凪から嵐へ
穏やかな木漏れ日の中、ひとり木々の間に隠れる俺の視線の先、約50mほどの距離にビッグホーンラビットがいる。
そいつは “はむはむ” と野草を暢気に貪っていた……
(悪いな、狩らせてもらうッ!)
俺は流れるように左手で弓を斜に構えて、そいつに狙いをつける。
そして、矢を番えて弦を引き絞った。
ヒュッ
「ウゥクッ!?ゥ……クゥ」
無言で放たれた矢が風切り音を鳴らして飛翔し、大角兎の腹に刺さる。体長1mほどのそいつは這いずりながら逃げようとするが、既に致命傷を受けているために動けなくなった。
その大角兎の側まで歩みより、苦しませないように止めを刺す。
「クァ、グルァアオン…… (さて、血抜きするか……)」
死後硬直が始まる前にその場で血抜き処理を行い、さらに四肢を麻縄で縛って肩に担ぐと、集落へ向けて歩き出した。
暫しの後、狩りを終えた俺は中央広場の切り株に腰掛け、大角兎を黒曜石のナイフで捌きながら、広場で遊ぶ幼い仔ボルトたちを眺める。
「ワファ~ (いくよ~)」
最近は穏やかな日々が続いているので上機嫌なアックスが、手頃なサイズの木を輪切りにして加工した円盤を軽く投げる。
「ワゥッ!」
「クァンッ♪」
「キャンッ!」
それを子供たちが追いかけて、全力で奪い合う。
遊びに見えて、これも基礎体力をつける訓練の一環だ。
円盤を獲得したこの世代の幼体では体格の良い一匹がそれを近くにいたバスターの所へ持っていく。
「クウッ!!」
「ガルゥ、グルルゥ…… ウォアンッ (ふむ、いいだろう…… 任せろッ)」
…… 奴はその円盤を受け取り、身体を限界まで捻って力を溜める。
「グルァアォオオオッ!! (いくぜぇええッ!!)」
そして全身の発条を使い、半回転しながら咆哮を響かせて投擲した!
ズビュンッ
「キュウッ!?」
「クァッ!?」
バギッ
それは凄まじい速度で回転しながら飛んでいき、広場の外れの木に衝突して砕けてしまう。
「ワォファウッ…… (何やってんだか……)」
「クルァゥ (すまねぇ)」
呆れ顔のブレイザーは壊れた円盤を片付けに歩いていく。
(本当に何やってんだか…… それにしても、今日は凪いでいるな)
午前中からずっと碌に風も吹かない。匂いが流れてこないため、いま捌いている獲物を見つけるのにも苦労したぐらいだ。
などと、間抜けなことを考えていたのが失敗だったのだろう。ふと気づけば中央広場に黒のローブを纏い、深くフードを被った小柄な人物が忽然と現れていたのだ。
「やぁ、やっと見つけたよ、銀色のハイ・コボルト君」
「グルゥ…… (誰だ……)」
そいつが深く被っていたフードを外すと、銀色の髪が露になって陽の光を反射する。そこには銀髪碧眼の少女の姿があった。
突如現れた人族の娘に群れの連中が注目する中、ブレイザーが背後を取るように位置取りをゆっくりと変えていくのを確認しつつ、彼女と向き合う。
「初めまして、私はエルネスタ・エルバラードよ!君、私の言葉が分かるよね?」
少々逡巡した後に頷く。
「よかった、必須条件は満たしているね……」
呟いた後に、にこやかな顔で彼女は言った。
「君たちは既に包囲されているから、抵抗は無意味だよ」
その瞬間、長らく凪いでいた風が轟々と息を吹き返す。
「ッ、グルァッ! (ッ、御頭ッ!)」
「グルァッ!! (大将ッ!!)」
「グルォオアッ!? (何だとッ!?)」
吹き込む風が大勢の人と鉄の匂いを運び、木々の合間から武装した騎士たちが次々と現れ、集落に残っていたコボルト達をこの中央広場へと追い立てる。
「コボルトたちは嗅覚が良いからね、この一帯の風を止めさせてもらっていたんだよ」
「ウォファオンッ! (風絶結界かッ!)」
元を辿れば砂漠の民であった俺がそれに気づかないとはッ!
風絶結界は砂漠の国アトスで生み出された魔法の一つで、砂嵐の被害から都市を護るために風を絶つというものだ。ただ、此方に悟らせないように魔力を自然の中に紛らわして、巧妙に展開できるような魔法じゃないはずだが……
俺は目の前の銀髪の少女に鋭い視線を投げる。
彼女の魔力の強さが然程でも無いと感じてしまうのは怖いな……
「さて、状況は分かってもらえたかな?リアスティーゼ王国魔導騎士団、第一中隊の総勢二百名がここを包囲しているの。抵抗してもいいけど、 彼らは騎士であり、魔導士でもあるから強いよ」
エルネスタと名乗る少女は自慢気に言ってのける。
「ワフゥ…… (はぁ……)」
俺はため息を吐きながら、腰袋から石筆を取り出した。
「…… 本当に資料の通りだね。それはいいよ、君のためにコレを作ったから」
そう言って、彼女は革袋から銀色のハーフマスクを取り出してくる。
「これを着ければ念話ができるよ。純ミスリル製だから君の分しかないけどね」
…… コレを付けろと?
確かに、その顔の上半分を覆うマスクはコボルトの俺でも付けられるが……
この包囲された状況下で渡されたモノをほいほいと身に付けるのもありえないが、それ以前に仮面を付けた痛い姿を想像すると鬱になる……
「早く着けて、話ができないじゃない」
それを受け取ったまま、俺が逡巡していると急かされてしまった。
「ガゥッ (ちッ)」
群れの仲間が広場に集められて武装した連中に囲まれている以上、従った方が良いと判断して仮面を顔に押し当てる。ミスリル製のハーフマスクは俺の魔力に反応し、そのサイズを変化させて顔に張り付いた。
【称号追加:コボルト仮面】
…… なんか凄く嫌な予感がしたので、直ぐに外したら問題なく取れる。
どうやら一度付けたら外せないとかはないようだった。
「ガルォアン『これでいいのか?』」
「ん、大丈夫、理解できるよ」
考えようによっては便利なのかもしれないな、このハーフマスク……
「さて、実は君たちにお願いがあるのだけど…… 断られると困ったことになるから、先ずは身柄を押さえさせてもらったの」
「グォァ ガルォア グォオオァン……『それはもはやお願いじゃねぇよ……』」
その呟きは空しく響くのだった。
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