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雨と鵺と花④

「さて……まずはこの呪術を解いてもらうか」


 後から追い付いた鵺に、お店の2階までその女の人を運んでもらった。移動中に意識は戻っていたようなので、下ろして正座させる。念のために、両サイドには小鬼を張り付くように座らせた。


 襖の向こうにはかすみさんが横になっているので、あまり騒がしくしないように、冷静に対処せねばならない。普通のことではないから、余計にな。


 机の上に置かれたあの手鏡に、女の人は黙ったまま手を差し出し人差し指をかざす。

 その指の先から、どうしてかわからないが一滴の水が流れ落ち、滴が手鏡に当たり弾けると、手鏡自体が水蒸気のような白い煙に姿を変えて消えてしまった。綺麗な手鏡だったのに勿体ない気もするが、人の命には変えられない。


「……ごめんなさい」


 女の人が呟く。


「えっと……その……」


 どうしてこんなことをしたのかと聞いたのだが、口ごもる……どうしたものか。


「……雨女殿、でござるな?何故このような?」


 え?なんで鵺知ってるの?あ、でもこの人もさっき鵺様とか言ってたし……なにこのふたり?知り合い?


「鵺様、申し訳ありません!私の嫉妬心がいたしてしまったことでご迷惑を……ごめんなさい!ごめんなさい!」


 雨女と呼ばれた女の人は泣きながら土下座して謝った。鵺が聞いたら話しだしたな、やるじゃん……って涙の量じゃないよコレー!


「だーっ!わかったから!水没するから泣き止め!!」


 隣に座っていた小鬼も逃げ出すレベルの、涙だか水だかが床にどんどん広がっていく。

 慌てて鵺も雨女を泣き止ませようと「落ち着くでござる!」と必死に訴えると、なんとか涙は止まり、溢れていた水も収まっていった。床に広がった水の掃除を小鬼に任せ、俺と鵺はあらためて雨女と話を始める。


 どうやら鵺柄みのようなので、まずはふたりの関係を聞いてみる。


「数百年前になります。私は当時お慕いしていた方を約束していた場所で待っておりました。ですが、待てども待てどもそのお方は現れず。私はどれだけの月日を泣きながらそこで過ごしたかわからないくらいの時が経った時でございます」


 言っちゃ悪いが見た目より凄いお年の……妖怪だから関係ないか。


「今そこに居ります鵺様と同じ容姿の殿方が優しくお声をかけて下さいました。待ち人がすでに亡くなっていることも教えてくださいました。そして、私も待ち続けた結果として、人ならざるものへとなっていたことも教えていただきました」


 妖怪として生まれる者と人から妖怪へ変わってしまう者もいるってことか。雨女は後者。なんか……悲しいな。


「すぐに受け入れられず、動くことができなかった私の元へ鵺様は毎日来てくださり、お話をしてくださいました。そんな鵺様に救われた私は……恋をしてしまいました。そして、ある日、その思いを伝えようと、鵺様とお約束をしました。白い紫陽花の咲くあの場所で……と」


 また泣きそうな顔になったと思ったら……次の瞬間、怒りに満ちた顔になる……情緒不安定?安定しない天候?


「しかし、鵺様は現れませんでした。私は待ちました。ずっとずっと待ちました。それでも来ては下さいませんでした。途方にくれた私は、ふらふらとさ迷い、この街へたどり着きました。そこで見つけました。貴方を見つけました。しかし、どうしたことでしょう!ここの女に鼻の下を伸ばし!でれでれと!!」


 机をバンっと両手で叩き、身をのりだし、鵺を睨む。

 鵺はびびってる。タイミングよくかすみさんに一目惚れしたところに出くわして激昂したのか。

 前の男のこともあるのに、事実はどうあれ、散々気のある態度して約束ほったらかして他の女といちゃついてるのを見たらそうなるのも仕方ないか。


「お、落ち着くでござるよ、雨女殿……」


「先ほどから雨女、雨女と!私の名前をお忘れですか?!雫(しずく)です!あの時のように雫と、なぜ呼んでいただけないのですか!!」


 攻め立てられて鵺は怯えてるような困っているような顔をしていた。しばらくの間の後、申し訳なさそうに鵺は口を開く。


「すまぬ、えっと……雫殿。誠に申し上げにくいのでござるが、拙者、代替わりをしておるのでござる。故に、雨女という妖怪がいるというのを知識として知っているだけ。個人的な感情や思い出は残ってはおらぬ……申し訳ない」


