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転がり動いた

「そ、そりゃあそうだよな。エリシャ嬢がこんなところにいるわけねえや。疑って悪かったよ、ごめんな」


 苦肉の策だった。俺はエリシャの内部のナノマシンを使って見た目を獣人にした。

 嘘をつくとき有効なのは、始めに大きな嘘をつくことである。そうすれば、小さな穴が見つかっても大抵カバーできる。

 故に俺は、まず”夫婦”だと嘘を吐いた。

 言うまでもなく、同胞殺しは人の目を引くセンセーショナルなニュースだ。人々に大きな衝撃を与えたことは間違いない。ほとんどの人がこんなことをしたのは誰だ、と憤りながら新聞を捲っただろう。

 そして、人々は犯人を見て驚くのだ。『十七歳の貴族の娘じゃないか』と……。

 ここに、”同胞殺し”をしたのは”若い貴族の娘”という式が人々の頭の中に成り立った。

 つまり、俺が何を言いたいのかというと、一般的に人間の脳みそというものは、一番最初に見聞きしたことを正しいと思い込むくせがある、ということだ。

 まるで、雛鳥が初めて目にしたものを親だと思い込む刷り込みのようだが、実際その通りだったりする。ここでの”親”役は新聞だ。この世界の情報入手手段が新聞主体だとするならば、その効果は十分見込めるだろう。


 同胞殺しをしたのは”若い貴族の娘”であり、テンガロンハットを被った男の”妻”ではないのだ。


 特に新聞売りの少年には覿面(てきめん)だった。きっと、彼の頭の中には”若い貴族の娘”という言葉がずっと浮かんでいたのだろう。

 まあ、もっと簡単に言うならば、少年は初夏にローブを着込む女性を不審に思ったのであって、逆に初夏でもローブを着込まなければならない理由を示せば良かったわけだ。

 俺は、顔を真っ赤にしながら走り去っていく少年の後ろ姿を見ながら新聞を握りしめた。


「ふう、なんとかなったな。いやー、良かった良かった」


「……全然良くないんだけど」


「どうしてだ?」


「何よこの格好は!? これじゃまるで私が娼婦みたいじゃない!」


 エリシャが俺の胸ぐらに掴みかかった。朝のホテル街なので人通りこそ多くないものの、目立つこと甚だしい。


「あれを見て!」


 エリシャの指差した先には一軒の娼館が立っている。看板には”ビーストモード”と書かれており、どうやらここは、魔術で獣人化した娼婦専門のお店のようだ。確かにこの店を見てからエリシャを見ると、娼婦に見えなくはない。だが……、


「役としては妻だぞ」


「だとしてもよ! 普段からこんな格好でシていると思われたらどうするの!?」


「その言い方だと、普段は普通の格好でシているとも受け取れるんだが……そもそもシたことあるのか?」


「ないわよ!」


 通りすがりの中年が(はや)すように口笛を吹いた。エリシャはキッと睨み付けるも、徐々にその目力は弱くなっていった。自身の犯した失態に気が付いたようだ。

 つぶらな瞳が潤んでいき、袖で拭いながら俺の足を蹴った。


「すまん、やり過ぎた」


「……うるさい、バカっ」


「獣人化した君があまりに可愛かったから……つい」


「……もっとバカよ」


「反省している」





 さて、朝のごたごたも落ち着き、エリシャの姿も元に戻した俺は、街から離れた森の中にいた。勿論、彼女も一緒である。もうローブは取っており、真っ赤な髪の毛を(なび)かせたエリシャは、朝の醜態を努めて記憶から消そうと、すべてなかったかのように振る舞っている。

 俺からすると、それもまた可愛らしく見えたが、わざわざ言うこともなかった。昨日は散々怯えていた森も今ではなんてことはない。

 俺がワイバーンの魔力を獲得したことにより、精霊たちは俺の回りに近付いてこないのだ。たまに怖いもの見たさなのか、肝が据っているのかよく分からないピクシーが、木陰から顔を出してはすぐに引っ込んでいく。

 俺はあえて魔力で威圧するようなことはせずに好きにさせていた。

 少し話が変わる。

 昨日の夜の内に俺のナノマシンが集めた情報を整理していこう。

 まず、夕べにワイバーンで飛行していたときも思ったことだが、この世界の街、というよりも都市すべては、脳の神経のように局地的に集合しているようだ。

 大都市の周辺に小さな都市が、そのまた周辺に更に小さな都市が、というように階段上に広がっている。面白いことに、大都市を中心に円を描くと、同程度の規模の都市を綺麗に区分けすることが出来た。

 恐らく中心の大都市に領主が住んでおり、周辺の中小都市は戦争時の防波堤の役割を果たすのではないかと思う。一つの領に対し大小九つの都市がある領が多く、いずれも東西南北の頂点、或いはその中点に正方形ないしは菱形に都市を配置していた。

 それと一つ面白いことがわかった。この都市配置のおかげで領同士を結ぶ道が網目のようになっており、中継地点では完全に独立した中継商業都市や中継宿場都市なるものが存在しているのだ。

 そのような都市は連合国に加盟していない場合が多く、連合国側もそれを容認しているのだという。原則としてそのような都市は中立不可侵であり、如何なる領主も私物化してはならないのだそうだ。

 そもそも、領主の主権が及ぶ範囲は自身の持つ都市同士を結んだ内側だけであり、それよりも外は領外(りょうげ)と呼ばれ国外扱いらしい。分かりやすく言うと、領とは陸に浮かぶ島々だろうか。

 尤も、領外はほとんどが森なので、渡ろうとする者はほとんどいないそうだ。

 話を戻そう。

 森の中で俺たちが何をしているのかというと、ずばりこれからどうするかについて話していた。エリシャが同胞殺しの濡れ衣を着せられた以上、彼女の父さんの責任追求は免れない。

 そうなると、エリシャ自身逃亡しながら父さんを助ける、という二つの作業を平行して進めねばならない。それが至難だということは言うまでもないだろう。

 仮にエリシャが追っ手を掻い潜り父さんの元まで辿り着けたとしても、救い出された父さんが政界に居続けるのは不可能だ。殺人鬼の娘を持った父親を誰が支持する? 同族に帰属意識の強いロール人が支持するわけがない。

 更に、差し迫って危惧しているのは、エリシャの父さんが拘束されるかもしれないということだ。いや、十中八九拘束されるだろう。そして軟禁されて傀儡として誰かの操り人形になる。そうなれば、救出するのはもっと難しくなる。




 俺とエリシャは良い案がないか何日も費やして話し合った。毎日、新聞を買っては何か情報がないか目を皿にして探し、森で寝泊まりする日が続いた。

 一週間後、ついに危惧していたことが起きた。新聞の一面にヴェン・アルクドルク伯爵が第二盟主を辞任し、第三盟主の領地で療養するという記事が載ったのだ。

 これ以上俺たちは足踏みをしていられなかった。しかし、災厄は続いた。

 俺が街に出て情報収集をしている隙に、森の隠れ家の足がついてしまったのだ。原因は森の中から物の焼ける匂いがしたからだという。

 異変を察知した俺が慌ててエリシャの元まで戻ると、既に彼女は連れ去られており、あちこちに散らばった(たきぎ)の燃えさしがちろちろと橙色に光っていた。

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