第十九話:心太(ところてん)の味は甘いか塩っぱいか
厨房を彷徨き、乾物を目にする。海藻らしきものがいくつも入っている籠があり、その中には天草によく似たものも入っていた。
それを少し千切り、口に入れてみる。
海藻サラダで口にしたような気もするが、乾燥しているせいもあってか、このままだとやはりよく分からない。
だが微妙に異なる香りから、この海藻が一番天草の匂いに似ている気がする。
……見た目はそのものだし、やってみるか。
揉み洗いして水を入れた鍋に入れて火に掛ける。沸騰してきたらお酢を少し加え、暫く煮る。
ボウルの上で、煮ていたものを布袋の中へ注ぎ入れ、布袋を絞って水分を出す。
この水分をバットに入れて冷まし、冷蔵庫で冷やせば、寒天……心太の出来上がりだ。
……よし! 勝った!!
最近、元世界の食材を、異世界のものから発見する感覚が鋭くなった気がする。
売っている心太は透明に近いが、普通は薄らと黄色に近い茶色をしており、かなりの弾力がある。
寒天の存在を知り、いつか使うであろうと、天突き……突き棒を魔王様に作ってもらっていたが、やっと使える日が来たぞ、天突き!
手を、動きに合わせて天に押し上げながらスクワットをする、天突き体操とは全く関係がないので、ご了承いただきたい。念の為。
とそこで厨房が慌ただしくなってきたので、私は寒天と天突きを再び仕舞い、挨拶を交わして朝食に備えた。
やはり悶えつつ食事をする私は、学習能力が無いのだろうか。
朝食後にシロップおじさんから、みそたまり……味噌の上澄み液を貰い、心太と天突きを持ち、魔王様の執務室へお邪魔した。
「すいませーん! あ! これを登録してもらえば、邪魔しなくて済みますね!」
「どういうことだ?」
私の言葉を不思議に思い、私を怪訝な表情で窺う魔王様に、私はリアレスカさんの所へ行くために転移魔法陣を借りようとしたことを告げる。
合点のいった魔王様は、書類に目を向けながら私へ言葉を紡いだ。
「その程度であれば気にすることもあるまい。素材を取りに即、畑へ行くためなど、有用なことに使え」
魔王様が提案したことは物凄く魅惑的だが、今現在、腹部に不安を感じている以上、甘んじるわけにはいかない。
一方、確かにリアレスカさんへ会いに行く機会は畑と比べれば断然少ないが、大体週一程度を目安にしているのでその度にお邪魔してしまっていいのだろうか。
というか、リアレスカさんの所に行くのは、有用ではないのか……?
「シホちゃんが、執務室へ覗きに来てくれる方がやる気も出るし、魔王様も俺も、毎日何度でも来てほしいんだけどな」
「流石にそれは、邪魔してるって」
「いや、コンセルの言う通りだ」
コンセルさんが冗談で言ったと思い、笑ってツッコミを入れると、魔王様が真剣な面持ちで断言する。
……これは、つまり……会いたい……と解釈してもいいのだろうか?
それとも、脳にそう思わせられているだけだろうか……?
魔王様は顔を赤く染め、俯いて仕事を進めている。思わずコンセルさんに視線を移すと、笑顔で声を出さず、口だけ動かして見せた。
『て』
『れ』
『て』
『る』
そして魔王様へ視線を移動させ、再び私に視線を戻して笑顔を見せると、人差し指を口元に添えた。
何だか嬉しくなり、顔が綻んでいく。そうか、魔王様も私に会いたいのか、同じなんだ。
そう思うと、何でも出来る、無敵な気分になるから不思議だ。
「あ! シホちゃん。リアレスカさんトコ、行くんじゃ?」
「ああっ! ヤバい! それじゃ、行ってきまーす!」
喜びに浸っていた私は現実を思い出し、魔法陣を借りてリアレスカさんの元へと急いだ。
「……あら、誰かしら?」
「リアレスカさーん! 毎回、それはないっしょ!」
「……毎日来ない、シホが悪いのよ」
「だから、毎日は無理でゴメンて!」
魔法陣部屋からリアレスカさんの家まで荷物を担いで歩き、辿り着いた私に対するリアレスカさんの第一声に焦り、私は心太を冷蔵庫に仕舞い、冷えるまでご機嫌を取る。
ここまで愛情を示してくれているのだから、嬉しいに決まっている。
どうせなら一緒に魔王城で、と思うのだが、人の出入りが意外と多い場所なので、人見知りの激しいリアレスカさんには苦痛以外の何ものでもないようだ。
