第二十一話:喉笛噛み付き作戦の俗語はエロス
アルに、空で生中継されたダブル精霊王お披露目映像について、それとなく尋ねると、丁度屋内でトレーニングをしており、見ていなかったために噂に驚いた、とのことだった。
「さあせんっした! まさか、そんな事情とは知らなかったっす……」
「いやいや、こっちこそ! 忘れて大騒ぎして、大事になってゴメン!」
箝口令まで敷かれてしまったため、何処で誰が見聞きし、口にした途端処分されるかもと恐々とし、噂はピタリと止んだらしいが、そんな緊張感の中、魔王様を守るために特訓を続けている、軍隊の方々に申し訳ない。
私とアルは、お互いに頭を下げ合い、バッタのお見合い状態になった。
因みに。
自室へキッチンが出来たこともあり、かなりの量をあっという間に消費していた乳製品だが、アルの作業が三日に一度となり、大助かりしている。
……やはり魔王様、好感度上げに慣れてますな!
恋愛ゲームでいえば、攻略対象としてチョロすぎるであろう私は、爆上がりしていく好感度に対抗すべく色々と模索し、備蓄用の焼き菓子にも工夫を入れてみたりと大忙しだ。
多少なりとも効果があればいいのだが、魔王様は表情に出難いのか変化がないのか、多少なりとも上下したかすら判別出来ずにいる。
数値化して見ることが出来る魔法を作れないか試行錯誤したくなるが、今の私には難しく、歯痒い日々を送っていた。
「アルは、恋人とか恋愛系で好きな人とかは?」
「見習いから卒業するのに一杯一杯で、無茶っすよ」
「あー。目標がある時は、厳しいよね」
私やアルのように一点集中タイプは、目標以外に意識が向かず、とにかく目標達成に向かってダッシュしている状態で、人も景色も、下手をすれば自分の足下や目の前の崖すら、見えていない。
これは生まれ持った性質なので変えようがない。左利きを無理に直そうとすると脳に障害が起こる危険性があるのと似たようなものだ。……多分。
というわけで、アルと私は妙なところで似ており、気も合うので、駄弁る時間が延びていく。
アルの言葉遣いはキツい方言を隠すためのもので、既にこれがタメ口として習慣化していたようだ。敬語は敬語でもっと騎士らしい喋り方をしている。試しに話してもらったので、間違いない。
「そういえばシホちゃま、異世界人ってマジすか?」
「そうだよ。あれ? 言ってなかったっけ?」
「けらんじゃけのあーッッ!! でばどぎゃんこそれんでがッッ?!」
アルが驚きのあまり、方言で叫声を上げる。
因みに「聞いてないよ、どこから来た?」という意味らしいが、地球という惑星はこの世界で認知されておらず、何処というのは難しい。
案の定、アルも腕を組んで首を傾げ、考え込んでしまった。
「異世界では魔力が無く、電気とかのエネルギーを作って生活してるんだ」
「魔力が無いんすか! 凄い世界っすね!」
「そういえば、アルの魔力って結構多そうだけど、種族とか属性は?」
「……あ、え、と……」
「嫌なら無理に言わなくてもいいよ。それより、そろそろ仕事だよね。はい、これ。仕事、頑張れ!」
「あ、あざっす! 頑張るす!」
言葉を濁すということは、言いたくないのだろう。
外の世界はよく分からないが、毒とか闇とか邪の系統持ちだとか、魔力の属性を気にする人もいるらしく、虐めに遭うことも少なくないという話を先生から聞いた。
私は菓子の入った小袋を渡し、早く正式な衛兵になれるようにと両腕で力瘤を作り、アルを鼓舞する。
アルも笑顔を浮かべて菓子を受け取り、力瘤を作って去っていった。
……部隊で、虐めとか無いといいけどな。あったら其奴らを×○×して▽△▽を☆□☆してやるけど。
私の大事な人達に害為す輩は、問答無用で指名手配だ。
「取り敢えず、魔王様の心臓鷲掴み作戦だ! いや、喉笛噛み付きの方がリアルか……? けど、それだと絶命させるような雰囲気になるな……。何でこんなに雰囲気が変わるんだ……?」
作戦名が何であれ内容に変わりは無いのだが、心臓鷲掴みよりも喉笛噛み付きの方が情景的には穏やかな気がするのだが、名称から比喩的要素が薄くなっているのは何故なのか。
猛獣よりも猛禽類の方が小さく、弱そうだからだろうか? しかし飛べるという攻撃範囲からの即時撤退が可能な利点は大きいと思うのだが……。あ、魔王様も飛べるんだった。チートが過ぎるではないか!
よく分からない妄想を膨らませつつ、魔王様の胃袋を掴むため、備蓄用の焼き菓子を検討し始めた。
「常温で日持ちするものを凝るのは難しいな」
凝ろうとすると、クリームなどの何かを間に挟んだり、生地を柔らかめのものにしたくなる。だが、それでは日持ちせず、備蓄に向かない。
焼き菓子の種類も豊富なはずだが、何故思い付かないのか。
……これは頭の固さ故だろう。もっと柔軟な発想をせねば!
