魔法
「魔法が使えない? 木の空に入ったときに使っていたじゃないか」
「あれから使えないの。今まではこんなことは無かったんだけど……」
俺には一つ心当たりがあった。
「魔素は体のどこに溜まる?」
「心臓よ」
ここ、とエリシャが胸を指先で叩いた。俺は確信した。彼女が魔法を使えない原因は俺にある。俺は居たたまれない気持ちになった。
エリシャの心臓はもうない。俺の造ったナノマシンの心臓が代わりに動いている。思えば俺のせいで彼女には大変な迷惑をかけた。どう贖罪をしたらいいのか、もうわからない。果たして償える罪なのか、そうでないのか……俺は一生エリシャの手足になっても構わない。俺はそれくらいのことをした。
「エリシャに言わなければならないことがある」
「何?」
「エリシャの心臓と子宮、幾つかの臓器はもうない。血液もない」
「…………」
「君を助けるときにどうしても交換せざるを得なかったからだ。今は俺の力で代わりの心臓に子宮、血液を造り出した」
「……そう、なのね。ネモは本当のことを言っていたのね……」
エリシャの体が湯船に沈む。俺もそれに合わせて沈んだが、すぐに浮き上がった。
「ごめん。いつか真面目に話そうと思っていたけれど……」
「ありがとう早い段階で言ってくれて助かったわ。はあー、だからかしら? 今日はいくら歩いても息が上がらないし、鼓動も早くならないの」
エリシャが明るく笑った。だが、その笑顔には無理がある。彼女は一日で魔力の源の心臓と女性の象徴ともいえる子宮を失った。それは魔法のある世界でどのような意味を持つのだろうか。俺には測りかねない。
「だが、エリシャ。君はこれから先、魔術を使えない訳じゃない。エリシャの心臓に俺のナノマシンを垂らせばいい。そうすれば魔術は使えるようになる」
「そう簡単にはいかないわ。ネモは知らないかもしれないけれど、人間には固有の魔法属性があるの。それに合わせた属性でないと、拒否反応を起こして死んでしまうのよ」
その後、エリシャが語った魔法の話を掻い摘まんで話をすると、魔法と言うのは主に五つの属性に分かており、創造魔法、付与魔法、破壊魔法、光魔法、影魔法があるとのことだった。人間を含め、あらゆる生き物は創造、付与、破壊、の内、何れか一つを持って生まれて来る。光と影は後年に高位の魔族が産み出した魔法であるので、先天的に身に付けるのは不可能らしい。
つまり、俺の属性をエリシャが持っていたときにだけ、魔素の移植、もとい魔力の譲渡が出来るということになる。
ならばと俺は、ワイバーンの属性を確かめよう、とエリシャに言った。彼女の属性は破壊属性だ。もし俺と一緒ならば、ワイバーンの魔力を使うことが可能になる。
「じゃあ、お風呂から上がりましょうか」
俺たちはお風呂から上がり個室の椅子や机を動かし、少しばかりの空間を作り出す。その空間でまずはエリシャが魔力を解放しようとした。
何も起きない。完全に魔力が無くなってしまっていた。次に俺が散開させていたナノマシンを少しばかり集めて元の大きさのスライムに戻り、捕らえていた魔素を放出させた。すると、俺の周りの床に亀裂が走り始めた。
慌てて俺は魔素を格納し、魔力を抑える。
「ネモも破壊属性よ」
「ということは?」
「移植は可能だわ」
「因みに他の属性だったならどうなるんだ?」
「創造属性ならネモの周囲に何かしらの物体が生えてくるわ。付与属性ならネモの周りが熱くなったり冷たくなったり、変形したりするわね」
「移植するぞ」
エリシャをベッドに寝かせ、俺は彼女のローブを解いて形のいい乳房を露出させた。桃色の乳首がぴんと上を向いている。
「ちょっと!? 何をするのよ!?」
喚くエリシャを無視して俺は彼女の心臓の真上に乗った。そして、直接肌を通してナノマシンを送り込んだ。
極小のナノマシンは肌の貫通くらいは容易く出来る。それを利用し、最も効率のいい方法で移植することに成功した。
その後、俺たちは早く寝ることにした。エリシャがダブルベッドに横になる。俺は寝る必要がないので個室の中にあった椅子に腰掛け、予め放っておいた鼠たちと情報をリンクすることにした。情報収集である。
するとこんなことがわかった。エリシャの手配書が街のあちこちに貼られ、特に通常の宿屋では身元の確認が義務付けられていること。拒んだ場合は問答無用で留置場へ送り込まれること。まだ俺たちの場所は割れていないこと。近頃、エリシャを捕まえるために多くの憲兵隊が大小問わずの都市へ派遣されることなどがわかった。
いやに仕事が早い。まだ一日も経っていないぞ。それ程エリシャには価値があるということなのだろう。彼女を捕らえて、それを出汁に第二盟主に止めを刺すつもりなのだ。
なんて汚い連中なんだ。
こうなったら徹底的にエリシャの味方をして彼女のお父さんを助けなければならない。背後の悪を暴いて晒して干して干物にしてラム酒と共に食ってやる。
『マスター……とても悪い顔になっています』
知っているさ。
『しかし、その方がマスターらしくもある、かもしれません』
機巧核にしては随分と勿体ぶった言い方だな。何か裏でもあるのか?
『いえいえ、出会った頃の私に少し似ている気がしただけです』
ふん。えらく言うようになったじゃないか。
いつか機巧核は俺が質問をしたときにだけ答えると言っていたが、最早それは守られなくなってきている。言葉遣いも当初よりも柔らかい。俺の影響か?
『そんなことよりも、先決すべきは魔法の習得と、エリシャの父上をどう助けるかではないでしょうか?』
尤もな正論だ。俺は一晩をかけて、二つのことに取りかかることにした。
さてさて、朝は早くなりそうだ。




