No.34
No.34
「そして再び『魔境』に戻ってきた私は、この場所に急ぎ戻ろうとしていた処で、ヨーグさんと出会ったと言う訳です」
「なるほどのう……」
シンの話を聞き終えたらヨーグは顎を撫でながら深く頷き。何か気づいたような素振りを見せる。シンは今の話だけで何かわかったのかと尋ねる。ヨーグは真面目な表情をして、今自分自身の思いを言う。
「いや、なんもわからん」
『おい! じいさん!』
意味在り気に頷いているものだから、何かわかったのかと思ったら何もわからないと言う返事に、百地は半分キレ気味の声を出す。最もこの声はヨーグに聞こえることはないのだが。
「まあ、わからんと言うても、すべてではないぞ。渡界者である御主が誰に殺されたかと言うくらいなら」
「それは……」
「まあそれは御主も薄々感ずいておるようじゃが。最も儂も誰にかまでかはわからん。しかし洞穴にいた者達の内、誰かが御主を殺し。そして残りの者達を殺したと言うことくらいかのう」
シンはヨーグに語る内で、自分でも気づいたことがあった。
それはもし仮に外から入って来た者であれば、そう言う何者かが入ってきた気配がした筈。しかしあの時は外から誰かしらが入ってくる気配はしなかった。
であれば、中に居た者で毒を盛った人物がいたと言うこと。そしてその人物がシンを殺し。また他の者を殺した可能性が高いと言うことだ。
だがそれが誰かまではわからない。食事はシンが町から持ってきたもの。まさかあの鋼霊人族の女性が、今回の殺人犯と関係があるのか? と言う話になると、話がややっこしく成りすぎる。単純に考えるべきならこの『魔境』で採取した野苺と椎の実となる。
「この『魔境』では野苺と椎の実は毒ですか?」
「ん? そんな訳ないじゃろう。両方とも食用のものじゃ。それに当たって死んだものは居らんよ」
「そうですか……」
『魔境』に入れられる囚人は渡界者を除き。外からの荷物を衣服以外持ち込むことは出来ない事になっている。その衣服も全て同じもの。細工をして外から持ち込むと言うことも出来ない。
となれば現地調達する他ない。
シンの記憶でこの『魔境』に入ってから毒物を入手する機会があったのは、プセマやヴェレーノから教えられたジャイアントアントの蟻酸である。
しかしヴェレーノ曰く。蟻酸はガラス製の物で持ち運びをしなければならないと言っていた。勿論これ以外の方法があればまた違ってくるが、少なくともあの時、あの場所でヴェレーノが蟻酸を所持するような素振りはなかった。
そうなるともう一人その可能性があるのはツークーである。ツークーもジャイアントアントに触れる機会があった。ジャイアントアントの体から槍を作り。全員に渡している。その時に蟻酸を手に入れたのか? 特にツークー。エスピオンの両名は毒の食べ物を食べていない可能性がある。その理由としては唯一その様子をシンが見ていないからだ。
一番目と三番目の交代時に食べ物の入った皿に変化があったと言うだけ。それを二人が食べたと言うことにはならない。
しかしそうなってくるとプセマ。ヴェレーノは毒に侵されていたのだろうか? もし侵されていなければあの時騒ぎの異変に気がつき。眠りから起きたのではないだろうか? もしそうならあの四人がグルとなり、シン達を襲ったのか? となるとその理由は?
「考えられるとすれば、意識が途切れる前に聞いたあの言葉ですね」
『渡界者に用はない。我々が救うのは常命の者のみ。ーーー苦しみの世界を終わらせ。救いある楽園へ。さあ導こう、安らかなるーーー』
「ーーー死への旅だちへ』」
この言葉から襲ってきた相手が何者であるか、推測出来るものがひとつあった。
「ベルスター教信者」
もしそうだとしても、何故あの時に決行する意味があったのか? 睡眠時の無防備な瞬間を狙うためか? 毒を使用したのは確実性を求めたなのか?
