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第二十話:修道女の屁は箝口令

「そういえば! アルから聞いたんだけど! 衛兵部隊での噂って、コンセルさんが冗談で言ったとか?!」

「な?! と、突然、どうしたんだ?!」

「……噂? どういうことだ」


 私は転移部屋から戻り、思い出したことを叫びながら、執務室への扉を開ける。

 コンセルさんは喫驚した表情で此方に視線を向け、魔王様は噂を知らないらしく、詳細な内容を話すよう命じるような目で私を見ている。

 その驚き様から、どうやら衛兵部隊での噂の元は、コンセルさんではなさそうな上、知らないかのように見えるので良かった。


 ……それじゃ、誰が? 何で?


 思わずその場で考え込んでしまう私に、更に強く二つの視線が突き刺さる。己の失態に気付き、私は頭を抱えてった。


 ……しまった! 魔王様のいないところで聞くべきだった!!


 説明しろと言われても、どうも自分の口からは言いづらい。かといって、コンセルさんも知らなさそうなので、役割を押し付けることすら出来ない。


「……えーと、口にしづらい内容なので、衛兵さんの誰かに聞いてください!! あ! 悪口ではないので!!」


 早口でそう告げると、私は脱兎の如く執務室から逃亡する。

 昼食時も、給仕係や調理補佐の人などと歓談し、魔王様に追求されないよう留意し、隠密の如き素早い忍び足で自室に戻った。


「此処なら誰も来ないはず……!」


 自室に戻った私は扉を背に、廊下を確認するかのように、聞き耳を立てる。


 ……取り敢えず、今日の菓子は此処で作るか。


 魔王様のため、魔王様の菓子職人として、手を抜いた日数分、豪華な菓子を作る義務がある。己の矜恃のためにも、妥協は許されないのだ。

 ……といいながら、説明するのを躊躇ためらい、逃げ回っているチキンヤローであるのだが。

 だが、誰が惚れた相手に「私が魔王様の婚約者だって、噂になってますよー!」などと言えるだろうか。考えただけで脳味噌が沸騰してしまう。

 今日のところは、まだチョコのお披露目は止めておこう。何のわだかまりも無い時に、堪能してもらいたい。


「はーやくうーうぅぅうっ三ねーんー経ったなぁあいかーあなーあー」


 よく分からないリズムで愚痴を口遊くちずさみながら、シュー生地にレモン擬きの皮を擂り下ろしたものと果汁を少々混ぜ、少量を取り分けて香り付けの酒を入れ、生地を油の中へ一口大に絞り出して揚げていく。

 シナモンもどきを粉状にしたシナモンパウダーと砂糖を混ぜてまぶせば、ペ・ド・ノンヌの出来上がりだ。


 フランス語で『ペ』が屁を意味して『ノンヌ』が尼さん……修道女の意味で『修道女のおなら』という、一部の界隈では名の知れた菓子だ。

 ただ、屁が下品だという、教育的指導な思想の指摘も当然の如く湧き上がり、この菓子はスーピール・ド・ノンヌ……『修道女の溜息』とも呼ばれるようになったらしい。

 私としては、屁が下品だという思想が何処から来たのか知りたいところだ。

 余計な空気を処分するという、腸内環境を整える重要な役割を果たしているのに、あんまりな話ではないか。子供が下ネタ好きなのは本能的に、頑丈な体を作るための抗体を作ろうとしているのではないだろうか。

 などと、思わず高尚そうな理屈を織り交ぜてみる。


「よし、丁度良い時間だ」


 自室の魔法陣部屋を繋ぐ場所に食堂を、などといったら、怒られそうな気がするな。

 それこそ、魔王様が懸念する引き篭もりへ一直線だ。

 丁度良い時間に着くよう、だが熱々を食べてもらうために菓子を保温器へ入れ、少々抵抗を感じつつ、私は食堂へと移動した。


「シホちゃん、ゴメン。例の件だけど、空に公開された映像で、そういうもんだってなってるっぽいんだよな……」

「あ! そういえば! 全世界に生中継されてたんだっけ!」


 食堂に入った途端、コンセルさんが駆け寄り、両手を合わせて頭を下げる。

 私はダブル精霊王お披露目パーティーを思い出し、合点がいく。

 魔王様と共に、精霊王の手を取って掲げたりしたのだ。すっかり忘れていたが、あの光景を見たのならばそう思われても仕方がないだろう。


「既に、大陸内全域へ箝口令かんこうれいを敷いた。これからは口に出せん」

「か、箝口令っっ!?」


 この大陸は基本的に自給自足で、農地や牧場、工場や魔術の研究所に、軍隊も幾つかの部隊に分かれて在住している。

 他にも様々な施設があり、当然そこで働く人達やその家族もいる。

 他の大陸より遙かに小さいとはいえ、かなり多くの人々が暮らしているようだ。

 言い出した私が言うのも何だが、その全員の口を塞ぐとは、流石にやりすぎではないだろうか。


 そもそもの話。

 火のないところに煙は立たないというが、どう考えても火種のない状態で煙が広がる昨今を考えると、恥ずかしながらかなり強い火種があるので、そこまで考える人がいても奇怪おかしくないのかもしれない。


