No.33
No.33
モンスターを倒しながら夜の『魔境』を急ぎ走るシン。そんなシンの前に奇妙な生物が現れる。
その生物を見た途端。体のみならず思考すら止まったしまった。あわやその奇妙な生物に殺されてしまう。と言うところで鬼紋闘法術を扱う老人が現る。その老人の姿はシンが初めてグローリアで倒したゴブリンの姿と酷似していた。
「モンスターと見間違い。大変申し訳ありませんでした」
「ほっほっほっ。良いよ。儂のような妖魔族はもう外には居らんと聞いとるからのう」
「妖魔族、ですか。百地さん」
『いや俺様も聞き覚えがねえ種族だ。狂暴性がねぇだけでモンスターと変わらねえ姿の種族なんて聞いたことがねえよ。……最も凶悪な力は持ってるじいさんみていだがな……』
奇妙な生物を倒し。百地の意識も取り戻してから、シンは妖魔族のヨーグと名乗る老人と共に野営した洞穴へと急いでいた。ただヨーグは散歩でもするかのような足取りのはずなのに、全速力のシンより速く先頭を歩き。襲ってくるモンスターを出会い頭と同時に瞬殺で打ち倒していた。
後ろから見ているものとしては、モンスターが現れたとも思ったら勝手に爆散して死んだと思えるような光景である。
「うむ。この辺りで休憩できる場所はあそこかのう」
ヨーグが前方を指し示す。シンは細目の目を更に細目。目を凝らして前方を見定める。
「はい。あそこです」
やっとたどり着いた。そう安堵の声が漏れる筈のシンの声からは固く暗い声質が漏れていた。
血の臭い。明らかに大量の血の臭いがシンの鼻についた。
シンは慎重になりながら洞穴へと近づくと、出入り口は何者かによって内側から壊されたようなあとがあった。
「……あの奇妙な生物がここから出てきたのでしょうか?」
もしそうならこの洞穴に入った時点で、その存在が明るみにならなかったのはおかしいと首を捻る。
しかしその疑問を今考えることは後にして。中に居た者達の安否を確認する。
そこには凄惨な殺人現場のような血塗れだけの場所が存在していた。
「……皆さんは、やはり……」
あの奇妙な生物がここに現れ。殺されてしまったのだろうか? そう考えてしまう。だがそうなると新たな疑問が生じる。あの奇妙な生物は補食の際。他の生物を生きたままその身に取り込んでいた。対象を殺してから殺してから食べると言うのではなかった筈だ。
ならばこの場限りでそれを行った? それならばなぜその必要があった? あの奇妙な生物を見ると体どころか思考すら止まったしまったと言うのに。この狭い場所であればそれも直ぐに出来てしまうことだろう。
つまりそれすらも出来ない状況であったのか。もしくはーーー
『おい相棒! しっかりしろ!』
思考の海に浸かっていたシンを呼び戻したのは百地の声であった。
シンは百地の声で正気に戻り。外で待つヨーグの下へと戻る。
「どうじゃった」
ヨーグは敢えて尋ねた。
シンは首を横に振り。
「私と共に来た方は見当たりません。中は殺人現場のような血塗れだけとなっていて、それ以外には何も」
「うむ。あの奇妙な生き物にやられたと言うにしては、全員が全員この中でと言うのは不思議じゃのう。あれはそこまで動きの早い生き物では無いはずじゃ。誰も外に出ることが出来ず殺されるものかのう」
シンもそこは疑問に感じている。
あの奇妙な生物は対象を動けなくしてから一体一体を補食する動きを見せていた。全員を動けなくしたのであれば、あの奇妙な生物は全員が目にする形で現れたと言うことになる。
それを可能とするのは円のように座っていた。シン達の真ん中に現れたと言うほか無い。しかも突然に。シンにあの奇妙な生物の記憶にすら残さずに。
それは可能であろうか?