 雨女の動きが止まる。固まっている。ちなみに俺も固まった。

 事実なのだろう事は鵺の口調ではっきりしていた。こんなにもあっさりと、記憶にない、思い出も感情も無い……と言われてしまえば。


「……代……替わり?」


 やっとの事で口を開いた雨女は震えながら一言呟いた。鵺は一呼吸おいて詳しく話始める。


「鵺というは元来凶暴な存在で在るが故に人間に退治されたり、使役されたりと酷使される。どちらになったとしても危険で、命を落とすのはよくあることでござる。雫殿と出会った当時の鵺も恐らくどちらかの理由にて……約束と重なってしまったのは不運としか言いようがないでござろう。外見は変わらず、魂のみ代わる理由は拙者、鵺自体もわかってはおらぬのでござるが……」


 鵺、お前も悲しい運命辿ってたのか……アホとかいってごめんな。


「鵺様は、鵺様ではない、の……で、すか」


 雨女は崩れ落ちるように座り込んでしまった。

 その時の鵺がどんな状況にあって、会いに行けなかったのかはわからないが、2度も好きな人を亡くしたのは事実。

 どうやら涙もでないほど落ち込んでしまったようだ。かける言葉が見つからない。いつの間にか掃除を終えていた小鬼は雨女を挟んでまるで慰める様に寄り添って泣いてくれていた。


「雫殿。我々妖怪の魂が何処へ往くか、教えてもらっているでござるか?」

「……!」


 はっとして雨女は鵺の顔を見る。その表情は少し晴れやかだ。


「今すぐ、とはいかぬでござるが。いずれ、必ず」


「はい!」と元気よく返事をした雨女。俺にはなんの事だかさっぱりわからないのだが。質問しようと思ったら雨女が俺の方に向き直り、


「なんの妖怪の方なのかは存じ上げませんがご迷惑をお掛けしました。人に化けることができ、こちらの女性の方とお知り合いとお見受けいたしました。不躾なお願いではありますが申し訳なかったと、綺麗な紫陽花をいつもありがとうと、お伝えしていただきたく」


 深々と頭を下げ2階の窓から外へと出ていった。出ていったと言うか消えていったというのが正しい。直接謝ってもらいたかったけど、よく考えたら「貴女に嫉妬して呪い殺そうとしました、ごめんなさい。」なんて言われてもかすみさんは訳も分からないだろうし困るだろう。


 花の事だけ、伝えておこう……あと、さ……ひとついいか?


「俺は……妖怪じゃねぇーーー!!」


 俺は窓から身をのりだし、何処へ消えたかわからない雨女に叫んだ。これは大事なことだから、伝わってるといいけど。


「あらー?どうしたの?イケメンくんじゃん!おはよう!」


 スパーンッ!と勢いよく襖を開け、元気よく挨拶をしてきたかすみさん。よかった、すぐに呪術の影響は無くなったみたいだ。


「えっと、買い物にきたらかすみさんが寝込んでるって聞いたんでお見舞いに来たっす」


「やだっ!ありがと!やっさしぃね!もう大丈夫だよ!」と、かすみさんはバシバシと俺の背中を叩く。うん、こんだけ力あればもう大丈夫だ、本当にイタイ。


「あー!はっちゃん!サボり?よくないなー?ふふふ!」


 矛先は鵺に変わった。鵺は「も、戻りますっ!!」とバタバタと下に降りていった。かすみさんも鵺を追いかけるように下に降りていく。うんうん、元気になってよかったなぁ……。


 さて、大事な用は済んだし、買い物して帰らなきゃな。

 安心したら腹減ってきたし……かすみさんと鵺に軽く挨拶をして花屋を後にする。「今日の献立はなにがいい?」とちーと話ながら、商店街のスーパーマーケットへ向かった。


 残った鵺は……


「……かぁすみさん、もう大丈夫、ですか」

「うんうん!少し横になったら良くなったよー!ごめんねぇ、任せちゃって。大変だったでしょ?」

「とんでもないです!」

「ふふっ!ねぇ、はっちゃん。」

「はい?」

「古風な感じも、私、嫌いじゃないわよ?」

「!!」

「その方が裏返らないんじゃないかな?声。」

「か、かすみ殿……!!」

「ほら、ね?ふふふっ!」


 なんて会話があったとか、無かったとか。

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