食後の感想
種明かしはこうだ。
俺はまず、インプの魔素を含んだナノマシンをすべてパージした。こうすることで魔素の流れは見えなくなるが、魔素を含まない体になることで、魔素による干渉も受け付けなくなる(つまり魔法が効かなくなる)。
俺のニードル攻撃も分身が食べられたのも、魔素を含んでいたことで俺へ魔法の干渉が可能になったからだ。インプ程度の魔力ではワイバーンの足元に及ばない。だから俺の分身は食べられた。これがもっと強い精霊だったならば拮抗するのだろうが……兎に角、俺の敗因は弱い精霊の魔素を取り込んだことによるものだったのだ。
それを捨て去り、ワイバーンの魔力干渉を受け流すことが可能になった俺にとって、ワイバーンは敵ではなかった。僅かな、魔素を含まないナノマシンにワイバーンの魔素を食うように命令を出す。
すると、ナノマシンたちはワイバーンの魔素を燃料として喰らい始めた。再び俺の視界にワイバーンの姿が見え始める。勿論、体内なので全容は見えないが、それでもワイバーンの苦しむ鳴き声が俺に聞こえてきた。
燃料を得たことにより、ナノマシンを増殖させることが出来るようになった。喜んで俺は彼らを増殖させる。ナノマシンたちは喰らい、喰らい、喰らい続けた。なくなったワイバーンの組織に俺のナノマシンを置き換え、骨の髄まで喰らい尽くす。
こうして俺はワイバーンの体を乗っ取った。いや、乗っ取ったとは言えないな。事実ワイバーン本体は喰らい尽くした。今の体は俺のナノマシンが形作っている。
これが種だ。いざ話してみれば何てことはない。散らばる事実をすり合わせ、照らし合わせた結果だと言えよう。それにしても、機巧核さんは本当に優秀だなあ! 僅かな情報からよくこの方法を導き出した! 褒めて遣わそう! 善きに計らえー。
『私はマスターを補佐するようにプログラムされていますので』
くうーっ! その冷ややかな態度も惚れ惚れするぜ! 少しムカつくがな! でも、今日は許す!
『私も嬉しく思います』
では、木の空で震えているエリシャのことを見てみよう。
エリシャは、木の空の一番奥で膝を抱えていた。その目は泣き張らし、赤い髪の毛も相まって悲壮に見えた。小声で何かを呟き、鼻を啜っている。この世の終わりを見てきた人のようだ。
エリシャにとっては人生の終わりなのだ。俺が食べられたと思っている彼女は、ワイバーンに立ち向かうにはあまりにも貧弱すぎる。彼女が持つ魔術のスクロールも、攻撃的なものは持っていない。
俺は悠々と木の空に手をかけ、中を覗き込んだ。
「Grrrrrrr」
「ひっ……!」
腰を抜かしたエリシャは後退ることも出来ない。まあ、仕方ないか。相手は恐るべきワイバーンだ。平然としている方がおかしい。とはいえ、俺には変な嗜虐癖はない。いい加減俺が無事なことを教えなければ。もう一回言うぞ。俺に嗜虐癖はないんだ。
「お前は一人か?」
「…………え?」
「お前は一人なのかと聞いている」
エリシャは必死に首を縦に振る。その後に横に振った。その顔は困惑に満ち、放心していた。俺の質問に答えられたのも、生存本能が働いたと言った方がいい。
「どっちなのだ?」
「……あなたが食べたスライムは私の仲間よ!」
エリシャは凛として言い放った。いつの間にか震えも止まっている。俺は急激な変化にたじたじとなった。突然の敬語に驚いたのもあるが、そこはかとなくエリシャが怒っているように見えたからだ。
俺がそんなことを考えていると、いつの間にかエリシャが俺の目の前まで歩いてきていた。そして、前触れもなく拳を掲げると、俺の顔に叩きつけた。
痛くはないのだが、何分突然のことなので俺が放心してしまう。
「え?」
「ばれてないと思った? バレバレよネモ」
あ、あれ何故バレている。俺の演技はそこまで下手なものだったか? いや、伊達に四年間一人芝居をしていない。演技でバレてはいないだろう。では、何処で……。