シンは考える。きっと不可能だと。森で現れた時でさえ。記憶を失う前にあの奇妙な生物を見たことは覚えているのだ。
シンは答えが見つからず。今わかることを纏めてみる。
ひとつ。シンと共に来た者達は何者かに殺された可能性が高い。
ひとつ。その犯人が奇妙な生物かどうかは分からない。
ひとつ。仮に奇妙な生物が洞穴でシン達を殺したのであれば、その姿を確認していないことに疑問が出てくる。
ひとつ。奇妙な生物はこの『魔境』では確認されたことが今まで一度もなく。唯一その姿が酷似していると思われるのが、エスピオンの話に出てきた生物であると言うこと。
「……今判る事はこれぐらいですね」
分からないことだらけである。しかしそれでもシンは、この惨状を確認しても、他の者達は逃げ。生き延びているのではと言う可能性も信じていた。
「御主はここで休んでおったのだろう。その時何があった? この爺に話せる部分を話して貰えんかのう」
「ええ。それでしたら私がここに来た理由から順を追ってお話致します。それは私がこの世界に来てーーー」
シンはヨーグにこれまでの出来事を語る。
そして物語は一度重犯罪者としてここへ送られた、彼らの話のあとにまで戻る。
☆★☆★☆
彼らの事情を聞いた後、沈んでいた空気は徐々に戻りつつあった。そして食事を終え。疲れを残さない為睡眠をとなるが、多少の安全が在るとは言え。モンスターの侵入がないとも限らない。そこで七人が複数人で交代ずつ見張りをすることになるが。
「私であれば一晩中起きていても問題は在りませんが」
渡界者である自分なら一昼夜くらい問題ないと提案するが、ハルシオンからこの先もまだ少し掛かる上。誰か一人でも足手まといが出れば、その人間を置いて行く他ないと言われる。
ハルシオンにしては真っ当なーーー
「にしてはって言うのは傷つくなぁ。ウキキ」
話し進まないから黙ってろ。こほん。真っ当な意見が出たため。シンもそれを了承し。各自分担で見張りをすることにした。見張りは二人一組。しかしメンバーは七人。そこでシンが始めと終わりを二度担当すると言うことで今度は話しが着く。
メンバーはシン。プセマ。ヴェレーノが一番。ツークー。エスピオンが二番。最後がシン。キヤーナ。ハルシオンとなる。見張りは二時間ほど。正確な時間はシンのシステムに時計があるためそれを利用する。結果シンは二時間置きに起きることになるが、問題はないと言うので頼ることとなる。
「俺っち姉ちゃんと一緒が良かったな。ウキキ」
お前が女性と一緒だと何かしらの間違いがあったら大変だからだろう。
「さすがに大勢のまでやるほど俺っち節操は悪くないぜ。まっ、相手が望むならだけど。ウキキッ」
……ハァ、話し進めてくぞ。始めのシン。プセマ。ヴェレーノ達は問題なく見張りを行う。途中二人が用足しと言うことで、外へ出ることとなるが、モンスターに襲われることなく。洞穴へと戻る。その際。
「ただ見張ると言うのも退屈でしょう。近場で見かけたから。摘まみながら時間を過ごせばいい」
ヴェレーノが持ってきたのは野苺である。その為プセマがもっと無かったと尋ねると。まだあると言う。しかし外では危険があるため素早く採取するしかなかったと言うとガッカリするプセマ。
「場所さえ教えて頂ければ、私が採ってきましょうか?」
「ホンマか!? 外は危険やで? わいのためやったら我慢すればええだけやから」
「いえいえ。この後の皆さんの分も必要でしょう。それにあまり長くは無理ですが、短時間であれば可能ですから」
そう言うことならとプセマは願い。ヴェレーノはシンにあった場所を教える。
『お人好しだな相棒。食い物ならまだあるだろうに』
「確かに在りますが、無限にではありません。現地調達出来るのであればそれに越したことはありませんから。それと私も注意しておきますが、もし百地さんも何か起きず気になったら教えてください」
『おう。わかったよ』
シンは野苺を手早く採取していく。大体小さな皿一杯分くらいは採れたであろうか。
「これ以上は止めておいた方が良いかもしれませんね」
『だな。遭遇しなかったとは言え、いつ現れるかわかったもんじゃねえ。早めに戻った方がいいぜ』
