第二十四話:レッド・ベルベット・ケーキの枯節
折角なので、生地の色を四種類作り、下から、焦げ茶、赤茶、赤、ピンクと層にしてみた。
間に白いクリームが挟まることで色の違和感を軽減しているのか、層がグラデーションのように映えて見える気がする。
一応、クリームを上面縁へ波を描くように絞り出してみたが、序でに全粒粉の薄焼きビスケットを型抜きで作って飾り、上から見た時の寂しさを軽減してみた。
「よし! 今日の飾りもなかなかの出来映えだ!」
五感の中で一番影響が強いのは視覚であり、八割にも及ぶという。味覚は最下位で、一パーセントだそうだ。一番強い感覚は嗅覚であり、記憶にも定着しやすいらしい。
そう考えれば、見た目や香り、触感にも気を遣わなければ、感動を呼ぶ菓子はなかなか作れないということになる。
……光を放つ菓子なんか、印象に深く刻まれるんじゃないか? あまり美味くなさそうだが。
妙な考えに至り、またもや視界に光が点灯して通り過ぎていくが、気にしてはいけない。
「あ! ヤバい! 時間が!」
念の為、目を彼方此方に向けて見えないことを確認した私は、菓子の時間が差し迫っていることを思い出し、慌ててベルベット・ケーキに銀の半円蓋であるクローシュを被せ、食堂に運んだ。
「……シホ、六分の遅刻だ」
「正確には、六分十二秒ですね」
「シホさん、時間厳守は基本ですよ」
「……すみません……」
魔王様が遅れた時刻を告げると、コンセルさんが秒刻みで指摘し直し、先生に叱られるという、遅刻時の恒例行事を熟し、先ずは飾ったベルベット・ケーキをお披露目する。
「おお! 白を基調とし、目に鮮やかなグラデーションの生地とは!」
「上の白いクリームでの飾りも、綺麗な模様になってるな!」
「白に、茶系の綺麗な形をしたものもアクセントになって、全体を纏めていますね!」
魔王様が生地の色に驚嘆し、コンセルさんがクリームチーズフロスティングを絞って作った模様に感嘆し、先生は全体とのバランスを考え全粒粉を型抜きで作った物に感動してくれる。
視覚情報はゲット出来たようだ。
私はケーキを切り分け、それぞれにビスケットを載せてテーブルに置いていく。さり気なく魔王様にはハート型を選んだのだが、冷やかすようなコンセルさんと先生の視線を無視し、自分の席に着いた。
「……毎日加点していくシホに、敵う気がせんのだが……」
「けど、菓子の加点を全消ししたら、どうなっちゃいますかね?」
「それでもシホの圧勝だな」
「なら良かったです」
菓子はあくまで仕事であり、若干公私混同はしているが、それで採点されては菓子が作れない私には用無しという意味になってしまう。だが、それを引いても好感度が高いことを示唆する魔王様の言葉に私は安堵し、フォークでケーキを切り、口に入れた。
さっぱり目に作ったクリームは、バターの濃厚さと砂糖の甘味をチーズの爽やかさが諄さを消し、少量入れた生クリームがそれぞれのコクを引き出し、調和させている。
苺とミルクチョコ、ホワイトチョコの生地もクリームと相俟って、それぞれの味を引き立たせつつ、旨味だけを口に残して溶けていく。
「この菓子、生地毎に味が違うな! 全体を纏めて頬張っても更に美味いし、流石だな!」
「やはり、洗練されたチョクラを感じるな! このピンク色の生地からも、神聖なるチョクラの全能神さが覗えるぞ……っ!」
「え? ピンク色の生地にもチョクラが、ですか? 私は此方の方が好みですが、チョクラな感じはしませんが……?」
「俺も、チョクラっぽさは分からないな。……シホちゃん?」
「流石、チョクラ大使で在らせられる魔王様だけはありますな」
私が魔王様の言う通りであることを告げると、二人が感嘆して魔王様へ尊敬の念を示す。
作り方というよりは、どれだけ苦労したかを語ると、今度は私に敬意の念を抱き、瞠目した。
「元世界の味を再現してみたんですが、皆さん、気に入ってくれたようで、良かったです」
「やっぱりシホちゃんのいた世界って、凄すぎるな……!」
「それだけのことを為しているのだが、魔力がないとは……実に興味深い世界だ」
「魔力無しでこれを?! どんな世界ですか?!」
「一応、機械というものを開発して、専門の工場で専門家が作ったりしてるんで、色々分担作業して発展してる、んだと……」
