追悼式と言う名の復活祭
いよいよ追悼式の当日になった。とは言いしも、これは極秘に行われるものであり、参加者は第三盟主と第一盟主だけである。無論付き人や従者が控えている以上、完全に二人だけとは言えないが――。
畢竟、ヴェンは参加しなかった。彼の目からはこの追悼式も、娘のエリシャの死を冒涜するためのお祭りにしか写らないようだ。それも仕方ない。彼はたった一人の娘を謂れのない陰謀に巻き込まれて殺されたのだ。それも、首謀者は第三盟主だということまで勘づいている。何も出来ない自分が情けなくて仕方がないだろう。
であるからして、追悼式はヴェンのいないまま始まった。何の縁か雨まで降ってきた。雨露を弾く献花が墓前に置かれている。葬儀のときに着る礼服を身に纏い、二人の巨頭は鎮魂歌を口ずさんだ。
気温の十分に上がりきらない午前のことである。エリシャは第一盟主が特別に作らせた墓に埋葬されており、その場所は一見すると何の変哲のない無縁墓に見えるが、墓標をよく見ると小さくエリシャ・アルクドルクと刻まれていた。
この国では死刑囚に基本人権はない。その前に、この国の憲法で民の人権が保証されているのかすらわからない。故に、死刑囚の扱いは乞食に生きる民よりもぞんざいになる。墓は作られるはずもなく、骨になるまで晒されることもおかしくない。
それをこのように無縁墓と言う形にまで出来たのは単に第一盟主の力のお陰である。第三盟主もそこに文句はつけようとせず黙っていた。そもそも、何故第三盟主がエリシャにヴェンに執着しているのか、というのには理由がある。
元第二盟主、ヴェンには資産がある。それはそれは大きな資産がある。貴族なのだから当たり前の話なのだが、第三盟主が執着する理由はそこあった。
これは公には知られていない話である。第二盟主の資産の中には、世には出回っていない強力な魔術があるという噂話が立った。魔術は第二次ダンジョン群より発掘される技術だ。近年はそれも殆どが発掘され尽くされ、ある種限界点に達しようとしている所へ、そのような噂話が立てば飛びつく輩が現れる。
第三盟主はその情報が欲しいのだ。すべてはこれに尽きる。だから、第二盟主を蹴落とし、弱体化させたところにつけこみ、様々な手を尽くして聞き出そうとしたのだ。
厳かに流れる鎮魂歌を歌い終わり、二人は墓の掃除を始めた。教会で清めた聖水を桶に掬い、かけ流す。再び掬い、かけ流す。神聖さを付与された水が墓を覆うことで、死者の魂を浄化するのだ。最後に、二人が桶と自身の手を清めたら墓流しは終了する。
次に行うのは方法会と呼ばれる儀式である。方法会とは死者が悪さをしないように、死者が還る場所とされているモンテローネ山の方角に向かって、墓を山と挟む形で経典の文句を唱える儀式である。追悼式はこの儀式で閉められる。
僧侶が墓を山と挟む位置に立ち、経典を読み上げる。と、そのとき幾人かの従者たちが空を見上げた。何と無礼な行為であろうか。これが尋常であったならば、何らかの罰を与えられていたはずである……。
一人、二人と見上げていき、終いには従者の殆どが見上げてしまう始末。流石の両巨頭もこれには叱責よりも事実確認をしなければならない。一度僧侶の読経を止めさせ、空を見上げた。すると、遠くの方から何かの雄叫びが聞こえてくるではないか。
それは獣のようでもあり、人のようでもあり、ドラゴンのようでもある。男の叫び声にも女の叫び声にも聞こえる。従者たちがざわめき立ち、それを重く見た従者長が両巨頭に了承を得て、音のする方へ使いを出した。
