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図書館の恋 5


 見覚えのある暗い部屋に一人眠っていた有也は、目が覚めて、まず自分の状況が理解できなかった。

 なんで、とか、どうして、とか音にしようとしても、掠れた声しか出せない。

 とっさに喉に手を当てるとその反動でかかっていた布団が滑り落ち、何も着ていないことに否応なく気付いた。

 その途端に、ここがどこで自分が―――否、自分たちが何をしたのかを思い出して固まったのは仕方がないことだろう。

 声が嗄れているのも、どことなく筋肉痛な場所があるのも、あらぬところが疼くように痛むのも、全て数時間前の行為によるもの。

 そのきっかけが自分にあることまで蘇り、有也は穴を掘って隠れたくなった。

 あの勢いはいったいどこから来たのだろう、と自分でも思う。

 もちろん、祐とこうなったことを後悔していない。

 堂々と家族に言えない関係だとわかっていても、祐との距離が縮まったことを素直に嬉しく思う。

 胸の内が温まるのを感じて思わず顔を綻ばせた有也だが、ふいに冷静な思考が頭を過った。

 カーテンが閉まっているとはいえ、陽のある時間帯ならここまで部屋は暗くならないはず。

 恒也に晩御飯を作れないと連絡はしたものの遅くなるつもりはなかった有也が、慌ててベッドから降りようとし、体の悲鳴に思わず唸り声を上げたのはお約束だろう。

 そして、その直後に祐が怪訝そうな顔で部屋に入ってきたことも。



「……はぁ」

 無意識に吐いて出た溜息に、自転車を漕ぐ祐が笑った。

「またぐるぐるしてるのか?」

 本当なら一人で帰るところだが、ぎこちなく体を動かす有也に難色を示したのは祐。

 タクシーで送ると言い出した恋人を慌てて止めたのは有也。

 有也の最寄駅から自転車に二人乗りをすることになったのは、お互いの妥協案だ。

「……次の信号で左に曲がって」

「はいはい」

 答える代わりに家までの道順を示せば、軽く流すような返事が届く。

 何度か祐も来たことはあるが、明るい時間帯とは見え方が違うだろう。祐が帰りやすいようになるべく大通りで曲がり角の少ない、目印の多い道を選んでいた。

 それがいつもより遠回りのルートになったのは、偶然だ。

 有也の言葉通りに曲がった瞬間に遠心力がかかり、咄嗟に目の前の腰に回した腕に力を込めた。


 今はコートの下に隠れているが、それなりに鍛えられた腹筋がある。それを知ったタイミングを思い出し、有也の頬は自然と熱をもつ。

 有也より身長が高めなのは知っていたけれど、体の作りは想像以上に違った。

 恒也のようにスポーツをやっているならともかく、祐の生活リズムは有也よりのはずだ。

 ――――しなやかで程よく筋肉のついた体って、祐みたいなことを言うのかな。

 自然と脳裏に祐の裸体を描き、有也は慌ててそれを打ち消そうと頭を振る。

 なんだか、今日だけで自分が厭らしくなったように感じるのは気のせいだろうか。

 目まぐるしく変わる思考に疲れ、甘えるように逞しい背中に凭れる。体重をかけたところで揺るぐことのない彼に、有也はそっと笑みを浮かべた。

 目覚めた後、本来なら恋人同士の甘い空気が流れたのかもしれない。

 有也が時間を気にしたせいで慌てて出てくることになったが、祐はそれを責める気配すら出さなかった。

 それは、有也の家族に対する思いを知っているからだろう。

 祐とは価値観が違うことが多々ある。

 お互いに納得できない考え方もある。

 それでも、二人でいるのは居心地がいい。

 祐がタクシーを提案したのは、有也の体を気遣ってくれたからだと知っている。

 こうして自転車に二人乗りをすることになったのは、お互いに少しでも一緒にいたいと願ったからだと思っている。

 無理をしない関係。

 それが一番理想で、必要なことなのかもしれない。


「祐、ストップ!」

 ぼんやりしていたら自宅に近づいていたことに気付き、有也は思わず腰に回した腕に力を込める。有也の声に合わせてブレーキをかけた自転車は上手くスピードを落とし、危なげなく自宅の前で止まった。

 地に足をつけて振り返れば、祐が同じく自転車から降りる。

「送ってくれてありがとう」

「いや……挨拶、したほうがいか?」

 挨拶。

 ――――あいさつ?

「だ、大丈夫。恒也が誤魔化してくれてるはずだから」

 よくあるドラマのシーン並みの映像が脳裏に浮かび、有也は謹んで辞退する。

「祐、駅まで自転車で行く?」

「いや、大通りでタクシー拾えるだろ。さっきも何台か流してたし、捕まると思う」

 自転車を受け取りながら頷くと、ふいに顎を掬われ唇の上に体温が落ちてきた。

 家の前だとか理性的な感覚は一瞬で飛ばされ、ゆっくりとそれが離れるまで有也は素直に甘受する。

「明日、何時に行く?」

「……十二時には行けると思う」

 唇が触れる距離での会話に、有也の体は無意識に震える。

 了解、と呟いたそれがもう一度強く押し当てられると、祐は有也から離れた。

「明日、な」

「うん、明日」

 大通りに向けて歩き出した祐を見送っていた有也は、その背中が見えなくなってからひとつ深呼吸をする。

「――――さて、と、どうしようかな」

 両親への言い訳はすっかり頭から飛んでいた。

 自転車を玄関脇の定位置に止め、鞄を手に取ると携帯電話がメール着信を知らせている。

 差出人が弟のそのメールは、両親に伝えた有也の遅くなる理由が簡潔に書かれていた。


「……しばらくは恒也の好きなもの尽くしだな」


 簡潔に書かれたそれに、有也は思わず天を仰いだ。




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