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浴場

 客引きの下男に案内された場所は混浴の浴場だった。何でも、行為に及ぶ前に体を綺麗にしてからというのがこの国、延いてはこの大陸のマナーらしい。

 俺はその事を寡分にして知らなかったので、エリシャの動揺の理由を察せずにいた。成る程、衆目の前で裸を晒すことは確かに恥ずかしい。俺はナノマシンの体故常に全裸みたいなものだが、性器もないし、性欲もない。だから、気にも止めなかった。

 温泉大国日本に住んでいた、というのもあるかもしれない。その辺りの配慮が欠如していたようだ。だから、俺は下男に言って個別の風呂に変えてもらうことにした。

 個別の風呂がないということならば他の所を、などという考えは杞憂に終わり、少し高い金額を出せば個別の風呂に変えられるとのこと。俺とエリシャは食い気味にそれを了承し、個室へ案内してもらった。

 個別の風呂は個室の中に設置されているらしい。昼間に感じた文明力の差がちぐはぐになる。風呂が個室にあるということは、水道管を其々に引いているということ。二階や三階の個室へはどのようにして引いているのだろうか?

 その答えはすぐに解決した。

 湯船は大きな桶のようだった。木製の板と金輪で作られた手桶の大きい物と思ってくれて構わない。その湯船の下を見ると、そこにある魔法陣が刻まれていた。エリシャに聞いてみると、それは熱を生み出す魔法陣だという。

 それならば納得できる。一、夜の宿屋にまで水道が完備されている不自然さと、弓にフリントロック式の銃を使用している時代錯誤感は魔術によものだ。軍事技術と生活水準の高さが比例していないのはダンジョンに依るものか?

 ん? 何か他に魔術が働いているな。照明も湯船も魔術で動かしていることから、周囲にある魔法陣の多さに驚くべきではない? それとも俺が異世界の常識に驚いているだけなのだろうか? 

 下男が部屋を後にする。残されたのは二人だけになった。


「じゃあ……お風呂に……入りましょ」


「少し待ってくれ。さっきから作動している魔法陣を幾つも感じるんだが、それは俺がワイバーンを食べたからか?」


「そ、そうよ。魔力の多い人は何処に魔法陣があるのかを探知できる人もいるわ」


「じゃあ、俺の勘違いではなさそうだな。……よし、ちょっと見てろ」


 俺は個室の四隅、天井、ベッドの下にベッド横の燭台、風呂場の脱衣場から湯船の裏を点検して回る。すると、あれよあれよと謎の魔法陣が出てくるではないか。一瞬、ここまで魔法陣は生活に密着しているのか、と驚きかけたが、エリシャの声に我を取り戻す。


「ちょっと!? これ記録の魔法陣じゃない! 何ていやらしい所なの! 人のセ……営みを覗いているなんて外道じゃない! ネモ、これ全部壊すわよ。ナイフを頂戴」


 エリシャは腕捲りをすると俺からナノマシンで作ったナイフを一振り受け取り、次々に魔法陣を壊して回った。

 一通り壊し終わり、エリシャはため息を吐く。これで風呂に入れそうだ。

 浴室に移動し、俺は服を取り払った。元々ナノマシンで出来ているので、服は俺に吸収されていく。一方でエリシャはもぞもぞと服を中々脱がないでいた。

 俺たちは何も行為をしに来たのではない。その場しのぎの宿として、この宿に泊まるのだ。風呂があるのなら是非もなしに使うし、シングルベッドしかないのなら分け合って寝る。そこに邪な考えは存在しなければ、ましてや、一つになりたいなどという考えは毛頭ない。それは、俺がロボットなのだからかもしれないが、兎に角そういうことなのだ。

 だから、俺はエリシャの行動に不可解さを感じた。明日には出ないといけない。早く疲れを取るために二人で入った方がいいだろう。これが、俺の考えだ。しかし、彼女はそうではないらしい。年頃の少女らしいというか何と言うか……俺のことをまるで人間みたいに扱っている。

 普段ならばそれはエリシャの美徳だ。知性あるものと言えど、容姿の極端に異なるものを差別や偏見なしに、面と向かって座するのは簡単なことではない。人間は差異を気にする生き物だということを忘れがちになる。昼間のドラ司令やエーロ司祭長の反応が通常なのだ。