繋がりは出来ていく。しかし決定的なモノには何一つ無い。
「どれも状況証拠からの推測にしかなりませんね。やはりまだ決めつけるには早いです。何よりあの奇妙な生物事も気になりますし」
色々と考えても答えが出るものではなかった。
一先ず再び情報が集まるまでこの事は頭の隅に置いておくことにした。
幾つかの疑問を残して。そしてもうひとつ、疑問に思っていた事をがあったので、その疑問を持つ人物に尋ねることにした。
「ヨーグさんは散歩だと仰っていましたが、『魔境』は危険な場所だと実感しています。そんな場所をお一人で散歩とは、些か不自然ではありませんか?」
「ほっほっほっ。もしや儂が御主を殺した犯人と思われておるのかのう?」
「流石にそれはないでしょうが、犯人と関わりがあるのでは、と、そんな可能性も」
もしそうなら自分は間違いなくまた死ぬであろう。戦闘力に関して言えば。今のシンではヨーグの足元にも及ばない。それでも敢えて尋ねるのは、その可能性が低いと分かっているからである。その可能性を更に限りなくゼロにしたいがために尋ねている。
最もこれは本人からの自己申告である。その真偽はシンには判断しかねないことも理解していた。
「儂が若い頃は強くなろうと躍起になっておって、この『魔境』を駆け回り。出会うモンスターを片っ端から打ち倒しておった。そんなヤンチャな時代があったもんじゃが。どうもそれは年老いた今でもそうそう抜けんでのう。若い者からは危ないからいい加減やめてくれと言われておるんじゃが、これがなかなか」
長年の習慣はなかなか抜けなけんと、なんとまあ物騒な習慣を持っている老人である。
『……相棒と出会う奴はとんでもねぇ力の持ち主ばかりか?』
シンと契約してから出会った人物。その中の一人は確実に人外レベルの人物。そんな人間が生涯でもう一人など、一体どれだけ数奇な運命だと呆れている百地。
しかもその二人とも。
「わかりました。そのお言葉を信じましょう」
「ほっほっほっ。ありがとうのう」
「ではもうひとつ。疑問に思っていた事があるので、それをお聞きしても宜しいでしょうか?」
「何じゃあ? 儂にわかることなら良いがのう」
「では遠慮なく。ヨーグさんがお使いに為られた技」
「気功闘法術かのう?」
「はい。その系統の技は存在しますが、その技の名前は既に途絶えたものだと聞き及んでいます。勿論ここが外と隔絶された場所だと言うことは承知していますが、それでもその技の名が残っている理由です」
ヨーグの予想では技を教えろぐらいが来るかと思っていたが、武名が継承されている理由とは。思いもよらない質問に笑わずに入られなかった。
「すまんのう。別に御主をバカにしたわけではない。御主は死んでも生き返ることが出来る渡界者じゃ。永遠と死を繰り返す嵌めになるのを避けるために、教えてくれとでも言うのかと思っておったんじゃ。それが予想外の言葉。流石に予想外すぎて笑いが込み上げてきてしもうたよ」
いまだ笑いが収まりきらないヨーグに再度尋ねるシン。それに顎を撫でながらヨーグは。
「そろそろ日も昇る。どうじゃろうか? 少し先に人が住む街がある。そこで落ち着いて話すと言うのは」
「集落。チンロンでしたね」
「知っておったか」
「はい。先程の話に出てきたハルシオンと言う方から」
「あやつからか。なるほどのう」
「お知り合いの方でしたか?」
もしそうなのであれば気の毒な巻き込まれをしたと。
「よく知っておるよ。フラりと外からやって来て、あちこちでよく見かける奴じゃよ」
今の言葉に少し違和感を感じたシン。しかしそれが何であるかはわからなかった。
「まあ行き道ながら教えても良いが、それでは世話しないからのう」
そう言ってヨーグは拳を明後日な方向にに振るう。
シンは一体何事と振るわれた方向を見ると、体が爆散したモンスターを目にする。
「ひとつに留まりすぎましたか」
「そうじゃのう。ここ辺りのモンスターくらいなら物の数ではないんじゃが、御主と話しながらだと言うと、ちと厳しいのう」
『嘘つけよ。全然余裕だろうが!』
ヨーグはこっちじゃと先導して集落チンロンへと向かっていく。百地のツッコミは届かないため無視されて。
『なあ相棒、俺様をちょっと外に出してくれねぇか? あのじいさんに一言言いてやりてぇ』
「それは止めておきましょう百地さん」
気持ちはわかるが、今は無用な争いの火種となる様なものを作るべきではないと、シンに宥められる。
シン達が『魔境』の森を進んでいくと、森の切り開かれた場所に人工の建物が見えてくる。
建物の回りには重々しく重厚な作りの木の城壁とでも言うべき物で囲われている。
壁の向こう側はまだ見えないが、どうやら同じように木で作られた建物が多いようだ。
「あれがチンロン……」
「もう少し行けば門が見えてくるじゃろう。あと少しじゃ」