やがて帰ってきた使いは顔面を蒼白にして、ガタガタと震えていた。聞くところによると、わからない、と一言言うだけだった。何でも、声だけが使いとすれ違ったのだそうだ。
これには従者長も困惑し、更に今度は二人の編隊を組ませて、偵察に行かせた。果たして、またもや最初の二人と同じように、顔面を蒼白にして二人は帰ってきた。
言うことも最初の一人と同じ言葉。しかし、遭遇するまでにかかった時間が短くなっていることから、正体不明の音がこちらに向かってきていることがわかった。
明らかに動揺が走る。二人の巨頭も追悼式を一時中断し、従者たちに近くに精霊がいないか確かめるよう指示を出した。
墓場の近くにはバンシーや骨洗いがよく出没する。骨洗いは叫ぶことはしないためここでは除外し、バンシーだけに絞って精霊の捜索を開始した。
しかし、バンシーがいない。バンシーは死人が出る家や墓場などによく出没する。甲高い女性の叫び声が聞こえてきたらほぼ間違いなくバンシーだ。今聞こえる何かの雄叫びもバンシーの類いだと考えてのものだったが、どうやらそれは違うらしい。
こうしている間にも音は迫ってきている。速度が遅いのでこうして落ち着いて対応できているが、これが馬よりも速かったならば、まともに指示も通らなかっただろう。
突如、僧侶が墓石に魔法陣の札を布陣し、魔術を発動させた。彼はエリシャの墓を暴こうとしていた。それを慌てて第一盟主が止める。
僧侶の行動もわからなくはない。エリシャは大量殺人鬼であり、その魂は邪悪に汚されている。そう考えれば、彼女の不浄な魂が良からぬもの運んできたと繋がる。
第三盟主もそう考えていた。第一盟主を説得し、一度だけでいいから墓の中を確かめてみよう、と持ちかける。第一盟主がそれを拒否すると、顔を赤くした僧侶が死者の魂の浄化を力説し、それに第三盟主も同調した。
あまりの剣幕に第一盟主が折れ、エリシャの墓が暴かれることになった。僧侶の創造属性の魔術で土を退かしていき、三尺ほど掘ったところで棺の一部が見えてきた。覆い被さる土をすべて取り除き、第三盟主が付与属性の魔術で棺の重さを無くす。
ふわりと浮き上がった棺を墓穴の横に置いて、両巨頭、僧侶、従者長がその周りに集まった。棺は未だに新しい。多少の傷があるものの見映えに障る程のものではなく、一見するとこれから埋葬するように見えた。
不意に雨足が強くなった。風も嘶き、雨雲も厚くなる。雨雲は日の光も通さないほど分厚くなり、周囲は夜のようになった。エリシャの墓の奥に生えている立ち木枯れた大木の枝がぶつかり合い、大きな音を立てる。いよいよ正体不明の雄叫びもすぐ側まで迫った。
こうなれば第一盟主も四の五の言うことが出来ない。僧侶が意を決して棺を持ち上げた。その瞬間、一段と雨足が大きくなり、立ち木枯れた大木に雷が直撃した。大木は容易く弾け飛び、頂点から真っ二つに割ける。皆が衝撃で吹き飛ばされ、地面に倒れ伏した。
いち早く正気を取り戻したのは僧侶だった。彼は宗教者としての建前、不浄なる魂には厳しくあらねばならない。それ故、棺に駆け寄ったのだが、それがよくなかった。僧侶は棺の奥の吹き飛ばされた大木の上に何かがいるのを見つけてしまった。見てしまった。
僧侶は声にならない声を上げ、腰を抜かして後退ることも出来ずに、それを見上げた。
体に比べ異様に長い尻尾。雨に濡れて光沢のある鱗が全身を覆い、細長い体に四本の足が大木を鷲掴む。鉤爪は鋭く、一裂きで人間を絶命足らしめる大きさである。鋭く生え揃った牙と、ドラゴンの伝承を思わせる巌のような顔からは魔力の冷気が漏れ出ている。
ワイバーンが現れた。
そしてその上には断頭台にて処刑されたはずのエリシャ・アルクドルクが跨がっていた。




