第二十三話:身体状態のミルクチョコビスケットとホワイトチョコビスケット
喉笛噛み付き作戦は上々のようだが、まだ私が負けている気がする。
魔王様の好みは把握しているというのに、何故だ?! 私がチョロいからか?! あ! 魔王様も私の好みを把握してるのか!
普段から遠慮なく欲しいものを要求することで、自ずと好みが伝わっているかもしれない。……ほぼ菓子作りに関することだが。
他にも、部屋の好みや系統が、ファムルから漏れているかもしれない。
……狡いぞ! そうくるなら、私もコンセルさんから聞き出してやる!
だが、コンセルさんはほぼ魔王様の側におり、いないと思うと魔王様から命じられて働いていたりする。
何か秘策を練らねば、完敗しそうだ。
私は足りない情報を補うために『私』を使ってネット検索しようとし、不意に思い出す。
「そうだ、故障箇所を調べるんだった!」
元世界に戻した『私』の体は完全に人間であり、私と違って老化や老死もする。
恐らく私よりも抵抗力が弱く、病気や怪我もしやすいだろう。
私は気合いを入れ直して『私』への接続不良を調査することにした。
「……ありゃ? 繋がった?」
私が『私』と接続すると、今回は呆気なく繋がる。
私は一体どういう時に接続不良が起きるのか、『私』に細かく動作を指示しながら調べていった。
「あれ? また奇怪しく……って、これはっ!」
接続不良の理由が判明した気がする。
『私』が眠くなると、接続し難くなるようだ。
そりゃそうだ。眠ければ意識が遠退くのだから、当然、接続し難くなるに決まっている。
ここ数日の接続不良は、『私』が流感に罹り、寝ていたようだ。
元世界では、今でも結構な感染症が流行しているようである。
……私でも掛かるくらいだ、相当な病気だな。
流感の時期であっても一人、罹らなかった過去を思い出し、学級閉鎖の度に喜んでいた己を反省し、『私』へ見舞いの言葉を心の中で呟く。……もう治ってるが。
取り敢えず接続不良の原因が判明し、私は安堵の息を漏らした。
と、そこへ目の前を、白い光の粒が通り過ぎていく。
私は慌てて視線で後を追うが、既に粒は見えなくなっており、見当たらない。
だが最早、記憶の残像というには、頻度が多すぎる。
「……これは、私のせい、か……?」
恐らく私の能力が、見える状態と見えない状態の狭間にあるのだろう。
見えそうで見えない、戯れに見える光の粒に、何ともいえない複雑な心境になるが、こればかりはどうしようもない。
私の細胞は、最高潮まで成長するようになっているので、もしかしたら成長途中なのかもしれない。
だとすれば何れ、また見えるようになるかもしれないが、糠喜びはしたくない。気にしないようにしよう。
「そういえばお披露目をしたんだ。プレジアとマリちゃんに、お祝いの菓子でも作るか」
二人(?)で一つの雰囲気を纏わせた、金のプレジアと銀のマリちゃんは、回りでウロチョロしてもらいたくなるほど可愛かった。
とすると作る菓子も、二つで一つ風にするのがいいかもしれない。
「……ミルクチョコとホワイトチョコを使うか」
ミルクチョコとホワイトチョコは、原料が同じなのだが見た目は対照的で丁度良いかもしれない。
渡すのは魔王様に任せるとしても、忙しい魔王様だ。少し日持ちする物の方がいいだろう。
徒、魔王様にも同じものを作らねば、渡すことすら渋るのは明らかだ。備蓄菓子にもなるものを作ることにしよう。
私はキッチンへ移動し、ボウルにバターと砂糖を入れ、白っぽくなるまで擂り混ぜる。そこに溶いた卵とバニラオイルを入れ、よく混ぜる。
半量を別のボウルに入れ、片方にミルクチョコを、もう片方にはホワイトチョコを入れて混ぜ、そこに小麦粉を篩い入れ、混ぜ合わせる。
ミルクチョコの方には、アーモンドプードルとクラッシュアーモンドを。
ホワイトチョコの方には、全乳粉とラズベリー擬きの粒々を乾燥させた物を入れる。
それぞれを纏めて棒状に伸ばし、細かい結晶状のシガル(砂糖)を塗す。
それを一センチほどの厚みに切り、ミルクチョコにはスライスアーモンドを、ホワイトチョコには乾燥ラズベリーを載せて焼き上げれば、焦げ茶色のミルクチョコビスケットと、白に薄らとピンクが混ざったホワイトチョコビスケットの出来上がりだ。
「はあい、シホちゃん。持ってきたよー!」
「有り難う、ファムル! 序でに、包装も頼んでいいかな?」
「うん! 任せて! 可愛く仕上げるね!」
こういう可愛い飾りが苦手なせいか、私に包装のセンスはない。
ファムルは贈答用の入れ物にビスケットを入れ、リボンを器用に操り、可愛らしい装飾を施してくれた。
