捕虜
目が覚めた時、僕は廃墟の中にいた。天井の隙間から月光が差し、崩れた壁の先には畑と夜空が広がっている。少し離れた場所に、ポツポツと家も建っていた。
「ここは……」
「前線近くの村だよ。この家は砲弾の直撃を受けて廃墟になっている。不発弾が残っているって噂が流れているから、村の人間は寄り付かない。我が国のセーフハウスだ」
ふと気付くと、僕から少し離れた場所にベリルが座っていた。
壁に背を当てて、天井の穴から差し込む月光に照らされている。ヘルメットは被っておらず、癖のある銀髪があらわになっていた。
「お前!」
僕は立ち上がろうとした。腹部に鈍痛が走り動きが崩れる。それに武装は全て解除されており、銃はもちろん背嚢すら外されている。荷物は部屋の隅にまとめられており、すぐに取るのは難しそうだ。
だが軍人として、連合王国の敵を前に戦わないという選択肢はなかった。
「おっと待ちたまえ。死にたくないならね」
ベリルは、僕の体に拳銃の銃口を向けていた。
彼女までの距離は五メートルほど。こちらは素手。
ここで抵抗するのは自殺行為だ。それに、ベリルに俺を殺す気がないことは分かる。少し状況を把握した方がいいだろう。
そう判断した僕は、もう一度床に腰を下ろした。
落ち着くと、恐怖が湧き上がってくる。
敵に拉致された。現在地は不明。友軍の支援は一切受けられない。そして敵は自分より技術も知識も経験もあり、何より強い。これから僕はどうなるんだ?
恐怖を紛らわせるため、僕はベリルを睨みつける。
「まあ落ち着きなよ。私は君と話したかった。それだけだ」
「敵と話すことなんてない。なんのつもりだ? 尋問なら僕は何も喋らない」
ベリルは笑う。
「そう怯えなくても、とって食ったりはしないさ。本当に少し喋りたかっただけだよ」
「なんのためにそんなことをする?」
僕は拳を握りしめる。
「なんでって。理由なんてないよ」
「そんなはずが」
「そんなことより、君はどんな人間なの? 教えてよ。なんで軍隊に来たの? なんで戦っているの? なんのために死ぬの?」
ベリルは身を乗り出す。その隻眼は子供のように輝いていた。
「……徴兵されたからだ。別に戦いたくなんてないし死にたくもない」
僕は出来るだけ乱雑な口調で答える。
「へぇ! 面白いね! 戦いたくもないのに、君はそんなに勇敢に戦えるんだ。すごいなぁ」
「僕は臆病者だ。戦うのは、仕事だからそうしているだけだ」
「そうなんだ。僕はね、孤児院出身なんだよ。赤子の頃に捨てられたみたいでね。私のいた孤児院は貧しいのと、運営元がだいぶグレーだったらしくてね。色々とキツイ仕事もさせられたし、ご飯なんて少ないときは豆数粒だよ。きつかったなぁ。今じゃいい思い出だけどね。そこの院長がまた厳しくてね。ノルマを達成できないと容赦なくご飯を抜いてくるんだ。もうガリガリでさ。でも先生たちと院長さんはいつも美味しそうなご飯を食べていたなぁ。それが羨ましくってさ。どうしてもそのご飯が食べたくて、それで、私は」
ベリルはそこで一呼吸おく。
「そういえば、君はどうなの?」
「へ?」
唐突に話を振られて、僕は思わず間の抜けた返事をする。
「いや。ほら、家族はいるの?」
「あ、ああ。両親と、あと兄弟が五人いる」
自分の声が震えているのが分かった。
「へぇ。五人の兄弟かぁ。いいなぁ。私の孤児院も子供はたくさんいたけれど、入れ替わりが激しいから、なかなか仲良くなれなかったんだよね。それで、ご飯の話に戻るね。それでどうしてもお腹が空いた私は、ご飯を食べることにしたの。院長と先生はいつも棒を持っているから、そう簡単にご飯が欲しいなんて頼めない。だからね、夜襲を仕掛けたの。孤児院の何人かに声をかけて、夜に警備の先生を襲って、寝ている先生たちと院長さんを全員縛り上げてから、私たちは孤児院の食糧庫をみんなにも開放した。あの時は幸せだったなぁ。ご飯は本当に美味しかった。そこで初めて、肉を食べたんだよ。ねえ、君は肉は好きかい? 私は大好きだよ。まあそのおかげで孤児院には警察が踏み込んできて、子供達もまっとうな孤児院に送られたんだけどね。まあ、私は才能を見込まれて軍隊に送られちゃったんだけど……」
「なら」
「ん?」
ベリルは言葉を止める。
「なら、なんで軍で戦っているんだ?」
俺は疑問をぶつける。才能を見込まれて軍に送られるまでは分かる。だが、帝国にも職業選択の自由というものはあるはずだ。自らの不幸を嘆くなら、人を殺さねばならない仕事を続ける必要はない。
「なんでって……。それは美味しいご飯を食べるためだよ。軍で戦っていれば食事には困らないからね。君は違うのかい?」
そう言って首を傾げるベリルに、僕は目を見開く。
「徴兵された以上、戦うしかない」
静かな殺意が湧き上がってくるのを感じた。
「なんで? 君は人に言われたから戦うのかい?」
「国民として、国家を守るのは義務だからだ。そのためなら殺人だってやるしかない。そうしなければ国が滅ぶんだ」
「へぇ。面白いね」
僕は手を握り締める。爪が皮膚に食い込むのが分かった。
「お前は、ただ食事をするというためだけに戦場に立ち、人を殺したのか?」
「……言い方悪いけど、まあそういうことだね」
ベリルは躊躇いもなくそう述べた。
僕は立ち上がる。
「ん? どうかしたの?」
ベリルの拳銃は、もう僕の方を向いていない。今ならやれる。
僕は全速力で自分の荷物へと走った。
甲高い拳銃の発砲音。背中を弾丸がかすめる。
僕は自分の荷物に取り付くと、即座に背嚢を開けた。銃には手を伸ばさない。弾が抜かれている可能性が高いからだ。銃剣も無意味。この距離では斬りかかるより拳銃に撃ち殺される方が早い。
ならば。
背嚢から引きづり出したのは、拳銃に形状のよく似た装備。ただ銃身は拳銃よりずっと太い。
僕はそれをベリルの少し頭上あたりに向けた。ベリルは反射的に伏せる。
甲高い発砲音。
マグネシウムが燃える音とともに、部屋の中は眩いばかりの光で満たされる。
僕が打ったのは信号弾だ。周囲の友軍部隊に応援を要請するためのもの。それと同時に、ベリルの視界を一瞬だけ奪うためのもの。
「なるほど」
ベリルが感心したように呟く。
僕は窓から躍り出ると、そのまま全速力で走り出した。
友軍部隊の方角は、もう分かった。さっき背嚢を開けた時にコンパスを確認したからだ。
広大な麦畑の中を走りながら、僕は再びベリルと戦うことになる予感がしていた。




