命を懸ける対価について
前回は勢いでバーンといったので、上手く物語を纏められていると良いのですが……
「…… ヴォルウ ガルオォア『…… 用件を聞こうか』」
俺は憮然とした表情でエルネスタに話を促す。
「皆、剣を納めなさいッ!」
こちらを囲む騎士たちが彼女の指示で武器を降ろして威圧感を抑えた。
「私たちの都合で悪いけれど時間がなくて… どれくらいの真剣さと覚悟で交渉に当たるか、理解してもらうために初手から示威を選んだの、ごめんなさい」
「グォル、クァウオン、グルォアァオオッ?
『つまり、こけ脅しではなく、力尽くでも辞さないと?』」
「そうだね、覚悟のない脅しなんて自分を不利にするだけ」
(…… でもな、それだけの意志を前面に出すと是が非でも、交渉とやらを成功させたい焦りが透けて見えるぞ。ふむ、つけ入る隙はあるのか?)
「頼みたいのはただ一つ、王都に潜む魔物を狩ってもらいたい」
「グルァ ウオァアン、ガルァオオォ、グルゥ?
『自分たちでやればいいだろう、強いんじゃないのか、彼らは?』」
無言で成り行きを見守る騎士たちは雰囲気からして、かなりの練度を感じさせる。
「無理、アレは多分、人には殺せないようにできてる」
「ガルォウ?『相手は?』」
「伝染病を撒き散らす怪人、黒雨のアルヴェスタっていっても、君には分からないかな? 私たちがそう呼んでいるだけだし……」
“七つの災禍” の一柱じゃないか… ってことは脅威度Sかよ。
百年ほど昔、東西を結ぶアトスの首都コンスタンティアにも現れた記録がある。
当時は聖堂教会と砂漠の国々で信仰される月神教の折り合いが悪く、白い仮面の怪人が齎す被害や記録に関して、多くの情報が開示されなかったことで大規模な人的損失を出したらしい。
取りあえず、知らない振りをして、話に噓偽りがないかを確認しよう。
「グガォア グォルン? 『その魔物の特徴は?』」
「赤黒い血の雨を降らせて、人だけを病死させる白い仮面の怪人ね。私たちは近づいただけで、血煙に巻かれて行動不能になるの、でも貴方たちなら…… 」
「グゥアァオン『根拠がない』」
待つことなく、少女の言葉を遮って断言する。
聞き及ぶ範囲だと、七つの災禍アルヴェスタが撒き散らす二例目以降の流血病につき、人以外に感染した記録はないとされるが、リスクが皆無とも限らない。
「クァルグ グゥグルァ ウォルガルァオウ?
『憶測で自身と仲間たちの命を危険に晒せと?』」
「やっぱり、そこだね…… 一応、今までの流血病は一例目を除いて、人だけを患わせているけど、記録上の話だから命の危険がないなんて言えない」
どんな対価を用意しても、命と釣り合うものなど、存在しないことは母を幼い頃に喪ったエルネスタ自身よく分かっている。
だからこそ、王都での被害を最小限に留めるため、手段を選んでいないわけであるが、一方的な人間側の事情であり、同様に彼らコボルトの命も取り換えの利かないものだ。
医療を学ぶ者でもある彼女の価値観に於いて、生物の命というのは非常に高く見積もられている。
ゆえに、命に釣り合うモノは命しかないと考えた挙句、現在の状況になっていた。
つまり、相手側の護るべき存在を交渉のテーブルにのせるというものだ。
だから、心証が悪くなるのも承知で威圧をかけたし、この場にいれば自責の念を抱くだろう赤毛の親友には内緒で事を進めている。
「命を懸ける対価は命でしかありえない。だから、最初に貴方の仲間たちを押さえたの、自分勝手な都合で申し訳ないんだけどね」
「クォルグ ガゥオ?『結局は脅しか?』」
「勿論、報酬は用意しているものの魅力に欠けるよ?」
彼女は宙空に手を伸ばして、何かを呟く。
ゴウッ と一陣の風が吹き、その手に一枚の羊皮紙が握られた。
「はい、読んでみて」
「…………」
渡された羊皮紙は国家間に跨る大組織、魔導協会の奥義で作られた “誓約書” だ。これに記された誓いをもし破ったならば、身体機能の一部を奪われることになる。
何でも、承認と同時に誓約を魂魄へ刻み、それを破ったと一定以上の強さで認識した瞬間、罰則を受けさせるという魔法が羊皮紙に籠められているのだ。
人は自身に嘘を吐き、完全に誤魔化すことが困難だという性質を利用しているらしい。傭兵時代に何度か団長殿がこれを交渉相手と交わし合うのも見たことがある。
俺は “誓約書” に魔力を通し、薄っすらと魔導協会の刻印が浮かび上がることを密かに確認する。
(どうやら、本物のようだな)
そこに書かれている内容を纏めるとこうだ。
黒雨のアルヴェスタ討伐の成否によらず、真摯な協力が得られた場合の報酬は誠意を以って支払う。リアスティーゼ王国フェリアス領のイーステリア中部森林地帯、つまりは俺たちの集落と周辺の森を与え、みだりに人を立ち入らせないとあった。
形式的には領主であるフェリアス公に王が対価を与えて、この一帯を王家直轄の狩場と定め、実質的には俺たちの好きに使わせるという算段だ。
さらにもう一つ、俺たちが春先に冒険者数名の身ぐるみを剥がした件についても、不問に処すとのこと。
誓約を違えた時には己の声を差し出すとあり、最後にアレクシウス王の名が記されていた。後は王本人が正式に承認すれば、文面に記載された “誓約” が有効となり、反故にしたら、件の王は喋れなくなる。
「私が言うのもなんだけど、自分と仲間の命を懸けるには微妙でしょう?」
「…… エルネスタ様」
彼女の背後に控える副官と思しき、浅黒い肌の男が彼女を窘める。
「ん、確かにアレクシウス王も履行の条件付きだけど、声を懸けているからね。あまり否定的な発言は控えるよ、グレン」
上官の素直な返事を得た彼はこちらにも向き直り、言葉を紡いだ。
「その他にも、何か希望があれば可能な範囲で用意すると、我が王から伝言を預かっています。ご検討ください」
慇懃に一礼するグレンから、視線をエルネスタに戻す。
「グガゥ?『断れば?』」
「とっても困るよ、お願いしたいなぁ」
念話の仮面を外すことで相手側に漏れないよう配慮しつつ、この場にいた仲間たちへ問いかける。
「ウォルァン ガルォンッ? (この状況から覆せるか?)」
「グゥッ、グゥッ、グゥアオオンッ!!
(切って、切って、切りまくるだけだッ!!)」
「………………… ガゥッ、クゥオン
(………………… ちッ、無理だな)」
「グルゥ クアゥオォウゥ
(僕も無理だと思うよぅ)」
バスターは玉砕覚悟で、ブレイザーとアックスはそうでもないか。
他の連中は……
「「キューン」」
「「ク―ンッ」」
ダメだ、しっぽを巻いてやがる。
「ワフゥ~ (はぁ~)」
重いため息を吐いて、俺は純ミスリル製の仮面をまた被るのだった。
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