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侵入

 俺たちがコクーラン領に着いたのは、エリシャ追悼式のきっちり二日前の朝だった。一度近くの森に着地し、スライムの姿に戻ってから領地に潜入した。

 着地した際に俺は大量のナノマシンを空中に放ち、周囲の地形、環境から人口、特産物盛んな産業、はたまた男女比まで調べ上げた。すると、このようなことがわかった。

 コクーラン領はとても広く、南をモンテローネ山、北と西も大きな山脈に囲まれ、唯一東が海に面した自然の要塞のような地形をしている。その広さは連合国内でも二番目の大きさを誇り、一人の治める領地としては破格の三つの街があった。

 通行や交易には山を切通た七本の峠を利用し、海産物は東側の湾内の港で取引されている。領地はロールスト大陸の東中位に位置し、夏は温暖湿潤な気候になり、冬は山から吹き下ろす冷たい風の影響で雪の多い地帯である。

 人口は三十万人ほどで、その多くは三つある街に集中している。一番大きな街はコクーランの屋敷があるカーモンという街であり、そこは人口の半分を抱える大都市に成長しつつあった。カーモンは、山から流れる主な三つの大きな川の合流地点であり、河口からも近いことから、山の幸、海の幸、川の幸、すべてを網羅する立地である。

 特産物は、山肌で夏場の強い日差しを利用した果実栽培、川の周辺で米の栽培をしており、川の少ない北部になると小麦の栽培が盛んになり、川の多い南部に行けば米という作物の丁度境界線でもあった。漁業の方も盛んで沿岸漁業を始め、魔術の発達により遠洋漁業も興隆し始めた。非常に恵まれた立地から国内外様々な人々が出入りし、その数は日に百万人を越えるとも言われている。ここまでの街は連合国内でも数えるほどしかなく、連合国の三大都市にも入っている街である。

 男女比は四対六と男性が少なく、それは三十年前の黒の一族との一大決戦にて、この領地が決戦の舞台となったからである。今でこそその傷は癒えつつあるが、領民は黒の一族を毛嫌いし、その扱いはどれよりも酷い有り様となっている。

 俺は調べ上げた情報をインプットし、エリシャにも耳元でその内容を伝えた。彼女の父さんは黒の一族の解放を希求し、それが元で彼女が謀殺されることになったのだ。エリシャも道中で奴隷の黒の一族絡みで一悶着起こす危険性がある。

 

「そんな……苦しんでいる彼らを見殺せって言うの?」


「今回はあくまでエリシャの父さんの救出だ。奴隷の解放じゃあない」


「わかっているけど……でも彼らは人間よ。れっきとした人間なのよ。畜生じゃあないわ」


「ここは呑んでくれ。君の父さんも助けられなくなる」


「……わかったわ」


 カーモンの街までは然程かからない。俺たちのいる七つの切通がある山脈から、川を下る高速艇で半日で到着する。人間の姿に変身した俺はエリシャと共にそれに乗り込み、カーモンの街を目指した。

 快適とは言い難い船旅を終えて、カーモンの街に到着したのは日の入り時刻になった時刻だった。小高い丘の上に建てられたコクーランの屋敷は川縁の港からでもよく見えた。

 それと今気がついたのだが、カーモンの街に限らず、コクーラン領は日の入りが他の領地と比べて早い。それは周囲を山に囲まれているからだ。初夏の今はまだ午後四時の段階で暗くなり始める。真夏になるとそれが五時にまで延びるそうだ。

 街には魔術の街灯がいくつも立ち、港市もまだ開いている。海鮮を扱う料理屋が所狭しと並び、新鮮な活き魚を路上で捌くパフォーマンスを行っている。俺とエリシャはそれらを足早通り過ぎ、目的地であるコクーランの屋敷を目指した。


「いよいよ明日ね」


「俺は何だか不安になるな」


「どうして?」


「何も下準備をしていないからだ」


「……?」


 ひょっとしたらエリシャはとんでもない脳筋なのではないだろうか。何故か島津と二○三高地の臭いを感じる。いや、それよりも酷いかもしれない。第三次大戦時の宮古島奪還事件の方が近いかもしれない。あちらは暴走した二百人の日本義勇兵が不法占拠した三千人の中国軍を二晩で壊滅させた。コクーランの屋敷に何人の衛兵が詰めているのかは分からないが、こちらは二人なのだ。どう転んでも奪還事件よりも物凄いことになる。