以前、私と一緒にいたいがために魔王城にいたが、人の出入りが思ったよりも激しいことで臨界点を超えたリアレスカさんがプッツンしてしまい、魔王城を破壊したことは、記憶に新しい。
「……昨日の菓子、やっぱり美味しいわ。口溶けがいいのが特にいいわよね。……また備蓄しておきたいわね」
「今日のは口溶けが良くないんだけど……どうかな……?」
ラムネは大変お気に召していただけたようで結構な頻度で頼まれている。リアレスカさんまで菓子の備蓄が必要になってしまい、私は天手古舞いだ。
今日のはどうか、と、冷えた頃合いを見て冷蔵庫から取り出し、切っておいた塊を天突きに入れて押し出し、器に流れ込ませた。
「……! ……それ、やりたいわ」
「だと思った! 面白いでしょ、これ」
一塊を天突きの箱に入れ、リアレスカさんに手渡す。無骨な四角い物体が天突きの棒に押されると、麺のように分かれて滑り落ちてくる。
「味付けに、塩っぱいタレと、黒蜜を持ってきたけど、どっちにする?」
「……当然、両方よね」
「だね」
器を用意し、シロップおじさんに貰ったみそたまりに酢を混ぜ、和辛子に似たマスタード風の辛子を添える。
醤油差しに似た瓶に入れた黒蜜と、器に入れた大豆風の豆から作ったきな粉にスプーンを添えてテーブルへ、好みの量が使えるようにそのまま置いておく。
「味を見ながら掛けて食べて」
醤油の始まりがみそたまりからだと、何処かで聞いたので貰ったのだが、味は大丈夫だろうか。あ、結構いけるな!
私は家で出された時、いつも辛子酢醤油味を一本箸で食べていたのだが、リアレスカさんにはどうだろうか?
調理用で申し訳ないと思いつつ、魔王様に作ってもらった菜箸の片割れとフォークの両方を置いておく。
リアレスカさんは一本箸を怪訝な顔で見つめ、フォークで食べ進める。私が一本箸で食べていると、興味を持ったのか、フォークを置き、箸に引っ掛けて食べ始めた。
プリプリツルツルシコシコと三拍子揃った作りたての心太は、その食感が癖になり、味も海藻独特の風味が鼻に抜けていく。
さっぱりとしており、何杯でも食べられる辛子酢醤油味に、きな粉と黒蜜でスイーツに変わる心太は、それ自体は低カロリーなのに腹持ちがいいので、ダイエッターにも安心して食べられる、変幻自在な万能食品じゃないだろうか。腹部の気になる私も安心して食べ進めてしまう。
「……独特の癖があるけど、この癖は嫌いじゃないわ。……この喉越しが気に入ったけど、意外とある歯応えも悪くないわね。……それに、この棒って、意外と食べやすいのね」
「一本に引っ掛けると、何か楽しいし、いいよね」
リアレスカさんは、どちらの味も気に入ったらしく、二つの器を交互に食べ進め、自ら何度も天突きでお代わりを作って食べ進めている。
私は箸についての説明や諸説ある一本箸の理由を話した。
「……これが鮮度の選定にもなってるなんて……凄いことを思い付くわね。……掻き込むのだから一膳もいらない、というのも理に適っているわね」
リアレスカさんは言葉そのままに、心太を平らげては、天突きで突き、平らげては突きを繰り返しているが、不意に真っ青な顔で私を振り向いた。
「……シホ、大変よ。……もう無くなってしまったわ」
「……ああ、食べ過ぎるとヤバいんだ……。それでも多めに持ってきたんだけど」
「……ヤバいって……危険な食べ物なの?」
「どんなものでも、過剰摂取は危険だよ」
心太は食物繊維が多い。食物繊維は消化されず、整腸作用がある。ということはつまり、過剰摂取すると腹が下るのだ。
軽く一日の摂取量を超えて食べてしまったリアレスカさんの今後が心配だが、念の為、少なめにしておいて良かった。
私は一緒に持ってきておいたポップコーンとポテトチップスを指差し、そちらを食べるように促した。
「……やっぱり、人間の体って不便よね……」
「精霊化なら出来ないんで!! 抑も、そういう約束で毎日菓子を届けてるんだし!」
「……チッ! ……サジェス魔王のケチ野郎……ッ!」
項垂れて菓子を貪りながら、ドス黒い気を漂わせて呟くリアレスカさんに私は恐怖を感じ、何とか切り上げて城に戻っていった。
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