ヨーグの言葉通りに城門のような堅く閉ざされている門が見えてきた。門まで行くとヨーグはシンを手招きする。シンはヨーグの側に行き、何用ですか? と尋ねる前にヨーグから手を差し出される。握手するかのように差し出された手。シンは握手を交わせば良いのかとヨーグの手を握る。その手は分厚い革手袋のような弾力と。鋼鉄のような力強さと安心感を感じたのである。
(一体どれ程の鍛練を積めば、この様な手に成るのでしょうか……)
今までの己の人生全てを賭けてこの手にしてきたのだ。きっと自分が想像もつかないような荒行をし続けてきたからこそ。あれほどの力を持つ事が出来たのだと、この手から伝わって執念にも似た思いを感じ。シンはヨーグに対して尊敬の念を抱いた。
「では飛ぶぞ」
「はい? 飛ぶ? おおわぁッ!?」
手を握ったシンにただ一言、そう告げると。ヨーグは軽くジャンプする様な仕草のわりに、城壁を越すほどの高い跳躍を見せる。シンはその跳躍に驚き珍しく声を上げた。
城壁を巡回する通路へと降り立つヨーグとシン。
「モ、モンスターか!?」
巡回していた者だろう。闇夜の空から降り立ったシン達に光を照らす。照されその正体がわかるとホッとした態度を見せる。
「お、翁……ビックリさせないでくださいよ」
「ほっほっほっ。すまんかったのう。門から入るよりこっちの方が早かったんでのう」
「何か異常事態ですか?」
ヨーグが来たことで何かしらがあったのかと近くに寄って尋ねる。その人物は兵士のような格好をした。豹の頭を持つ獣頭人族の男性だった。
「日課の散歩中に外から来た者を見つけ。ここまで案内してきたんじゃ」
「そちらの人間族の男が、一人ですか?」
「儂が見つけた時はもう一人じゃったな」
「……そうでしたか」
ヨーグの言葉だけで何があったのか大体理解でき、悲しみの表情を見せる豹頭の男性。
「夜の『魔境』を外で過ごすなど『魔境』に住む者でも、ごく限られた者にしか出来ないことだ。お前は幸運だったな」
シンは違和感を覚える。犯罪者達の坩堝と言われている『魔境』で、この豹頭の男性の態度はどちらかと言えば町の騎士達のような対応であった。
彼から感じるものは『悪』ではなく。『善』や『秩序』と言った者が持つ独特な雰囲気とでも言えば良いものであろうか。そうしたものが彼からは感じられた。
「まあ一度死んだんじゃが、こやつは渡界者なのでな。外からまた舞い戻ってきたんじゃ」
「渡界者……普通の人間族にしか見えませんが?」
「そりゃあそうじゃろう。儂らと何ら変わらない姿を持っている。しかし死ぬことだけはない、と言う力を持った要るだけじゃからな。儂が見つけておらなんだら、永遠に死と生を繰り返しながら『魔境』を過ごしていたかもしれないのう。ほっほっほっ」
そんな事態を想像したのだろう。豹頭の男性はそんな地獄のような体験はしたくないと言うように、シンを羨むどころか気の毒そうな顔をして見つめた。
シンはシンで漸く自分も会話に参加できそうな雰囲気を察し。自己紹介をする。
「ヨーグさんが仰る通りに私は渡界者のシンと言います。よろしくお願い致します」
「ああ。俺はチンロン警備隊所属のパルマだ。アンタにとっちゃ『魔境』は地獄のような場所かもしれないが、慣れればそれなりに暮らしていける場所だ。そうなれるよう俺達も協力してやる。何かあったらいつでも相談してくれ」
「はい。その時は」
にこやかに笑う豹頭の男性にシンは、やはりこの人物からは『善人』としての雰囲気しか感じ取れなかった。それ故に本当にこの場所は流刑の地と呼ばれる『魔境』なのかと疑問を感じていた。
「この者にここでの暮らしを教えるでな。一室貸して貰いたいんじゃが」
「あ、はい。案内致します」
パルマの案内で城壁の階段へと向かっていくシン達。遠くの山間からは日の光が見え始めてきた時刻となっていた。
「と、言った感じがその兄ちゃんがここに来てから起きたことだな。ウキキ」
「そうですか。外から来た方にその様なことが……。ありがとうございます情報屋さん。また何か面白いお話がありましたらお聞かせください」
「ウキキッ! 俺っち姉ちゃんのためなら何でも調べてきちゃう! だ・か・らーーー」
「あら? もうお時間の様ですね。それでは私は暇させていただきます」
「ウキッーー!? まだ! まだ何にもしてねぇよ!?」
「ご冗談を。大変有意義なお喋りをしたではありませんか。では、これにて」
雅に作られた和風な部屋。その部屋にはあのハルシオンと。部屋の一段高い場所には簾越し言葉を交わす者がいた。声の雰囲気から若い女性と言うのがわかる。その女性の気配が簾の向こう側から消えてなくなると。
「……今回は、今回こそは一夜を共にできると思ったのに……ウキキ……」
涙に暮れる一人のハルシオンがその場にいた。