頭を柔らかくするため、思わず頭を揉んでみると、突如、目の前に白い光が集まり、視界を埋め尽くす。
驚いて目を擦ると光は跡形もなく消えており、今の現象が幻覚なのか現実なのか分からなくなってしまう。私の中で何か微細な瑕疵でも起こっているのかと探ってみるが、そういうわけでもなさそうだ。
私は思考を切り替え、再度、焼き菓子を考えることに集中した。
「……チュロスの先にチョココーディングしてみるか」
鍋に牛乳を入れ、塩と砂糖にバターを入れて沸騰させ、火から下ろして篩っておいた小麦粉を加え混ぜ、混ざったら再び火に掛けて弱火で煮詰める。
火を止めて生地を冷まし、溶き卵を少しずつ加えていき、暫く混ぜ続ける。
絞り出し袋に入れ、星口金で絞り出した物を油で揚げ、熱い内に粉糖を塗し、牛乳で解かして砂糖を混ぜたチョコソースを半分ほどまで漬け、冷ましてチョコが固まれば、チョコチュロスの完成だ。
スペインでは『チュロ』と呼ばれる揚げ菓子だそうだ。揚げパンが発祥だという説など、由来は諸説あるらしい。
星口金を使うのは、丸だと揚げている時に生地が膨張し、爆裂……元い、暴走……元い、破裂する危険があるためだそうだ。
油が染み出ない紙を包んでおけば持ちやすく、作業しながらでも囓れるだろう。
半量は焼きチュロスにしてみた。魔王様はどっちが好みだろうか。
……といいつつ、色んな形に絞ってしまった……。多少曲がっている物にも紙を巻き、他は一口サイズなので、これはこれでいいだろう。……多分。
そうこうしている内に厨房が騒がしくなり私は皆と挨拶を交わし、出来たチュロスを持ち執務室へ届けに行った。
「魔王様ー! 新しい備蓄ですぞー!」
「シホか。それは有り難い。……うむ? 今度は、また変わった……ッッ!!」
クネクネと曲がっているチュロスはこの世界の文章を書いており、後の一口サイズは、星や色んな形状の中に、ハート型を紛らわせて入れておいた。
魔王様は、クネクネと曲がったチュロスを横に持ち、肌を真っ赤に染めながらチュロスに視線を固定させ、微動だにしない。
コンセルさんまで顔を赤くし、口元に手を当て、視線を逸らしている。
……英文が歌の歌詞でも使われるような、よくある『キミはボクのモノ』という意味の文だが、そんなに過激だっただろうか……?
『愛してる』よりは恥ずかしくないと思ったのだが……?
まさか違う意味に解釈されるような言葉だったのか心配になり、ファムルに聞くため、そっと執務室から脱出し、過去最高速度で逃げ出した。
執務室からダッシュでファムルの元まで辿り着いた私は、手伝ってほしいことがあると部屋まで連れて来、文章の意味を尋ねると、ファムルはみるみる肌を真っ赤に染め、湯気さえも出ていそうに両手を頬に当て俯きながら呟いた。
「し、シホちゃん……大胆、だね……」
「へ?! 意味は?! 何か曲解する文だっけ? 何?! ヤバい意味ある?! 頼むから教えてくれえええ!!」
私は感想ではなく、どういう意味が他に含まれているのか知りたいことを主張し、ファムルの体を揺すりながら、懇願する。
ファムルは二人きりだというのに私の耳元へ口を近付け、躊躇いがちに小さく囁いた。
「……魔力の一粒も、誰にも渡さないって、意味、なんだけど……ぞ、俗語では……え、と……自分と……その、色んな意味で、心も……か、体も……一つじゃないと……いられ、ない……って……え、エッチな意味が……お、男の人が言うことが多い、んだって……」
「な、何いいいっっっ?!!」
そう言ってファムルは小さく叫び、極限まで赤くなった顔を両手で隠して縮こまる。
私はまさかエロスの入った意味だとまでは思わず、愕然として空を見つめ、揺蕩う。
……習ってない。知らないぞ、そんな意味! 何で先生は教えてくれなかったんだ! この文は習ったわけじゃないが!
俗語も教えておいてくれてもいいじゃないか! 恥を掻くのは私なんだぞ?!
恥ずかしがらずに、素直に『愛してる』にしておいた方がマシだったわけだ。はっはっは。
だが、私は異世界人だ。そんな俗語を知らないことは二人共、分かっているはずだ。いや、そうでなければならないのだ。
私の世界では、隣に並んで相手の方へ体を曲げて両人差し指を合わせることで、合体して戦う必殺技があるのだ、と言っておこう。
確認する術はないのだから、騙されてくれるだろう。頼むから騙されろ!
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次話は11月19日(火)更新予定です。
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