 エリシャの美徳故の赤面だ。俺は納得した。人間の姿からスライムの姿に戻り、湯船に飛び込む。どぷん、と水飛沫を上がらせ、俺は湯船の一番底まで沈んだ。

 暫くして湯船から顔を出すと、エリシャは湯船の外で、木の椅子に座りながら体を洗っていた。石鹸を泡立て、それを手に取り全身に巡らせる。先に髪の毛は洗わないのだろうか。ああ、同時に洗うのか。彼女は残った泡を更に泡立たせて、しゃかしゃかと髪の毛を洗い始めた。

 彼女の長い髪の毛は泡の膜に覆われ、赤い髪をより淡い色にする。ふるふると揺れる乳房の先頭に泡が集まり、手の動きに合わせて飛んでいった。腰の括れに泡が流れた。それはすうっと垂れていき、可愛らしいお尻に溜まる。

 エリシャがもう一度体を洗い直す。


「体を二回洗うのか?」


 彼女は答えない。滑らかな手に掬い取った泡を乗せ、首に、肩に、背中に、胸に、腹に、腰に、腿に、膝に、脹ら脛に、足の裏に、馴染ませていく。一通り馴染ませると、エリシャは目に泡が入らないよう目を瞑って、側の手桶を取り湯船の水を掬い上げて頭から被った。

 体の泡を落とし終わると、エリシャはさっと湯船に入った。湯船の水嵩が少し上がった。


「今日は大変な日だったな」


「ええ、大変だったわ。何度死ぬと思ったか」


「君は死んでいたよ」


「死人は生き返らないわ。心臓が止まってしまえばそれまでよ」


 エリシャの頭の上で縛った髪の毛が俺と殆ど同じ大きさだ。彼女は足を一杯に伸ばし、顔だけ出して大の字で湯船に浮かんでいる。二つの乳房が浮かび上がった。

 俺はその上に乗り、三つ目の丘として真ん中を陣取った。俺の大きさとエリシャの胸の大きさも丁度同じくらいである。


「明日は早くに出るわ。父さんが心配だもの」


「つまり、父さんに会うために捕まりにいくのか?」


「それで父さんを安心させられるなら、それでも構わないわ」


「今度こそ君は死ぬぞ。斬首か絞首刑か……」


「でも、そうならないようにネモかいるのでしょう?」


「…………」


「ほらやっぱり。なら私は行くわ。父さんの敵は多すぎるもの。私一人が加勢しても相手にはならないでしょうけど、ネモがいれば百人力よ」


 勿論、エリシャの言う通りだ。俺にはナノマシンの力とワイバーンの魔力がある。しかし、ワイバーンの力にはまだ不明な部分もある。だから、確実に力になれるとも言えないのだ。


「君のお父さんはどんな人?」


「とってもいい人よ。領地では名君って言われているわ。どんな身分の人にも優しくて、おもいやりがあって、私は父さんを尊敬しているわ。いつかあんな風になりたいの」


「エリシャのお父さんは第二盟主なんだろう? 多分だけど、もうそれを続けることは出来ないんじゃないかな」


「多分じゃない。そうなるわ。父さんは貴族としても生きていけないかもしれない。それは私も言わずもがなよ。だからこそ会いに行くのよ。今ごろ父さんは悪い他の貴族たちに捕まっているわ。捕まえる理由は幾つでも作れるものね」


 俺はエリシャの強さに驚いた。彼女は俺の力をあてにしている、と言ったがそれは恐らく嘘だ。俺の力も借りるであろうが、殆どは自分でするつもりなのだ。俺はそのような雰囲気を彼女の会話の節々から掴み取った。


「どうして逃げない?」


「私が貴族だからよ」


「貴族だと逃げられないのか?」


「いえ、違うわ。父さんはきっと倒れるまで彼らに抵抗するはずよ。だから私も立ち向かうの」


 エリシャの強さは父親譲りなのか。本当に大好きなんだな。俺ならばどうだろう? 家族のために戦えるか? それに答えるのは難しい。


「君は強いな」


「いえ、弱いわ。それこそネモがいないとすぐに死んでしまうくらいよ」


「それは……どういう?」


「私……魔術が使えないの」


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