下準備という名のぶっつけ本番
この世界は、情報というものに俺のいた世界程付加価値を付けない。というのも、俺のいた世界は地球の反対側で起こった事件や出来事が、数秒後には情報として世界中を駆け巡っている世界であった。それは地上だけには留まらない。海底を始め、太陽系内の範囲ならば、若干のタイムラグこそあれ、大きくても一分という誤差であらゆる情報を手に入れることが出来た。
それがどうであろうか。この世界では罪人を紙で貼り出し、犯人を特定するのに重要な顔ですら、羽ペンで書かれた掠れた似顔絵である始末。俺は顔にこそ出さなかったがこの文明力の違いには大きく驚かされた。俺のいた世界では手配書には手配人の未来の人相、整形した時になるであろう人相、これから罹る病気に手配人の行動を予測した行動範囲表まで載っている。
これらを可能にしたのも、科学という万人が納得し得る、実験と検証に裏付けされた事象の再現性を普遍的に享受出来る世の中になったからである。例えばこれが四世紀も前の人類ならば、幽霊なるものを妄信し、宗教という空虚な偶像崇拝に囚われ、科学を神への冒涜だと一部の宗教家が騒ぎを起こしていた。
四度の世界大戦を経験してきた現代の人々からすれば、失笑を安くたたき売りをしているということになるのだろうか。宗教や国が事実を歪曲し、隠蔽し、工作し、ごてごての飴細工の様に飾り立てられた真理を民衆の前に差し出す。当時はその様な歪な道理がまかり通っていた。
しかし、それも現代の完成された科学を前にして脆くも崩れ去る。科学は事実をひけらかし、赤裸々に綴ることに史上初めて成功した。これで俺たち人類は真の平等を手に入れた。
兎に角、ここで俺が言いたいこととは、科学ではなく魔法を、それも不完全な魔術を芯に置いた世界で、どうやって早く正確に情報を伝えればいいのか、ということだ。確かにこの世界は魔術を利用して、上記の手配書くらいならば一日で広めることが出来る。しかし、それが限界なのだ。
より詳しい情報を載せようとすると時間がかかり過ぎてしまう。殊、特定の人物の追悼の日時など何人が知っていようか。そう、例えばエリシャ・アルクドルクの二か月目の追悼式である。公には大殺戮者として連合国の歴史に汚点として名を刻むことになった彼女を追悼する、という情報を誰が流すのであろうか。
俺のいた世界では一瞬で集まるはずの情報も、この世界では集めるのに二か月という期間を要してしまった。二か月目ということはつまり一か月目もあった訳で……それを知っていれば、俺とエリシャはもっと早く彼女の父さんの居場所を割り出すことが出来たのだ。
俺たちは歯痒い思いで唇を噛んだ。一か月前は丁度ダンジョン攻略ギルドに伝手を手に入れた頃だ。あれを無駄なことと一蹴するわけにはいかないが、それでも順序を入れ替えてもいいとは思う。最初にエリシャの父さんを救出し、それからダンジョン攻略ギルドに顔を出せばよかったのだ。
しかし、それは既に過ぎたこと。今更言ったところで変えられるわけでもない。川が山を登らないのと同様に、時は先へ流れて逆行を許さない。一度支流に入ってしまうと、流れるだけでは本流に戻ることは出来ないのだ。
「エリシャ、君の父さんの居場所がやっとわかった。第三盟主、コクーラン伯爵の領地だ」
「今すぐ向かうわよ」
だが、別たれた支流も時として本流に合流する時もある。そこに作為や無作為があろうとなかろうと、無為に恣意が見えていようとは関係なく、それらはぶつかり合う。そして、時を流れる事象は、川底を流れる石のように常に姿を変え続けるのだ。
「結局何か策はあるの?」
「そんなものは無いわ。正面から突貫して、私の父さんを返して、って大声で言ってやるのよ」
「あの夜に言ったことと同じじゃないか。エリシャは酔っぱらっていただろ」
「それでもよ。これは血筋なの。アルクドルクの人間は昔から何かをするとなったら真正面からぶつかるのよ。私はそれを誇りに思っているわ。だからネモが何を言おうと聞かないから」
「……今更エリシャに何かを言う気はないさ。ただ、君のその顔はどうするの?」
「もうこれは要らないわ。さっきも言ったはずよ。真正面から行くって。それなのに仮面を付けていたら誰が来たのかわからないじゃない」
「エリシャらしいな。だから気に入った」
エリシャがその顔を覆っている薄いナノマシンの被膜を払いのけると、そこには元の美しいエリシャ・アルクドルクの顔があった。処刑されて晒された偽エリシャと変わらない美貌の深淵には、昏く燃え滾る復讐の炎が見える。そしてその炎は徐々に明るくなっていくのだった。
俺はそれを気が付いていたが無視した。俺も又復讐に燃えていたからである。エリシャを人の道から外れさせた張本人にはそれ相応の罰を受けてもらわなければならない。加えられた危害は倍にして返せ。これは俺の信条でもあった。
その為にこの二か月の間、俺は様々な魔術と魔法を学習した。機巧核へ命令した魔素の研究も滞りなく進んでいる。結果を出すにはまだまだ時間がかかるが、その時間も指数関数的に短くなってきている。俺の立てた予想ではもう半年もすれば魔素の実態が掴めそうだ。
エリシャもワイバーンの魔力に少しずつ順応してきている。魔力の多くを心臓や子宮、腎臓、血液といった俺がナノマシンで代替させた箇所に貯めているので、魔力中毒と言った症状も見られない。健康状態は良好と言えた。
魔術も威力を上げ、元より高かった攻撃性は大幅に上昇した。それこそ一月前のガドやギグと戦っても引けを取らないくらいのものとなっている。これでダンジョン攻略も問題なしだ。
「そろそろ行くか」
「ええ、行きましょう」
「ワイバーンでコクーラン領に下りるのはどうだ?」
「それ頂いたわ。最高に格好いいわよ」
「だろ?」
「如何にもアルクドルクの人間って感じよ。コクーラン伯爵も私を見たらきっと驚くはずよ。なんだあれは、ワイバーンと死んだはずのエリシャ嬢!? って言うでしょうね。くふふ」
「びびって小便を漏らすかも」
「こらっ! 汚い言葉は使わないの……でも、想像したら滑稽ね」
俺はワイバーンの姿になるとエリシャを背中に乗せて飛び立った。目指すのは第三盟主コクーラン伯爵の屋敷だ。ここからだとワイバーンに乗っていても二日は掛かる見込みである。天候の如何ではもう少し掛かるかもしれない。
丁度エリシャの追悼式に合わせていくので、これくらいの余裕を持っていれば大丈夫だろう。それに少し早く着いても検分などをして情報を集めればいい。情報はあればあるほど困らないのは結局の所いつの時代でもどの世界でも一緒なのだった。
暫くしてワイバーンの目撃情報が流れるようになったが、それはご愛嬌ということで。