「……それで罪状だが、シホはどうしたいのか聞きたかったのだが」


 この言い方は食事どき、話題に出そうとしていたが、私が話題転換して聞けなかった、という含みがあるように感じる。

 そういえば、尋常じゃないほどに仕事が早い人達だった。

 私は反省し、素直に話すのが恥ずかしかったことを自白しようとする、が。


 ……て、あれ? 何だか不穏な言葉を聞いた気がするが……えっ?! 何ッッ?! ざ、罪状ッッ?!


「噂を流した者共に対する罪状だ。散々苦痛を味わわせてから処分するか、即刻処分するか……」

「な、何で処分限定ですか?!」

「その噂がシホを苦しめたのであろう? ならば相応の苦痛を味わわせてから処分するのが、妥当であると思うのだが」


 魔王様はずっと眉根に皺を寄せて殺気を放つ。目付きで人を射殺せるような魔王様の形相が怖い。私が変な態度を取ったせいで、魔王様をこんな状態にしてしまったのだ。

 私は意を決し、素直な気持ちを魔王様に吐露すべく、大きく深呼吸をした。


「私は、魔王様が好きです。愛しています。魔王様もそうだと言ってくださって、跳び上がって小躍りしたいほど、凄く嬉しかったです。ただそれは、魔王様が甘いもの好きだから、私が甘い菓子を作れるからで、シロップ……料理長にレシピを渡せば、魔王様の気持ちがシ……料理長に移るんじゃないか、と不安になったりします。……だから、この噂を流してくれた人が、映像からそう感じたのは、はたから見てそういう仲だと思える、と希望を感じさせてくれたので、恥ずかしいけど嬉しくて、感謝しています」

「……シホ……うん? 料理長?」

「……シホちゃん……何で料理長……?」

「……シホさん……! 料理長は男性ですよ……?」


 言葉では表し尽くせない気持ちを、私は辿々(たどたど)しく言語化し、紡いでいく。一杯一杯で、他の人の声が聞こえない。

 魔王様の一挙一動で、私の感情が変わってしまうことの怖さや不安、喜びや躊躇いなど、誤解されず、素直な気持ちを伝えようと、懸命に言葉を選び、脳内で文章にしてから、音に変える。

 魔王様が、真摯に耳を傾けてくれているのを感じる。纏っていた殺気がなくなり、穏やかで優しいものに変転し、表情も柔らかく変化していく。


 目端に移る顔の赤い先生の動きがすっごく気になるが、魔王様に上手く伝わっただろうか。

 私は息を吐き、取り敢えず冷めないうちに食べて貰おうと保温器に入れておいた、ペ・ド・ノンヌを取り出した。


「というわけで、三年後も好きでいてもらえたら、私の勝ちですな! 完璧に魔王様を射止めようと画策してますんで! 罪なら私の方が重いですぜ!」

「成る程、では私も同罪だ。もっと効果的な策を講じたいが、何か要望はあるか?」

「それは魔王様が考えてくれないと、ですよねえ? あ、これは魔王様用で、特別に香りのいいお酒を入れて作ってみました!」

「ほう! 酒が甘い菓子に良い香りを与えて旨味が増している。……流石シホ、私も負けてはいられんようだな……!」

「フッ! 異世界の知識持ちを、舐めてもらっては困りますな!」


 魔王様と私は高らかに笑い合う。


「……やっぱ何か、違う方向にいってる気がするんだよな……」

「……私も、シホさんの告白にはドキドキしましたが……何故、料理長が出てきたり、こうなるんでしょうか……?」


 高笑いし合う魔王様と私の好敵手ライバルのような恋愛闘争を目の当たりにし、コンセルさんと先生が驚愕していたらしいが、私と魔王様は知る由も無かった。

読んでくださり有り難うございます。

感想や評価など、頂けますと嬉しいです。

誤字脱字などのご報告もお待ちしております。


次話は11月15日(金)更新予定です。

よろしくお願いします。

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