留置場でのある会話
その日は初夏の夕下がりであった。
「「何!? それは本当か!」」
第二盟主の娘、エリシャ・アルクドルクが捕らえられたという報を受けて、二人の男がロールスト連合国の首都であるローネリア留置場へやって来た。
一人は第三盟主、もう一人は第一盟主だ。彼らは顔パスで受付を通ると、予め待っていた職員に案内されて、エリシャの収容されている勾留室へ通された。
室内にはベッドと椅子、机があった。しかし、そのどれもが草臥れて、或いは腐りかけていて、椅子や机はぐらついている始末だった。高い窓から入る光は弱く、西日のせいもあるのか床を照らすことはない。じめじめとした陰湿な空気が室内を占めて、入る者をげんなりさせる。
ベッドの一番隅に彼女はいた。みすぼらしい掛け布団を頭から被り、膝を抱えている。
第一盟主と第三盟主が格子越しに本当に彼女であるかを検分する。
「あれは本当にアルクドルクの娘なのか? 私にはとてもそうには見えないぞ。もし間違っていればどうするつもりなのだ? コクーラン殿」
「いえヘイレン公、あれは間違いなくエリシャ嬢でありますよ。口元をよくご覧ください。ほら、父親そっくりの口元でしょう?」
言われてみれば似ているような気がする。具体的に何処がと聞かれれば答えに貧してしまうが、掛け布団の隙間から見える口元は見れば見るほどエリシャのものに見えてくるのだった。
「しかし、口だけではなあ。もっと他に確たる証拠はないのか? 他人の空似ということも考えられるであろう?」
「手配書をご覧になられたでしょう? あれは私の領一の絵描きに描かせたものです。それとそっくりではありませんか。他にもありますよ。ここからでは膝に隠れて見え辛くなっていますが、鼻の綺麗な筋などは完全に母親譲りのものですね」
「そう言われてみればそうかもしれんなあ」
第一盟主は渡された手配書と格子越しのエリシャを矯めつ眇めつ検分していたが、やがて納得したようで、一頻り頷くと、それを第三盟主に返した。
「それにしてもみすぼらしい格好をしているな。もう少しなんとかならんかったのか?」
「とんでもございません。ヘイレン公は彼女の犯した罪をご存じの筈ですが?」
「とは言ってもなあ。エリシャ嬢は我が国に連ねる四盟主が一人、第二盟主の一人娘なのだぞ。もう少し丁重に扱っても良いではないか?」
ふうむ、とヘイレン公は腕を組んだ。
「彼女は既に貴族の身分を剥奪されております。ヘイレン公がご欠席なされた会議で全会一致で可決されました」
「そうだったのか。そのことは私には知らされていないようだが?」
「何分昨日の夜の可決でしたので」
「性急に行ったのだな」
「ええ、彼女は連合国史にも類を見ない、十三人の同胞殺しを事もあろうにダンジョン攻略の際に行ったのですよ? そのせいで軍の士気は下がり、攻略もままならなくなる始末です」
「えらく張り切っておるのだな。確か……貴殿は昔、エリシャ嬢の母君……名を何と言ったか」
「アイシャ・ツェベルン……です。お忘れなきよう」
「おお、そうであった。そのアイシャ夫人に昔求婚していただろう? その娘がこうしておるのだぞ? 何も思わんのかね?」
「……だからこそです」
甚だデリカシーに欠ける問いに、第三盟主は息を殺しながら答えた。
その時、格子の奥で動きがあった。エリシャが格子の前まで歩いてきたのだ。彼女の着ている服は最早襤褸といった方が早い。手足は痩せ細り、目も落ち窪んで、元の美貌も欠片も残っていない。辛うじて美しさが残る真っ赤な髪の毛も、毛先の方はひどい有り様となっている。
彼女は格子を片手で掴んだ。
「ご機嫌麗しゅう。本日はとても良い天気ですね」
