交渉の行方
仮面を付けなおしたところで、風に紛れる微かな匂いから妹とランサー、ナックルの存在を感知する。
砂鉄を取りにいったスティーレ川から帰って来たのだろう。騎士たちの包囲の外側に身を伏せているようだ。
それを踏まえてなお、現状を覆すのは難しいことに変わりない。
包囲の一点を突破して、森に姿を眩ますことも俺たちだけならできるが……
「キューン」
「キュウ!」
生後半年に満たない幼体が数匹いる状況で、その選択は在り得ないな。
気を取り直しつつ、俺は銀髪碧眼の魔導士に語り掛ける。
「…… クルガァウア ガルォウッ、グルルゥ ガゥオ ウォアルォオ
『…… アルヴェスタは知っている、それなりに人とも関わりがあるからな』」
(傭兵時代に七つの災禍の話はよく聞いた覚えがある。有名どころだしな)
「本当に興味深いね、君は」
繁々とエルネスタがこちらを眺めてくるも、気にせずに続ける。
「グゥ、グルァオア ウォ ガゥオァアァン?
『何故、俺たちコボルトが奴を討伐できると考えた?』」
王都からこのフェリアス領イーステリアの森中部までは相応の距離があるはずだ。
黒雨の性質を考えれば、移動の間も流血病患者は増えていく。
その状況下で時間を費やして集落まできた以上、何かしらの勝算はあるのだろう。
「ん~、まともな交戦記録がないから、断言できないけど… 恐らく、黒雨のアルヴェスタはそんなに強くないと思う、あまりにも私たちと相性が悪すぎて、まともな勝負にならないだけね」
「グアルォフ、クォオアゥオン ウォアアァオ?
『流血病にさえ、罹患しなければやりようはあると?』」
「あくまでも可能性だけど、アレは伝染病を振りまくことが最大の脅威だから。過去に返り討ちにされて病死した聖堂騎士たちも、威圧感や魔力は精々が脅威度C程度だったと証言している」
そうなれば、本当に人外が流血病に罹患しないかが焦点となる。
「ウォンア クゥア、グゥウル ガォウォン
『引き受けるにしても、いくつか条件がある』」
「大体、想像はできるよ。“誓約書” の効果は王個人に依存するから永続性が欠ける点と、今後の君たちの安全保障ね」
通常は王が諸侯に褒賞を与える場合、いちいち “誓約書” なんて使わずに下賜して終わりだ。そう考えれば臣民のために自身の声を差し出せるあたり、まだまともな王には思えるが……
「当面の安全に関しては “誓約書” に追記してもらえばいい。ただ、現状で “誓約書” 以上の実効性を確保できる手段はないからね、案があれば聞くけど?」
「ガルグオル グルァアン
『聖堂教会を巻き込んでくれ』」
「教会?」
元々、黒雨のアルヴェスタ討伐は連中の悲願だ。
真っ先に狙われて、しかも治癒魔法が流血病に効かないため、面目を潰されて人々の信仰も離れていく始末だからな。
アルヴェスタの出現に合わせて討伐隊を組織するほどだが、悉く返り討ちに遭い、全員病死しているらしい。
「ガゥオァアン、グアゥグルォ ウォアル ”クァルォ” ウァアオ
『討伐の成功時、適当な理由でこの森を “聖域” に認定させる』」
教会が指定する “聖域” は人にとっての不可侵領域、原則的に立ち入ることができず、その成立には国王や土地を治める領主の同意が必要だ。
「あぁ、なるほど。教会が指定して、国王と領主が承認した“聖域”は三者の合意なしに現状変更ができない。つまり、君たちの森はより強く独立性が保証されるね」
訝しげに目を細めたエルネスタが俺を見つめる。
「…… 君、本当にコボルトなの? そのモフモフの中に誰か入っているとか」
暫くじっとこちらを睨んだ後、彼女は重い息を吐く。
「わかったよ、王都の枢機卿に討伐協力の報酬として打診してみる。彼らは私たちより躍起になっているから、多少の無茶でもいけるはず」
さすがに聖域認定されれば騎士たちを送り込み、教皇の顔を潰すこともできないから、今回のような事態は起こりにくくなるだろう。
「ガァ、グゥオ ウォルア
『後は武器を新調したい』」
集落の中央広場を包囲する魔導騎士の装備は明らかに俺たちの物より良さそうだ。
まぁ、今使っているのは所詮、盗賊の武装だからな.。
「うん、討伐を頼む以上、必要なモノはこちらで手配する。うちの中隊が持つ装備品になるけどね」
「クルォアォン
『それで構わない』」
贅沢を言うなら、交易などの件も押し込みたいが、それはルクア村の猫人たちを通しておこなう話を村長と詰めている。
炭や薪、他には薬草の類と動物の毛皮、偶に見つかる琥珀や翡翠の原石などを売って財貨を得るという寸法だ。こちらに必要なモノがあれば、行商人が立ち寄った時、一緒に頼んでもらう。
諸事情を踏まえれば、下手に不特定多数の人間と関わるよりも、猫人たちを介したほうが問題はなさそうだ。しかし、最初の取引がそろそろ行われる予定だったが… 少し遅れることになるか。
「他にも、何か条件があるなら聞くけど?」
仮にも交易を始めようとしているので資金は欲しいが、勘繰られても嫌だな。
「クァ グオァアン
『今はこんなものだ』」
「じゃあ、よろしくね」
どこかほっとした笑顔のエルネスタが手を差し出す。
そして、俺は向けられた手を取るのだった。
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