消えた天使
「貴様……っ!!なにを言っているのかわかってるのか!!」
礼拝堂の裏に俺と壱弥、親父と珠ちゃん先生と、神父ウォルク。
怒声を飛ばしたのは神父だ。大きく振り上げられた手が俺の顔に向かって振り降ろされる。
殴られてもしかたない、覚悟はしてる。歯を食いしばって、目を閉じて……けど、その手は俺に当たることは無かった。
ガシッと寸前で止めてくれていたのは、親父だった。
「殴るなら俺にしろ……責任は、俺にある」
「あぁ、そうか、確かにそうだな?」
ガッ!!!
と激しい音がして親父が吹っ飛んだ。珠ちゃん先生が心配そうに駆け寄る。顔とガタイに似合った力強いパンチだ。
親父でこれだ、俺がもらっていたら……うぅ、ありがとう親父。
「本当に申し訳ないわ……私も近くにいたのに、ごめんなさい」
「謝って済む問題ではないだろう!!」
「沙織里は俺が絶対に見つけ出します、絶対に助けます」
「信用できんな」
聞く耳持たず。だめだ。今ここでなにを言っても無駄だ。でも、やることはひとつだ。
「東雲!!!」
俺は叫んだ。実際叫ぶ必要はないんだけど、このどうしようもない感情を、なんでもいいから声に出して吐き出さないといられなかった。
「はいな~……ってなんやの?すごい険悪な雰囲気やん。俺こういうの苦手やねんけど」
普段からつかず離れずの距離で俺についてきてくれている。バス移動の時どこにいたかはわからないけど、どこにいても、呼べばすぐに来てくれる。
「おちゃらけてんじゃねぇ、沙織里が誘拐された」
「……はぁん?わかったで。お嬢ちゃん見つけるんが仕事やな?任せとき」
繋がった糸を通してわざと俺の感情を送り込むようにした。東雲も俺の意図を理解し、すぐさま行動を開始、風に紛れるように姿を消した。
「……今のキツネくん、貴方の使役妖怪?」
「あ、はい、そうです……ん…?珠ちゃん先生?」
一瞬だけ現れた東雲が気になったようだ。珠ちゃん先生も同じキツネに属する妖怪だから気になったのかな?顎に手を当てて「ふふっ」と笑っていた。
「じゃあ私も、彼に負けないように全力で協力しないといけないわね?紅司郎ちゃん、生徒たちを頼むわね」
「おう、こっちは任せとけ」
珠ちゃん先生も東雲同様姿を消した。これで探索は盤石なはず。
「……必ず見つけ出せ」
未だ怒りの収まらない神父は低い声で言った。あぁ、本当にこえーな……沙織里がいないのは、もっとこえーけどな。
「お父さん、沙織里は、絶対に、助け出します!!」
ビキビキビキっと神父の顔から腕から血管が浮き出て、握りしめている拳はギチギチと音が聞こえてきそうだった。
「あのさ……秋緋」
「なんだ?」
「たぶん、その『お父さん』っていうのやめた方がいいと思う」
自然に使っていた『お父さん』がまさかの地雷だったってことか?沙織里のお父さんだからってだけだし、それに壱弥のお父さんも同じように呼んでるんだけど……あれ?
「これ以上わたしを怒らせるな……神に背いてしまいそうだァ……」
黙ります。
口の中が切れたのだろう、親父は唇の端から血を流していた。ゆっくりと立ち上がり、親指で血を拭いながら、俺たちに指示を出した。
「俺は生徒たちを見なきゃならねぇ。ここから離れるわけにはいかない。壱弥、お前は真砂の本家に言って戌井に報告してくれ、足が欲しい。秋緋、お前はここから離れるな。俺たちがかけてる術を解く、絢倉千樹の近くにいろ」
「わかりました」
壱弥は駆け出し、俺の実家である真砂の本家へ向かった。
俺のやることは、絢倉千樹の近くに?なにか策があるのかもしれないが、なんでこのタイミングで?
「……気張っていけよ」
「……ちっ!!」
有無を言わさない圧がかかる。東雲が出ているとはいえ、親父の考えがわからねぇ……わからねぇけど……。
親父と神父を残して、俺は礼拝堂の中へ移動するしかなかった。
許された範囲内で生徒たちは自由に昼食を楽しんでいる最中だ。本来ならこの中に俺も壱弥も……沙織里もいるはずだった。
聖壇の彫像を見上げる。どこか悲しげな表情をしているように感じてしまった。口角は上がってほほ笑んでいるはずなのに。
大丈夫、沙織里はきっと無事だ。【筒師】見習いだし、今俺が置かれている状況もわかっていて、対応できるように親父から言われてるはずだ。
礼拝堂を後にし、公園まで下りてきた。
ここは憩いの場だ、生徒たちもたくさんここで昼食を楽しんでいる。不審に思われないように歩いて、探す。
あーもーほんとうは沙織里探してぇよ!なんで俺だけ違うことやらされてんだよ……くそ!
公園を一周してしまった。いない。ここにいないとすればどこだ?どこにいる?
俺は走った。いける場所は限られている、遠くへ行くこともないし、教会の敷地内であと見ていないところは――。
**********
「何故バカ息子に沙織里を探すように言わなかった?」
「あ?そりゃ絢峰瑠鬼がやったってんなら、本人誘い出した方がはやいだろうが」
「貴様、息子を囮にしたのか……?!」
「……もちろんちゃんと沙織里を探さしちゃいるさ。それで見つけられればいいが時間もかかるだろ、最短の方法を試してるだけだ」
「理解できん……」
「昔みたいにあいつも弱くねぇからな」
「そういう問題ではないだろう……」
「ウォルク、お前もちゃんと聞いてたろ?『絶対に助ける』ってあいつの言葉」
「……」
「信じて待ってろ、責任は、俺が持つ」
**********
まさかこんなところにいるとは思わないよな。
噂程度で聞いてはいたが、近寄りがたいミステリアスな子……つまり、友達とワイワイつるむような人物じゃないってこと。
墓地に生えている大きな木。夏になれば白い花を咲かせる木だ。
その木の幹に背中を預け、小さな弁当箱を広げて昼食をとっている女の……子、だよな?女生徒の制服を着ているからそうなんだろうけど、ちょっと不思議な雰囲気を漂わせている。
長い黒髪が時折風に揺れて、目を隠すくらいながい前髪からちらりとのぞかせる色素の薄い茶色の瞳。
「絢倉千樹……」
俺の声に気付いたのだろう、びくっと肩を震わせて振り向き、俺と目が合った。単純にこんなところに人が来るわけがないと思っていたと思う。だから、余計に驚いたんだろう、持っていたかわいいお弁当用のフォークを落としてしまった。
「あ……あ……」
「あ、悪い、驚かすつもりは無くて……」
思わず駆け寄った俺。
絢倉千樹は慌ててフォークを拾って、
「だ、だいじょ、ぶ」
所作は可愛らしい女の子だった。ただその声をよく聞くと……ハスキーというか、女の子のそれじゃない。
「あの、あなたは……」
違和感に動きを止めていた俺の方に向き直り、ゆっくりと見上げ、長い前髪がさらりとはだけて右目がしっかりと俺の姿を捉えて、呼んだ。
「秋緋……くん……?」
名前を。
カァンッ――。
白昼に響いたその音は、なにかを打ち付ける時に鳴る音のように聞こえた。
「な、なんだこれ……」
草木を揺らしていた風の音も、日の光も消え、辺りは暗闇に閉ざされた。