「有り難う! これ、味見してくれる?」
「うわあ! やったあ!」
ファムルに、味見と称してビスケットを手渡す。
少し置いた方がしっとり感が出るのだが、出来立てのビスケットを頬張り、愛くるしいファムルの顔が頬を染め、笑顔に変わり、更に愛らしい表情を作っていく。
「お、美味しすぎる~っ! 止まんないよ、シホちゃん!」
「少しだけど、これも、はい」
「わーい! シホちゃん、大好きーっ!」
ビスケットを数枚入れた袋を手渡し、ファムルとハグする。
「あ! 大変! シホちゃん、昼食の時間だよ!」
「おお! もうそんな時間だったのか!」
私はファムルを伴って食堂へと歩を運ぶ。
食堂前、脇で待機していたコンセルさんに、贈り物の件をお願いし、魔王様とコンセルさんの二人分の袋を手渡した。
「了解! 無事に届けとくよ。俺にまで有り難うな!」
「そりゃ、お願いには賄賂が必須にござりましょう?」
「おぬしも悪よのう、だっけ?」
「そう、それ!」
私とコンセルさんは悪代官風に笑い合い、私は食堂へと入っていった。
昼食時、魔王様にも、コンセルさんにお願いした旨を伝える。
「味が気に入ったなら、備蓄菓子用に追加しますんで」
「ほう! それは楽しみだな!」
食事中に菓子の話をするのは失礼だったろうか。
私は直ぐに話題をメニューに切り替え、魔王様のお好みである品を尋ねていった。
昼食も、シロップおじさんの超絶テクニック料理を満喫する。毎回食べ過ぎてしまうのだが、私の脳は正常に働いているのだろうか。もう少し、学習能力を機能させてほしいものだ。
少し食休みした私は、必要な材料を持ち、厨房へと歩みを進めた。
厨房では片付けが既に終わり、人気が少なくなっている。呪文を唱えると綺麗に洗った状態になる、魔術はやはりチートだ。
私は加工室へ行き、チーズを物色し始めた。
生クリームを湯煎に掛け、レモン汁で凝固させて作る、マスカルポーネチーズ。
乳清を煮詰めて漉して作る、リコッタチーズ。
牛乳と生クリームに乳酸菌を加えて、掻き混ぜながら乳酸菌が活性する温度に温め、火から下ろしてレモン汁を加える。粗熱が取れるまで待って凝固させ、冷やしながら漉して練った、クリームチーズ擬き。
牛乳を沸騰寸前まで温め、レモン汁か酢を加えてよく混ぜ、漉して絞り、水気をよく切った、カッテージチーズ擬き。
……本来は、温めた脱脂乳に乳酸菌を加え、牛の第四の胃……リンネットという凝乳酵素を加え、凝固したものから乳清を取り除き、出来たチーズカードをカッティングして加熱し、粒状になったものを水洗いして水気を切るのだが、そこまで色々と材料を作れないので、この作り方で作っている。
当然シロップおじさん達も使用するが、アルはいつもこれだけのチーズを、途中までではあるがバターやジャガイモ擬きの擂り下ろし以外にも作ってくれていた。
あげる菓子をもっと増やした方がいいか思案するが、それをすると材料が更に必要になり、本末転倒になる。
取り敢えずクリームチーズとバターの補充をし、自分の作業台傍の棚に入れておく。
私はスポンジ生地を共立てで作り、四つのボウルに分ける。
本来は『ビーツ』という、砂糖が取れる甜菜の仲間で、真っ赤な色をしたものを使うのだが、どうせ苺と糖度が同じならばと、皮なし苺擬きピューレと乾燥苺擬きパウダーを代用することにした。
一つのボウルにカカオパウダーとミルクチョコレートを、もう一つは苺擬きとココアパウダーを、もう一つは苺擬きを、後はホワイトチョコを混ぜた苺擬きを混ぜた、四種類それぞれに色の異なる生地を焼成しておく。
ボウルにバターと砂糖をクリーム状に練り、そこへクリームチーズをホイップしたものと生クリームを少々混ぜ合わせて更によく掻き混ぜれば、クリームチーズフロスティングというクリームになる。
これを焼き上げて冷ましたスポンジ生地の間に挟んで上にも掛ければ、レッド・ベルベット・ケーキの完成だ。
19世紀のイギリスで生まれた、ベルベットのような口当たりのよい赤いケーキがアメリカに伝わったとか、アメリカ南部が発祥とする説もあり、やはり諸説あるのでどれが正しいかは不明だ。
ビーツで赤くしたココア味のスポンジが現在の主流らしいが、元々はアルカリ添加前のカカオ豆に含まれるアントシアニンの発色で色を付けていたそうだ。
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次話は11月26日(火)更新予定です。
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