私は上手く伝わるか疑問に思いつつ、大まかな元世界の仕組みを解説する。
すると、感嘆の溜息が食堂に響き渡った。どういう伝わり方をしたのかが、若干不安ではあるが、まあいいだろう。
魔王様はミルクチョコを『チョクラ神』、ホワイトチョコを『聖なるチョクラ』と名付け、崇めているようだった。……流石、チョクラ大使である。
夕食後、私は再びチョクラの精製を始め、いつでも使えるように備えて眠りに就いた。
朝、変形連絡球の音が鳴り響く。
ベッドの上で体を捻って画面に視線を向けると、そこには赤みがかった髪と狐耳が愛らしいファムルの姿が見えた。
『シホちゃーん、モーニングコールだよー』
「アリガトー! ファムルの声で起きられるって、目覚めが尊過ぎて有り難みが凄いよ!」
『え? え、と、有り難う……?』
感動が通じすぎてしまったのか、将又その逆か、ファムルは困ったように首を傾げて別れを告げる。
私の感動により各部屋用も作られた、元世界の日付も分かる絵画風壁掛け時計は、四時半を指していた。
……え?! ファムルって毎日こんなに早く起きてるのか?! 私はアルが来る日ぐらいだぞ?!
わざわざ起こしに来てくれるというので、そこまで無理をせず、ファムルが起きた時にモーニングコールをくれればいいと告げたのだが、メイドさんはこんなにも早起きだったのかと思うと、雑多に暮らしている自分が申し訳なく感じてしまう。
これを機に、規則正しい生活をしよう! いや無理だ!
私は決意を即時撤回し、朝食まで二度寝することにした。
朝食は和食となり、朝から食べ過ぎてしまう今日この頃、シロップおじさんが声を掛けてきた。
「シホさん、朝食の後、お時間を頂けますか?」
シロップおじさんが私に話がある時は、大体、和食についての相談だ。新しい何かを開発したのかと心をときめかせながら承諾するが、どうも表情に翳りがあるように思える。
朝食を終えた私は早速、シロップおじさんと厨房に向かった。
「……これなんですが……」
シロップおじさんは、薪用に割った木片に似た、香ばしい物体を持ってくる。その塊同士を打つけると、心地よい、乾いた音が鳴り響いた。
……って、これは鰹節でも、枯節といわれる高級品なのでは?! 私は荒節までしか分からなかったので、その手法しか伝えていなかったのだが……?!
「すみません……。教わった荒節にコウジカビが付いてしまったようで……。毒性のないカビなのですが、やはり硬過ぎて使えませんよね……」
「な、何ですと?!」
燻製させた荒節を乾燥した物に、ユーロティウム……別名、カワキコウジカビを付けて乾燥させ、それを繰り返すと、高級品である鰹節、本枯節が出来上がる。
この乾燥具合といい、表面の色といい、枯節になっているのは間違いなさそうだ。
「シ……おじ……料理長! これを薄く削れる器具はありますか?!」
「は、はい! 只今!」
シロップおじさんは、慌ててカンナのような器具を持って戻り、私に手渡した。
私はそれで枯節を薄く削り、口に入れる。上品な鰹節の旨味が口一杯に広がり、一気に食べてしまいたくなるほど旨味が凝縮されている。
私はシロップおじさんに薄く切った枯節を渡し、食すよう促した。
「こ、これは……っっ!!」
あまりの旨味に、シロップおじさんも閉口してしまっている。
私はこの鰹節が教えた物より極上の品であることを伝え、シロップおじさんを称えた。
「……まさか枯節を作ってしまうとは思いませんでした……! 流石、菌の魔術師ですね! 感激しすぎて、どう伝えたらいいのか……! 有り難うございます!!」
「そ、そんなシホさん、私は何も……偶然ですので」
「その偶然を呼び起こすのも、実力なんですよ。シロ……料理長は、料理の神に好かれているんですね!」
「し、シホさん……!」
「後、醤油もお願いしますね!」
「は、はい! 出来得る限りの力を出して、作ってみせます!」
シロップおじさんは瞳を潤ませて私と固い握手を交わし、お互いの道を極めんと歩を進めた。
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次話は11月29日(金)更新予定です。
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