 俺が防波堤にならないといけない。暴走だけは何としても阻止せねば。

 よし、ではまずは情報収集だ。俺はカーモンの街にナノマシンをばらまいた。屋敷を中心にナノマシンの情報網を張り巡らせ、屋敷に出入りする人物から、勤めている従者の数、その従者は住み込みなのかどうかも調べよう。少しでも監視の少ない時間に突入した方がいい。

 兵舎の数、衛兵の人数も調べよう。一貴族と言えども、その力はその辺の王様を凌ぐ。私兵を抱えていてもおかしくない。俺としてはこっそり従者として潜入し、見つからないようにエリシャの父さんを救出する方がいいと思うのだが、彼女の性格上絶対に正面から突入するだろう。突入したときに相手にしなくてはならない人数も把握しておきたいのだ。。

 俺の隣を歩くエリシャはキリリとした顔で屋敷を睨み付けている。が、そこには計算も策略も工作もなく、純粋な正義感に彩られている。俺はエリシャは魔術師に向いていないと思う。この顔から溢れる正義感は誉を栄光とする武士に似た何かを感じた。


「俺のいた世界では武士っていう奴等がいたんだ」


「何それ?」


「ここで言う貴族の兵士みたいなものかな? 少し違うけど」


「ネモのいた世界だと兵士が貴族になれるの?」


「まあ、そうだな、なれるな。それで、武士は誉を最も重く見ていてな。捕虜になることを恥と考え、敵に捕まるなら自刃を選ぶっていう奴等なんだ」


「誇り高いのね」


「エリシャに似ているなって思った」


「私に? そう? でも私は自分で死を選ぶことはしないわ。絶対に生き抜いてやるもの」


「嘘吐け。父さんを助けるまでは……だろう?」


「…………」


 エリシャは目を側めた。なんとも分かりやすい性格だ。俺は溜め息を吐いた。


「まあ、俺がいる分には絶対にお前を死なせはしないけどな」


「……もうっ……馬鹿なんだから」


「何を言っているんだ? 俺は世界で一番頭がいいぞ」


「頭が良いなら、歯が浮くようなことを臆面もなく言いませんー!」


「……?」


 歯が浮くって……そんなに言いづらいものなのか? エリシャに三度目の死は迎えさせたくないから言っただけだぞ?


『……マスター、それを口説くというのです』


 言っておくが俺には下心はないからな。性欲がないから湧きようもない。純粋にエリシャを守りたいんだ。それだけだ。他意はない。

 その後、俺とエリシャはコクーランの屋敷がよく見える宿屋に宿を取ることにした。部屋の中で明日に必要な魔法陣の札を手入れし、あらゆる状況に対処できるようにしておく。そしてすぐに寝ることにした。普段は今日の出来事を整理して朝を迎える俺も、この日ばかりは早めにスリープモードに移行した。

 その前に一つ考え事をしよう。

 はあ、最近は人の姿に変身する機会が多くなってきた。いい加減元の姿に戻りたいところだ。とはいいしも、俺は自身の姿をよく覚えていない。他人の体を模すのもいいが、それをすると何故かエリシャがあまりいい顔をしない。理由はよく分からないがいい顔をしないのだ。だが、人前に出るにはこれが必須なので、どうしようもない。だから一刻も早くもとの姿に戻りたいのだ。

 何かいい方法はないだろうか?


『それならマスター。私がマスターの深層記憶を走査するのはどうでしょう?』


 お前初めの頃戻ることは出来ないとか言ってなかったっけ?


『私はマスターの記憶を走査することは禁止されています。が、マスターの命とあらば、やってご覧にいれましょう』


 この機械は情報の後出しを義務付けられているのか? この間もあっただろう。……だが、それが出来るのなら是非してもらいたいところだ。俺もエリシャの嫌がることはしたくない。出来れば彼女にはずっと笑顔でいてもらいたい。

 だったら、俺が寝ている間に俺の深層記憶に入っていいよ。


『畏まりました。では一度マスターには強制的にスリープモードに入ってもらいます。そしてあれこれと記憶を掘り返してやります』


 お前は一体何をする気だ! 自分で移行するから少し待て。

 おし……いいぞ……もう、い……こ……う……する。

 こうして俺は眠りについたのだった。

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