命を懸ける対価について
前回は勢いでバーンといったので、上手く物語を纏められていると良いのですが……
「…… ヴォルウ ガルオォア『…… 用件を聞こうか』」
俺は憮然とした表情でエルネスタに話を促す。
「皆、剣を納めなさいッ!」
こちらを囲む騎士たちが彼女の指示で武器を降ろして威圧感を抑える。
「私たちの都合で悪いけれど時間が無くてね…… どれくらいの真剣さと覚悟を以って、交渉に当たるかを分かってもらうために威圧から入らせてもらったの、ごめんなさい」
「グォル、クァウオン、グルォアァオオッ?
『つまり、こけ脅しではなく、力尽くでも辞さないと?』」
「そうだね、覚悟の無い脅しなんて自分を不利にするだけだよ」
(……でもな、それだけ覚悟を前面に出すと、是が非でも交渉とやらを成功させるという意志が透けて見えるぞ。ふむ、つけ入る隙はあるか)
「…… 頼みたいのはただ一つ、王都に潜む魔物を狩ってもらいたいの」
「グルァ ウオァアン…… ガルァオオォン、グルゥ?
『自分たちでやればいいだろう…… 強いんじゃないのか、彼らは?』」
「…………」
無言でこちらの成り行きを見守る騎士たちはその雰囲気からして、かなりの練度を感じさせる。
「無理だよ、アレは恐らくだけど”人”には倒せないようにできてる」
「…… ガルォウ?『…… 相手は?』」
「病を撒き散らす怪人、黒雨のアルヴェスタっていっても、君には分からないかな? 人がアレをそう呼んでいるだけだし……」
七つの災禍の一体じゃないか……ってことは脅威度Sかよ。
確か、アトスの首都コンスタンティアにも140年程昔に現れたという記録がある。
当時は聖堂教会と砂漠の国々で信仰される月天神教の折り合いが悪くて、白い仮面の怪人の被害や記録に関して、聖堂教会が月天神教に情報開示していなかったために大きな被害を出したらしい。
取りあえず、知らない振りをして話に噓偽りが無いかを確認するか……
「グガォア グォルン? 『その魔物の特徴は?』」
「赤黒い血の雨を降らせて、人を病死させる白い仮面の怪人ね。私たちは近づいただけで、血煙に巻かれて行動不能になるの、でも貴方たちなら…… 」
「グゥアァオン『根拠がない』」
エルネスタの言葉を遮って断言する。
俺の知る限り、七つの災禍アルヴェスタにより引き起こされる流血病は“人”以外に感染した記録が無いとされるが、今回も感染のリスクが無いとは断言できない。
「クァルグ グゥグルァ ウォルガルァオウ?
『憶測で自身と仲間たちの命を危険に晒せと?』」
「やっぱり、そこよね…… 一応、いままでの流血病は1例目を除いて人だけに感染しているのだけど、記録上の話だから命の危険がないなんて言えない」
どんな対価を用意しても、命と釣り合うものなどないことは母を幼い頃に喪ったエルネスタ自身よく分かっている。
だからこそ、王都での被害を最小限に留めるために手段を選んでいないわけであるが…… それは人側の都合であり、同様に彼らコボルトの命も取り換えのきかないものだ。
そして、医療を学ぶ者でもある彼女の価値観において、人に限らず“命”というのは非常に高く見積もられている。ゆえに、命に釣り合うモノは命しかないと考えた結果、今の状況になっていた。
つまり、相手側の護るべき命を交渉のテーブルにのせるというものだ。
だから、心証が悪くなるのを承知で脅しをかけたし、この場にいれば自責の念を抱くだろう赤毛の友人にも内緒で全てを進めている。
「命を懸ける対価は命でしかありえない。だから、最初に貴方の仲間たちを押さえたの…… 自分勝手な都合で申し訳ないんだけどね」
「クォルグ ガゥオ?『結局は脅しか?』」
「勿論、報酬も用意しているけど魅力に欠けるよ?」
彼女は宙空に手を伸ばして、小さく何かを呟く。
ゴウッ と一陣の風が吹き、その手に一枚の羊皮紙が握られた。
「はい、読んでみて」
「…………」
渡された羊皮紙は国家間に跨る大組織、魔導協会の奥義で作られた“誓約書”だ。これに記された誓いをもし破ったならば身体機能の一部を奪われることになる。
何でも、承認と同時に誓約の内容を記憶と魂に刻み込み、それを破ったと少しでも意識した瞬間に罰則を受けさせるという魔法が羊皮紙に籠められているのだ。
人は己に嘘をついて、自分を完全に誤魔化すことはできないという性質を利用しているらしい…… 傭兵時代に何度か団長がこれを交渉相手と交わし合うのを見たことがある。
俺は“誓約書”に魔力を通し、薄っすらと魔導協会の刻印が浮かび上がることをこっそりと確認する。
(どうやら、本物の“誓約書”のようだな)
そこに書かれている内容を纏めるとこうだ。
黒雨のアルヴェスタの討伐の成否によらず、真摯な協力が得られた場合の報酬は誠意を以て必ず支払う。報酬として、リアスティーゼ王国フェリアス領のイーステリア中部森林地帯、つまりは俺たちの集落とその周辺の森を与え、みだりに人を立ち入らせないとあった。
形式的には領主であるフェリアス公に王が対価を与えて、この一帯を王家直轄の狩場に指定し、実質的に俺たちの好きに使わせるという内容だ。
さらにもう一つ、俺たちが春先に冒険者の数名の身ぐるみを剥がした件についても不問に処すとのこと。
そして、もし誓約を違えた時には己の声を差し出すとあり、最後にアレクシウス王の名が記されていた。後は王本人が承認さえすれば“誓約”は有効となり、もし反した場合は件の王は喋れなくなる。
「私が言うのもなんだけど、自分と仲間の命を懸けるには微妙でしょう?」
「…… エルネスタ様」
彼女の背後に控える副官らしい浅黒い肌の男が彼女を窘める。
「ん、確かにアレクシウス王も声を懸けているからね。あまり否定的な発言は控えるよ、グレン」
さらに、彼はこちらに向き直り、言葉をつづけた。
「…… その他にも何か希望があれば可能な範囲で用意すると、我が王から伝言を預かっています、ご検討ください」
俺は視線を一礼するグレンからエルネスタに戻す。
「グガゥ?『断れば?』」
「とっても困るよぅ…… お願いしたいなぁ」
…… 俺は念話の仮面を外して、今この場の仲間たちに問いかける。
「ウォルァン ガルォンッ? (この状況から覆せるか?)」
「グゥッ、グゥッ、グゥアオオンッ!!
(切って、切って、切りまくるだけだッ!!)」
「………………… ガゥッ、クゥオン
(………………… ちッ、無理だな)」
「グルゥ クアゥオォウゥ……
(僕も無理だと思うよぅ……)」
バスターは玉砕覚悟で、ブレイザーとアックスはそうでもないか。
他の連中は……
「「キューンッ……」」
「「ク―ンッ……」」
ダメだ、しっぽを巻いてやがる。
「ワフゥ~ (はぁ~)」
ため息を吐いて、俺は純ミスリル製の仮面をまた被るのだった。
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