予感
連合王国軍による反抗作戦は大成功に終わった。
敵の前線を突破した連合王国軍の数個軍団は、そのまま敵首都を目指して行軍を開始する。
僕も第61師団の一員として、連合王国軍の先鋒を担っている。
上空では、設立されたばかりの連合王国空軍に所属する複葉戦闘機が、レシプロエンジンの音を奏でながら飛び交っていた。
布張りの翼を緑がかった灰色に塗装し、そこに爆弾をいくつもぶら下げている。
「頼りになるな」
空を見上げながら僕は呟く。何かあれば、空からいつでも敵に爆弾を投下してもらえるというのは、とても心強い。
現在、僕の階級は軍曹だ。そして一個分隊、計十名の命を預かる身でもある。大規模攻勢で下士官たちがかなり戦死し人手不足になっていたのと、僕の上げた戦果が大きかったため、短期間で階級が二つも上がることになった。
「軍曹。もうすぐ敵シヤーニエ要塞が見えてきます」
「そうか」
報告してきた無線を背負う二等兵に、僕は返事をする。
すでに帝国軍の抵抗はほとんど皆無。だが、空軍の偵察機部隊が掴んだ情報によれば、帝国はシヤーニエ要塞に全戦力を集結させ、連合王国軍を迎え撃つ構えを見せているようだ。
要塞とは言っても、建物自体にそれほど強力な防衛能力があるわけではない。歴史的に帝国首都を守る最後の砦となっていたシヤーニエ要塞は、前時代的な分厚い城壁に囲まれてはいるが、そんなものは重砲の射撃で容易に崩せる。城壁など所詮は数世紀前の遺物だ。
厄介なのは城砦の周囲に築かれた塹壕陣地だろう。三重の塹壕陣地に野戦砲、地雷原、鉄条網は、我が軍が開発した菱形戦車の進出を阻む。そして、帝国空軍の戦闘機部隊も活発に活動しているようだった。
帝国は最後の抵抗として、連合王国陸軍の先鋒をこの要塞で粉砕するつもりだ。おそらく、第61師団の将兵はほとんどが死ぬだろう。
恐怖はある。以前だったら全てを投げ出して逃げたくなっていたかもしれない。
だが、それを抑え込めるだけの意思が、僕にはあった。
塹壕の幽霊は、必ずあそこにいる。
僕が仕留めるべき相手だ。
長い行軍を終えた僕たちは、要塞の最外周から10キロメートルほど離れた場所に野営地を構築する。
ちょうど敵要塞の砲兵陣地から飛んでくる砲弾が当たらないギリギリの距離だ。これから、第61師団はここを拠点にシヤーニエ要塞の攻略作戦を遂行する。
要塞の周囲には他にも四つの師団が展開しており、要塞を半ば包囲する形になっていた。
僕はテントの前に積み上げられた弾薬箱に腰を下ろして、タバコに火をつける。今まで吸ったことなんて一度もなかったが、軍に入ってしばらくしてから、吸うようになってしまった。
肺の中に、紙巻きタバコの煙が広がる。
ため息とともに吐き出すと、白い煙が冷たい空気に広がっていった。
視界を、白い粒が駆け抜けていく。
ふと空を見上げると、どんよりとした雲からはらはらと雪が降りつつあった。
初雪が降り始めたらしい。
幻想的な風景だ。
だが、僕は眉を顰める。
ついに冬が来てしまった。
何もかもが凍りつく冬に。
数週間もすれば銃器すらまともに機能しなくなるだろう。戦車や戦闘機のエンジンは動かなくなり、大砲は凍りつき、兵士は寒さに耐えるだけで精一杯となる。
戦争が長引けば、戦費はかさむ。
連合王国政府は冬が来る前に要塞を落とそうとするだろう。
僕は再びため息をついた。
だが、それはチャンスでもある。塹壕の幽霊を狩るチャンス。奴との戦いは避けられないと、僕はそんな漠然とした確信を抱いていた。
◇◇◇
戦車と空軍の支援を受けた歩兵による凄まじい突撃が、帝国軍陣地を喰らっていく。
城壁へと重砲による砲弾が降り注ぎ、数世紀の歴史がある城壁が叩き潰されていく。僕はひたすら走った。幸い、僕の部隊が配置されたのは最前線ではない。そこから少し後ろだ。既に抵抗がほとんどなくなった塹壕を越えて、僕はついにシヤーニエ要塞の城壁内に突入した。
犠牲は多かった、予想通り、第61師団に所属する将兵はかなりの割合がその突撃で戦死し、隷下に編入されていた戦車部隊は壊滅、航空戦力も帝国空軍との前面衝突により八割が撃墜された。
だがそれでも、要塞の壁は突破した。
それは、作戦開始から僅か一日のことだった。




