制圧
要塞の中には、石造りの古めかしい市街地が広がっている。
僕は着剣した銃を構えて、その中を進んだ。
遠くで発砲音や爆発音が聞こえるが、自分はまだ戦闘に巻き込まれていない。その静けさが、むしろ不気味だった。僕の後ろについてきている分隊の新兵たちも、緊張した表情を浮かべている。
手の震えを感じる。
冷えた空気が肺を刺す。
その時だった。建物の影から、一人の兵士が飛び出してくる。
灰色の軍服。帝国兵だ。満身創痍で、身体中に包帯を巻いている。丸みを帯びたヘルメットを目深に被っており、その表情は伺えない。僕は素早く銃を構えて、引き金を引いた。放たれた弾丸は敵兵の肩に突き刺さる。
だがその兵士は全く動じることはなく、そのままスコップを振り下ろしてきた。僕は銃を横に構えてそれを受ける。
ヘルメットの奥から、金色の瞳が僕を見据えた。ベリルだ。やはり現れた。
「総員、近くの建物に立てこもって友軍部隊の到着を待て!」
僕は背後の分隊員たちに命じる。
「分隊長!」
「僕は大丈夫だ! 早く!」
僕はそう怒鳴って、力づくでベリルを弾き飛ばすと小銃を振り下ろす。ベリルはそれをスコップで受け止めた。
分隊員たちは小走りで近くの建物へと駆け込んでいく。
ベリルは僕から数歩距離を取ると、引き下がっていく分隊員に拳銃を向けた。
僕はその手に銃のストックを叩き込む。
彼女の手から、拳銃が弾かれた。
ベリルは僕から距離を取ると、重傷で殴られて赤くなった手をぶらぶらと振って笑う。
「さあキリ上等兵。邪魔者はいない。最後の勝負をしよう!」
「今は軍曹だ」
僕は銃を突き出す。ベリルはそれをスコップで弾いた。
「強くなったね」
ベリルが振るうスコップを、僕は半身になって躱す。
「随分と酷い怪我だな」
「心配してくれてありがとう」
ふと気付く。
以前より、ベリルが弱くなっている。苛烈な撤退戦は、彼女の戦闘能力を大幅に奪ってしまったらしい。現在、帝国は海上封鎖による食糧不足が深刻化しつつある。軍においては、他国に比べ食料事情がだいぶマシだったようだが、今回の戦線崩壊により、とうとう帝国軍の食料備蓄も尽きたらしい。
一方、僕は圧倒的優勢の連合王国軍で栄養のある食事をして、十分な訓練を積んできた。
その差は、僕とベリルの実力差を埋めてしまうほどに大きかった。
僕は着剣した銃で間合いを取りつつ戦う。塹壕の中とは違い、ここではリーチの長い銃が役に立つ。一方、ベリルのスコップは銃剣よりは長くても着剣した銃よりは短い。
「ちっ」
防戦一方となったベリルは舌打ちをする。
彼女の瞳にあった輝きは、もうほとんど消えかかっていた。
そして、その時は唐突に訪れる。
僕の突き出した銃を、ベリルは受けきれなかった。
彼女の腹部に、着剣した銃の銃剣が深々と突き刺さった。
「うぐっ」
ベリルの唇からうめき声が漏れて、彼女はそのまま後ろに倒れる。
僕はそれを見届けて、地面に膝をつく。肺が痛い。周囲の冷たい空気が、限界まで稼働して火照った体を冷やしてくれた。
「やられたね」
ベリルの唇から血が流れる。
「前線に立たなければ、もう少し幸せな人生を送れたかもな」
僕はベリルに銃の銃口を突きつけて、そう言う。
「僕は幸せだったよ? 美味しいご飯も食べたし、君にも会えた。最後まで戦えた。一片の悔いもないよ」
「そうか」
少し迷って、銃口を下ろす。
相手は負傷兵で無抵抗だ。殺害は連合王国軍の軍規に反する。
「撃たないの? 僕は一応、君の仲間を殺した敵なんだけど?」
ベリルは意外そうに聞く。
「ああ」
僕は銃を構えたままベリルに近づいて、彼女を拘束する。
「なぜ?」
「僕が軍人だからだ」




