ふふっ、狩りの時間ですよ
書きたい内容は頭の中にあるのですが、実際に文章にするのは難しいですね……
そして、王城へと帰還したエルネスタは足早に自分にあてがわれた執務室へと向かう。
夕方までには今回の流血病への対策を纏めて宮廷魔導士長グレイオ・エルバラードとアレクシウス王に献策しなければならない。
「うぅ~、昼食を食べている時間が惜しいなぁ…… 抜くか」
自分を納得させつつ執務室の扉を開くと、大図書館から届けられた大量の資料と共に待ち人も到着していた。
「よく来てくれました、ヴェスト殿」
「いえ、エルバラード様。何か私に手伝えることがあればいいのですが……」
などと謙遜をしているが、この若白髪交じりの思慮深そうな印象を持つクライスト・ヴェストはリアスティーゼ王国内では著名な生物学者の一人だ。
なお、古い時代から続くヴェスト家の姓を名乗っているが、元々は一介の冒険者に過ぎないため、爵位を継承した妻に諸々を任せて自身は娘と同じく魔物などの実地調査に勤しんでいる。
「ミュリエルのお父さん、ここは私の執務室で他に誰もいませんし、畏まらなくて構いません。寧ろ、私が恐縮しますよ……」
「そうか、では気楽に話させてもらうよ」
「もう資料は読みましたか?」
「あぁ、先に目を通しておいたよ。有用そうな書を幾つか選んである」
「では、手分けして読みましょう」
……………
………
…
最初に流血病が確認されたのは約200年前、大陸南端の国ゼルバの都市セドナだ。その時は白い仮面の怪人は目撃されず、感染源は不明であった。ただ、最初の流血病患者は森林地帯で緑の猿フォレストエイプに噛まれて体調をくずした冒険者だという記録も散見される。
その症状は極度の脱力感と高熱で身動きすらできなくなり、3週間ほどで末期を迎えて、口腔、鼻腔、皮膚などから出血を伴って死に至るというものだ。なお、その血液に触れたものはさらなる犠牲者となる。
次にその病が蔓延したのはセドナから最寄りの都市アルヴェであり、最初の発生から間をおかずに起こっていた。一番目の犠牲となったのは聖堂教会の聖職者であり、病が猛威を振るった時期には白い仮面の怪人が散見される。
以後は20年刻みで同じような事態が大陸のどこかの都市で発生し、第一の犠牲者は聖職者であること、血の雨を降らす白い不気味な仮面の怪人の存在が確認されている。
真先に被害を受ける聖堂教会内部でその情報は共有され、やがて怪人はアルヴェスタと名付けられた。そして、その被害の大きさから七つの災禍の一体として、脅威度S‐を与えられたのだ……
やがて、資料を纏め終わったクライストが考えを述べる。
「私はこの最初の流血病とその次以降は別物だと考えるが……」
「えぇ、2例目以降は聖職者から感染が始まるという人為性がありますものね」
「他に誰でも分かる決定的な差があるよ」
「…… 1例目は大量の家畜も流血病に罹患して死んで、さらなる感染源にもなっていますけど、2例目以降は“人”しか罹患していませんものね」
そう、愛玩動物や家畜などが2例目以降は感染の対象外となっており、今回も血の雨が降った場所で動物たちの被害は見られなかった。
「あぁ、黒雨のアルヴェスタは人のみを殺す対人特化の脅威だ」
2例目の記録によれば、病を振りまく怪人を認識した聖堂教会がテンプル騎士団を派遣したとある。だが、当の怪人を追い詰めて剣戟の間合いに持ち込んだ際、アルヴェスタから広範囲に噴き出した血煙を浴び、病魔に侵された聖堂騎士たちは行動不能となる。
白い仮面の怪人は彼らに止めを刺さずにその場を去り、その3週間後に騎士たちは流血病にてこの世を去った。
3例目の際、聖堂教会は前回の反省を生かして弓矢と魔法による遠隔攻撃を試みるも、神出鬼没で素早く縦横無尽に跳ね回るアルヴェスタに対応できず、接近を許して血煙を浴びてしまう。そこでも行動不能になった彼らを虚ろな瞳で見下ろした怪人は止めを刺さずに去っていく。
数々の試みの結果、人間だけを間接的に殺す怪人は人々の“天敵”と認識されていった。
いくら征嵐の魔女でもそんな相手と正面切って戦いたくはない。
(近付かれた時点で終わりって…… 危険すぎるよ)
「…… そこでこれなどどうでしょう? 意見を聞きたいのです」
エルネスタは古ぼけた日記を示す。
それは7番目に彼の病魔の犠牲となった都市に住まう名もなき医師の日記だ。老い先短い彼は何かの糸口にと感染の危険をかえりみず、感染者の血液を採取して様々な実験を行った。
その結果、それまでに医師や司祭達の間で囁かれていた噂を裏付け、人以外の様々な動物や魔物が汚染された血に触れても流血病に罹患しないことを証明した。彼自身は実験の最中に罹患して死亡するのだが……
「それは私も読ませてもらったが、だからと言ってどうなる? 魔物を都市に放っても更なる混乱を引き起こすだけだろう」
「ですが、私たちと意思疎通ができて、協力可能な魔物がいればどうでしょうか?」
丁度その時、コンッ コンッ と執務室の扉が叩かれる。
「エルネスタ様、冒険者ギルドから資料がきました」
「ありがとう、入ってきて」
「失礼します」
頭を下げて入室した青年の魔導士は資料を渡すとすぐに退出していく。
その資料にざっと目を通した後、エルネスタはそれをクライストに差し出す。
「…… 少し面白い話があったのです。ギルド経由でミュリエルの様子を聞いた時に教えてもらったのですけど」
受け取った資料を眺めながらクライストが驚愕の表情を浮かべた。
「…… ハイ・コボルト? まさかッ、人語を理解するだとッ!?」
「どう思いますか?」
「…… ハイ・コボルトは発見事例が少なく、不明な点も多い。その可能性は否定できないし、うちの子がそんな嘘を吐くとも思えない。しかし、何故こんな面白そうな話を私に教えてくれないんだッ、あの子は!!」
既に彼の興味は病魔への対策よりもコボルトたちに向いているようだ……
「先ほどの医師の日記にはコボルトも流血病に罹患しなかったとあります」
「知能の高いハイ・コボルトたちを従えて、アルヴェスタを討伐させると?」
「えぇ、あれは人には倒せません…… 報告書ではコボルトたちはバルベラの森へ向かったとありますけど、実際の居場所はどう見ますか?」
「このヴィエル村での戦闘記録や野盗に降伏を勧めることなどに鑑みれば、撤収経路を偽装した可能性はあると見るべきだ…… バルベラの森なんて棲むには危険だろう」
それからクライストは暫し考える。
「確か、ヴィエル村に近いイーステリア中部の森で駆け出しの冒険者が異形のコボルトに武器を奪われた話があったはずだ。彼らに爪牙や石槍などの傷跡もなく、綺麗に身ぐるみを剥がされていたので件の野盗の仕業とされていたが……」
「そこに斥候を出しましょう。私も王都の感染対策が終われば出陣します」
にこやかに銀髪碧眼の魔女は微笑む。
「ふふっ、狩りの時間ですよ」
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
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