その声はあまりにも冷たかった。見返すことが出来ず、二人が思わず眼上の窓を見れば、確かに綺麗な夕空が広がっている。
「とても珍しい組み合わせですこと。私めに何かご用ですか?」
「私たちは君が心配で……あのような事件を起こしてしまうなど……すべてが許されることはないだろうが、ここで少しでも悔いているのなら、私からも口添えし減刑して貰うように取り計らえる」
「ヘイレン公はお優しいのですね。私とても有り難く思いますわ。ですが、そのようなことは一切無用ですの。私が規律を破り、十三人を殺めてしまったのは動かしようの無い事実。今さら取り繕うなんて気は毛頭ありませんことよ」
「では、君は何のために十三人も殺めたのだ? 私はそれがひどく気掛かりなのだ」
「由……ですか? あれはほんの偶然です。偶然手が滑ってしまい……」
「そんな理由で十三人も殺めたのか?」
「そうかもしれません」
第三盟主のコクーランは唾を飲み込んだ。その仕草をエリシャは横目で掠め見て、ヘイレンへ向き直る。
「……それは。だが、君は未だ十七だ。どうやって十三人も殺めたのだ?」
「それは簡単でしたよ。人が多く集まる天幕の床に、破壊の魔法陣を仕掛けておくだけでいいのです」
「何と酷い。聞きましたかヘイレン公。彼女は意図的にこの惨劇を引き起こしたのです。減刑など望むべくもないことは明白でしょう」
「しかし、アルクドルク伯は私の友であり……」
「ヘイレン公はご存じでしたか? 私の父は黒の一族の待遇改善を望んでいたのです」
「いや、寡聞にして知らなかった」
「それもそうでしょう。そのような思想は人道的に見れば素晴らしい思想ですが、実際には危険思想です。誰が漏らすというのです?」
「そ、それはそうだ」
「そして、そのような思想を掲げている人間が第二盟主などという重役に就いていたならばどうします?」
「ヘイレン公! 其奴の言うことに耳を貸してはなりません! 其奴は既に貴族などではないのです。ただの犯罪者なのです!」
コクーランが慌ててエリシャの言葉を遮った。彼は手に持っていた手配書を丸めて格子を叩き、エリシャを格子から遠ざける。
「ヘイレン公。あなたは何も知りません。私の母のことも、父のことも知りません。ヘイレン公は父のことを友人だと言ってくれましたが、父はあなたを友人だと言ったことはありませんでした。公爵様は何も知らないのです。そのような人が私に優しくしても、私からしてみればとてもではありませんが信じることが出来ません。どうかご退出なさってくださって結構です」
「…………そうか、そうであったか。私は無知だったのだな」
「そうです」
「だが、最後に一つ聞いてもいいかね? もし私が知っていたならば、君を助けられただろうか?」
「もしそうなれば、ヘイレン公は間違いなく私の、父の敵になっていたでしょう」
ヘイレンとコクーランは留置場を後にした。ヘイレンが最後に後ろを振り返ってみれば、再びエリシャが掛け布団を被り、ベッドに戻るところだった。
ヘイレンはエリシャの言う通り、何も知らなかった。これは彼の責任である。元々政治よりも道楽の方に力を入れていたヘイレンだったので、宜なるかなとも言える。
乗ってきた馬車に乗り込んだ。エリシャの裁判は明日にも執り行われる予定だ。コクーランはほくそ笑んだ。
彼がここに来たのも、ヘイレンとは大きく違い、彼女の真偽を確かめるためだ。エリシャの顔は手配書とも殆どの相違がなく、やや顔が煤けてはいたが、識別に困るほどではなかった。
途中ヘイレンの意図しない妨害にあったが、まさかエリシャ自身が断り、恙無く事は運んでいる。後は明日の裁判を残すだけだが、それも念には念を、万全を期して、裁判官から聴衆まですべて買収済みだ。ぬかりはない。
明日の裁判はいい気分で終われそうだ。




