↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】『無茶です!』初めて描いた一枚の絵で王太子殿下に見初められた私ですが、その手柄はぜんぶ侯爵令嬢のものになりました  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/5

第三話 黙ってやれ、ミュシャ!!

 破綻は、春の訪れとともにやってきた。

 王太子殿下が、直々に工房を訪れたのだ。


 私は裏の作業場で版を洗っていた。

 だから顔は見ていない、ただ表から声が聞こえた。


「――『ジスモンダ』を描いた者に会いたい」

「まあ、殿下。わたくしですわ」


 オーレリア様の声。


「……本当に、あなたが?」

「もちろんですわ。あの絵は、雪の夜に一晩で描き上げましたの」


 しばらく、何も聞こえなかった。


「あの夜、工房にいたのはあなたか」

「ええ、もちろん」


 私は、洗い桶に手を突っ込んだまま動けなかった。


 ――出て行って、違うと言えばよかったのだ。


 でも、そうすれば工房は潰れ、二十人が路頭に迷う。

 そして誰が、貧乏男爵の三女の言葉を信じるだろう。

 侯爵令嬢と、インクまみれの下働き……答えは決まっている。

 桶の水を見つめたまま、ただ黙っていた。


 何も言えないまま、やがて足音が遠ざかっていった。




 その晩、オーレリア様がひとりで工房へ戻ってきた。


「あなた、殿下の前に出てこなかったわね」

「……はい」

「賢明よ。でも、賢明すぎるのも困るの」


 彼女は私の作業台へ歩み寄った。

 そして机の上の下絵を――夏の祝祭のために三か月かけて描いた、百枚の草花の意匠を――無造作にかき集め、暖炉へ投げ入れた。


「あっ……!何を!!」


 火が、いっせいに燃え上がっていく。

 絵の具のせいだろうか。

 見たこともない色の炎へ変わるのを、呆然と見ることしかできない。


「殿下は、あなたの手を探しているそうよ。指の青い手をね」


 炎に照らされたその顔は、初めてはっきりと怯えていた。


「……だからあなたはもう、描いてはだめ。あなたの絵がこの世に一枚でもあるかぎり、わたくしは安心して眠れないもの」

「そんな……」

「工房は解体させるわ。王都から出ておいき。――二度と筆を持つのも許しませんわ、ミュシャ・アルフォンス」


 燃える紙を見ていた。

 金色の唐草が、灰になっていくのを。

 止めることも、泣くこともできず、ただ体の芯が抜け落ちていくような感覚だけがあった。


 その夜、私は荷物ひとつを抱えて、工房を出た。

 春だというのに、街は灰色だった。

 あの日、私が「顔を上げたときに暖かいものを」と思って描いた壁には、もう何も貼られていなかった。




 三日後。

 私は場末の宿の三階で、寝台に転がっていた。


 金はもうすぐ尽きる。

 実家へ帰れば、父は「傷がついた娘」と言って嫁ぎ先を探すだろう。

 私は天井の染みを数えていた。


 その天井が、突然揺れた。


 ――正確には、扉が蹴り開けられたのだ。


「見つけたぞ、この馬鹿画家がぁ!!」

「さ、サラ様!?」


 深紅の外套を大きく翻した舞台の女王。

 彼女は宿の粗末な床を靴で踏み鳴らし、私の襟首をつかんで引き起こした。


「三日だ!三日も探させおって!劇場の看板を勝手に降りるとは何事か!」

「だ、だって、私はもう描いてはいけないと」

「誰が決めた」

「……侯爵令嬢が」

「侯爵令嬢が何だ」


 彼女は鼻で笑った。


「私は華月歌劇団の座長だ。私の舞台で、私の顔を、私の名を、あの絵で国中に売ったのは誰だ。お前だろう。それを他人の手柄にされて、のうのうと寝ているのか?」

「……でも、証拠がありません。誰も信じません」

「証拠?」

「証拠ならある。お前の手の中に」


 サラ様は身を屈め、私の目を覗き込んだ。

 私は自分の指を見た。


「お前は、その場で描ける。あの女は描けない。それ以上に分かりやすいものがあるか?」


 息が詰まった。


「五日後、王城で春の舞踏会がある。宮廷画家長の名において、『御前制作』が行われることになった」

「ごぜん……せいさく?」

「王と王太子の御前で、絵師が筆を執る。宮廷に古くから残る儀式だ。今年の主役は、もちろん――『ジスモンダの画家』とやらだ」


 サラ様は、にやりと笑った。

 役者の笑みだった。


「私が座長として推挙した。宮廷画家長も乗った。逃げられんぞ、あの女は」


 震える手を見た。

 三日間、何も握っていなかった手には、青い染みだけがまだ残っていた。


「……サラ様」

「なんだ」

「筆を、貸していただけますか」

「はっ!」


 彼女は高らかに笑うと、外套の内から一本の筆を投げてよこした。


「言ったはずだ。――黙ってやれ、ミュシャ!!」

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『無華の花嫁』発売中
無華の花嫁
~華の加護なき無能な少女は、黒薔薇の殿下に愛される~
和風シンデレラ/異能恋愛/黒薔薇の殿下/虐げられ令嬢/救済&溺愛
本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。