはしない。彼女の復讐には大義がある。たった一人の家族を人質に取られ、あまつさえそれがこれらの陰謀の首謀者である。誰が横から口を出せようか。俺が彼女の立場ならば、コクーランの家族親族を皆殺しにしても怒りは静まらないだろう。

 エリシャはその状態だ。怒りが収まらない。たった一人の心を許せる相手。自分を最も長く見守ってきてくれた大事な家族。それを奪われた彼女のとる行動を予想するのは難くない。

 しかし、それはあくまでこの場にいる人間が全員敵だった場合に限る。

 ヘイレンが立ち上がった。


「良かった! 君が生きていてくれて……本っ当に良かった!」


 俺はヘイレンを知っていた。彼が無知であったことを知っていた。そして、無知であったことを恥じ、偽エリシャが処刑されるときに、色々と奔走してくれたことも知っていた。

 このときのエリシャの顔はとても言葉では言い尽くせない顔であった。泣いているのか笑っているのか、はたまた怒っているのか憎んでいるのか、喜んでいるのかもしれない、悲しんでいるのかもしれない。俺は思わず失笑してしまった。


「……何がおかしいの? ネモ」


「君が生きていて良かったらしいぞ、この男は」


「嘘に決まっているじゃない。そんなことを言って同情を引こうとしているのよ」


「おい、お前。お前は確かにエリシャが生きていて良かったと言ったな? それは本心か? 嘘だとしたら貴様の心臓を破裂させてもいいな?」


「それでも構わない! これが私の本心だ! 私は無知だったのだ。何時までも確信が持てず、優柔不断でいた……コクーランの奸計に乗せられ友人の娘を処刑してしまってから気が付いたのだ。これはやはりおかしい、と……」


「ふん、馬鹿な男だ」


「そうだ! 私は馬鹿な男だ! だが友を思う心はある! いくら謝罪をしても足りないだろう。いくら貢いでも足りないだろう。でなるならば、いくらでも謝罪しよう。いくらでも貢ごう。嬢が死ねと言うならば、大人しくそれに準じる所存だ!」


「だとさ。この男の言うことは全部本心だぞ」


「……そう。そんな戯れ言に私は靡かないわ。死んで頂戴」


 エリシャの札から魔術が発現される。それは無慈悲な一撃だった。

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