大隊HQ
「中隊全員が戦死しながら、君だけが生き残った」
その日、僕は大隊本部に呼び出されていた。
前線から少し離れた丘上の廃城に設置されている大隊本部には、大隊長や大隊参謀、他にも数十名の将兵が勤務している。一個大隊に所属する数百名を指揮する、重要な司令部だ。
「師団司令部はどうなったんですか?」
僕は目の前の大隊長に聞く。
大隊長室は、廃城のかつて領主の書斎だったと思しき部屋に設置されている。大きな執務机と本棚が置かれ、翡翠の灰皿やシャンデリア、赤絨毯と内装も豪華だ。
執務机に大量の書類を積み上げて、立派なレザーチェアに腰を下ろした大隊長は、葉巻をふかしながら白頭鷲のような目で僕を見据えていた。
「完全にやられたよ。師団長以下幕僚もほとんどが戦死、ついでに兵站部隊も奇襲されて、弾薬と食料が数十トン単位で焼かれた。これで、我が師団はしばらく動けないな」
大隊長は深々とため息をついて、煙を吐き出す。低くややざらついた彼の声には、隠しきれない失望があった。もしかしたら僕が知らないだけで、今回の襲撃は我が連合王国軍の戦術的目的を大きく損なう結果を産んだのかもしれない。
聴きたかったが、部隊運用に関わることは基本的に軍機扱いで、答えてくれないのは分かっていた。だから聞かない。僕は軍人であって記者ではないのだ。need to knowの原則を守らなければ、情報はあっけなく流出する。
僕は任務に必要なことだけを知っていればいい。
「それで、塹壕の幽霊に会ったというのは本当か?」
「はい。正確に言えば塹壕の幽霊と呼ばれている部隊の指揮官と交戦しました」
「詳しい説明を頼む」
大隊長は身を乗り出す。
「はい。深夜一時頃、私は分隊長から情報を取ってくるように命じられ、待避壕を出発しました———」
僕は事の顛末を隠す事なく語る。
全てを語り終えて大隊長の方を見据えると、彼は難しい顔をしながら吸い終えた葉巻を灰皿に擦り付けていた。深々とため息をつく。
一個大隊に所属する中隊は四個。その内の一つが壊滅し、残りにも少なくない損害が出たとなれば、大隊長も心中穏やかではないのだろう。
「分かった。本件は連隊本部に報告しておく。今日明日の話ではないが、君にも叙勲や昇進などの形で見返りがあるだろう。何しろ、我が軍を悩ませ続けた敵のエースから片目を奪ったのだからな」
内容は明るかったが、大隊長の口調は淡々としていた。実際、敵のエースから片目を奪えた程度で喜べる状況でもないのだろう。何しろ、こちらは師団司令部が壊滅的打撃を受けてしまったのだ。
叙勲あるいは昇進。
連合王国軍人として、これほど名誉なことはない。
僕は小躍りしたくなるのをグッと堪えた。
「さて、我が師団は今回の襲撃で司令部機能と兵站に大打撃を受けた。そこで、師団の主力は戦線維持を予備師団と交代して、後方地域において再編成作業を行うことが決定した」
「再編成ですか?」
「ああ。新兵を徴兵して訓練するところから始めるらしい。そのため、第22師団は司令部要員と教育要員のみのスケルトン師団となる。当然、兵士の多くは余剰だ。彼らについては、周辺の師団と合流させることが決定した」
「僕はどうなるのでしょうか?」
少し気になって聞いてみる。
もしかしたら後方に送ってもらえるかもしれない。
「もちろん、他師団に合流し、戦闘を継続してもらう」
やはりか。
本当なら後方で教育要員として活動したかったが、僕のような経験の浅い上等兵など、前線以外に使い道なんてないのは僕が一番よくわかっている。
「了解しました」
喉まで出てきた文句や意見、不満を全て飲み込んで、僕は返事をする。
「これから君は第61師団にて勤務してもらうことになる。もうすぐ発動される大規模構成計画に参加している師団だ。かなり苦労するだろうが、頑張ってくれ」
「はい」
僕は敬礼をして、大隊長室を立ち去った。
それから数日ほどを大隊司令部で過ごしたのち、僕は軍用の軽便鉄道で第61師団の展開する地域へと向かった。