洞穴へと戻ってきたシン。その手にはかなりの量の野苺が在ることで、プセマは大いに喜んでいた。
シンが採ってきた野莓をシンが一粒。プセマが十粒。ヴェレーノが二粒を食べた。
その後時間となり。次の見張り役のツークーとエスピオンを起こす。
「時間か?」
「体感的にそれくらいですね」
こちらの二人は職業的な慣れもあるのだろう。短時間の睡眠であっても、苦にならない表情をしていた。
「こちらは何も問題はありませんでした。ああそれと。見張りの間はお暇になると思いますので、こちらを摘まみながら過ごしてください」
シンが見張りの間の報告をすると頷き返した。
そして前半組が仮眠をとる。しばらくするとシンが設定しておいた時計のアラームが鳴り。それで目が覚めるシン。
「どうした?」
「交代の時間です」
「もうそんな時間ですか。こちらは何も異常はありませんでした。途中ツークーが外の様子を見にも行きましたが、モンスターの気配はないと言うことでした」
「そうですか。おや? こちらは?」
見張りの間二人は野莓を食べたのだろう。皿の野莓は少なくなり。代わりに見覚えのない木の実が増えていた。
「少なくなったからな。外に出たときに見つけたものだ。それは生のままでも食せる椎の実だ」
「あははは。生のままだと少しえぐみがありますけどね」
エスピオンは食べた時の味を思い出したのだろう。渋い顔をしていた。
「ではあとで食べさせて頂きます。キヤーナさん。ハルシオンさんお時間です」
終盤組を起こし。中盤組と交代をする。
四時間ほどの睡眠となるが、キヤーナには物足りないのであろう。眠そうな顔をしている。
「こちらを食べてみたらどうですか? 酸っぱさで目が覚めるかもしれませんよ?」
「そうだな。そうしてみるか」
そう言ってキヤーナは更に残っている野莓を摘まむのではなく。鷲掴みで取ると口の中へと放り込み。噛み砕くような勢いで咀嚼する。
「酸っぱくないのですか?」
「いや、すっぱい。だが食いなれているから多少はな。それでもここまでの量を一気に食ったことはないから、ごほっ、ごほっ」
「大丈夫ですか!? お水です」
「ああ、すまない」
キヤーナは野莓の酸っぱさに噎せ咳き込む。シンは飲み水を取りだしキヤーナに飲ませる。
その後何も起きることなく。日の昇るまで三人で見張りをする、筈だった。
一番最初に変化の起きたのはキヤーナである。
青い顔をして、荒い呼吸を繰り返していた。その内に体がふらつきその場に倒れる。
「キヤーナさん!? 大丈夫です……かッ!?」
シンは立ち上がり。キヤーナに駆け寄ろうとしたが、その体がふらつき倒れる。それはまるで体が麻痺したような感覚であった。
「……なに、が……!?」
シンはユニークカードを取りだし状態確認を行おうとするが、体が痺れて思うように動かなかった。
倒れた状況で周りを見る。一緒に見張りをしていたハルシオンも顔色が悪くなり。壁に持たれるように横たわっている。その他仮眠を取ってた者達からも苦しげな息をあげていることに気がつく。
まさか毒物!? しかしいつ!? それらしいモノは無かったはず。いやそれよりも服の収納の中には解毒薬があったはず。それを取りだし回復しなくてはと、一瞬で現在の状況を推理し。状況を対処しようとするシン。
袖口に手をやり。薬を探し取り出そうとするところで、洞穴内に設置されていた灯りの術装具の明かりが急に消えた。
そして暗闇と成した洞穴の中で何者かが動く気配がする。
誰かはわからない。だが確実に誰がゆっくりと動く。
「……命無き者に用はない。我々が救うのは常命の者のみ……」
こもった声。その上この場にいた誰とも違う声であった
外からの侵入者。
そう思い立った瞬間。何者かが覆い被さるようにシンの体に馬乗りになり。
そしてシンの体に鋭き痛みが走る。
「ーーーがあッ!?」
それも何度も不必要なほどに鋭い痛みが走っていく。次第にシンの意識は消えていく。消え行く最中。侵入者の声がもう一度だけ聞こえた。
「苦しみの世界を終わらせ。救いある楽園へ。さあ導こう、安らかなるsーーー」
そこでシンの意識は途絶えた。