「精霊は言葉を話すだけの知能はないの。知能がないから精霊と呼ばれているのよ。言葉が話せるくらいの知能があったなら、それは魔族だわ」
成る程そういうことか。俺は演技も糞も無かったわけだ。
「でも、中々見物だったよ。エリシャの珍しい顔を見られた」
「ネモが喋らなければ本当に分からなかったわ。もう少しで漏らすところだったもの……それともう一発殴らせて」
俺は本体である機巧核をワイバーンから切り離し彼女の頭の上に乗っかった。彼女は嫌そうな顔をしたが、諦めたのか溜め息を吐いて俺を退かすことはしなかった。
俺たちは歩き出した。今度は臆することなく、堂々と歩いている。何故ならば、隣にワイバーンと豹がいるからだ俺の放つワイバーンの魔力に、他の精霊たちは相当威圧されているようだ。
「ネモ、気付いていると思うけれど、あなた、ワイバーンと同じ魔力を放っているわよ」
「やはりそうか。だが、これなら何も心配せずに森を抜けられそうじゃないか?」
「……本当にあのワイバーンを倒したのね。でも、どうやって倒したの? 私も見ていたけれど、ワイバーンにネモが食べられたようにしか見えなかったわよ。それに、殆どの体も切り離しちゃうし……」
俺はワイバーンを倒すまでの経緯を語った。魔素の特徴も忘れずにだ。エリシャはこの事を知らなかったようで、目を丸くして俺のことを見ていた。驚いてくれるのは嬉しいが、若干引いているのは止めて欲しいところだ。
気が付けば森も出口に近付いてきていた。日が暮れていた。遠くに見えるのは、草原の中にポツンと立っているダンジョンの入り口だ。
薄暗い影と化したそれは遠くから見ると、あまりに異質なものに見えた。
俺はワイバーンの姿になると、エリシャに背中に乗るように言う。
「ここからは空で行こう。ワイバーンは空も飛べるからね」
ワイバーンには翼はない。だが、この生き物はその長い身をくねらせ、宙に浮かせることが出来る。これは大気中の魔素を自身の魔素を以てして、水のように変えるから出来る芸当だ。
俺はワイバーンを喰らうときに脳に直接ナノマシンを叩き込み、ワイバーンから魔力の制御方法を会得しているので、それが出来るのだ。
暗がりに浮かぶワイバーンと少女の姿は幻想的なものであっただろう。月と太陽が同時に存在する束の間の時間だ。太陽を追いかけ消えて行く鳥たち。遠くの山に棚引く幾筋もの雲。隈無く月の影が姿を現し、眼下の湖面にその美しい顔を映す。湖面は凪いでいるのか、隠しきれない皺までよく見えた。
ポツンポツンと灯りの灯る場所がある。山の中に見えるそれは、山小屋のものだ。薪を燃やす煙が天に溶け行き、独特の香りが鼻を突いた。
風と共に乗り行けば、何処かに辿り着く。雲が月に覆い被さり、化粧直しに行ってしまった。だが、再び出てくる頃にはより美しく見えることだろう。俺たちは長いこと空を揺蕩い、果てを目指していた。
眼下に一際大きな灯りの塊が見えてきた。それは銀河に見えた。天球の下にある幻の銀河だ。どす黒い宵闇にぼうっと浮かび上がる銀河だ。
「そろそろ宿を取りたいわ」
「風も冷たくなってきた」
俺たちは眼下の銀河に降りることにした。
「でも待って。このままだとネモの魔力で街の人が驚いちゃうわ。魔力を抑えないと」
「どうやって?」
「抑えること事態は難しくないわ。完全に抑えるのは難しいけれど、その辺の精霊レベルにまでは簡単に出来るのよ」
俺はエリシャに説明されるまま、魔力の制御方法を試した。が、それは上手くいかなかった。しかし、要するに体内の魔素を外に出さないようにすればいい話だ。俺は幾重もの、魔素を含まないナノマシンの層を作り出し、俺の外皮を包ませた。すると、放出される魔力は殆どなくなった。
「相変わらずの自由度ね。普通はそう自在に魔力をコントロール出来ないのよ」
いよいよ、俺たちは街に降りることにした。




