第十八話:全世界生中継の天草
「シホ、今日は来てくれて感謝しておるぞ。演出が上手く出来たのじゃ」
歯を見せてにしゃっと笑みを向ける金髪ゆるふわ美少女は、確かにプレジアだ。
私は聞かされていなかった展開に、プレジアの頭へ軽く拳を下ろした。
「ド素人の人間を、演出に使わない! それに、姿が変わったこともプレジアから聞いてないよ!」
「す、すまぬ……。黒尽くめ等が儂を閉じ込めおってのう……。演出も奴らの仕業じゃ! 儂は純粋に、晴れの舞台をシホに見にきてほしかっただけなんじゃが……すまんのじゃ……」
「……プレジア……!」
俯いて指と指を合わせているプレジアは、可愛いことを言って私をときめかせる。
ときめきが爆裂し、私は屈んでプレジアを抱き締め、頬擦りをする。ぷにぷにした頬には少々肉が少なめだが、しかしこれもまたツルスベ感も味わえてイイ感じだ。
「シホ。目立っているが……大丈夫か?」
魔王様に声を掛けられ、我に返る。
そういえば今は、見知らぬ人々も集まっているパーティー中だった。然も化粧をしていたため、プレジアの頬に付いてしまった。
私は慌てるあまりに浄化魔術の存在を忘れ、ハンカチを取り出してプレジアの頬を拭うと、プレジアは嬉しそうに微笑んだ。
「姿を変える際の懸念は、シホの反応が変わってしまわんか、ということであったのじゃが、やはりシホはシホじゃのう!」
今度はプレジアが私に抱き付いてくる。私は感極まってプレジアをお持ち帰りしようとし、魔王様にこっぴどく叱られ、マリンジさんは呆れた様子で此方を眺めていた。
「マリちゃんも、可愛いよ! ギュッてしていいかな?」
「なっ?! ば、バカなこと言わないでよね! シホはオマケなんだから、マリンジ様ってちゃんと敬ってよ!」
「可愛い顔して毒突くマリちゃん、可愛いね」
「や、やめてよね! サジェス! 笑ってないで、シホを止めてよっっ!」
嫌だ嫌だと言いつつ、頬を染めるマリンジさん……マリちゃんを追いかけ回す私に、プレジアがヤキモチを妬き、参戦してくる。
そんな状態に喜ぶ私を、魔王様は半笑いで見つめていた。
こうして何とか無事(?)に、パーティーを終えた。
と、思っていた。コンセルさんの言葉を聞くまでは……。
「お疲れ様でした! シホちゃん、バッチリ目立ってたな! 魔王様も、普段と違う色合いの服がお似合いで、格好良かったですよ!」
「は?!」
「……どういうことだ?」
妖精界にある転移部屋を経て、執務室へと戻った魔王様と私を、笑顔のコンセルさんが出迎えてくれる。
しかしコンセルさんの言っている意味が分からず、魔王様がコンセルさんへ発言の意図するところを尋ねた。
コンセルさんは苦笑しつつ、ダブル精霊王の儀式が空に映し出されていたと、衝撃の事実を発する。全国放送ならぬ、全世界生放送が行われていたのだ。
……あれ? 魔王様の存在も秘匿してたんじゃ……?
その件は公にすることで、精霊以外にも人間を見張る者がいるという犯罪抑止力のために公開に踏み切ったらしいが、魔王様は何とも複雑な顔をしていたとコンセルさんが説明してくれた。
だが、私は精霊王補佐ではない、精霊王補佐ではないのだっっ!! これが所謂、巻き込み事故というヤツか?!
「しかし! 世界に中継するとはっっ!! 事前報告には無かったぞ! 彼奴等っ!! 人を巻き込んだ上に、そのような真似を無断で行使するとはっっ!!」
「……魔王様ッ!! ……全世界の人から記憶を奪ってくださいッッ!!」
「……流石にそこまで行使しては問題となる故……。何か……他に策を……!」
私の嘆願に、倫理上の問題で出来ないような言い方をする魔王様に、私は愕然として魔王様を見入る。
……ってことは、やろうと思えば出来るんかい、この魔王様は……! 何処までチートなんだッッ?!
どうにか出来ないかと、本気で思案する魔王様を見つめたまま静止する私の肩に、コンセルさんが手を載せて破顔した。
「シホちゃんの美貌が、全世界に知られて嫌なんだよ、魔王様は。まあ俺も、あんま嬉しくないけどな……」
「び……っ!? ……コンセルさんも、私を過大評価し過ぎだって……」
「……そういう反応はシホちゃんらしいんだけど……魔王様も、苦労しそうだな……」
コンセルさんまでもが魔王様のように、私の感覚が奇怪しいような物言いをする。
それともこの世界の美的感覚が、元世界と違うのだろうか。
私が考察していると、魔王様が突如、声を上げた。
「シホは通常時、この城以外は行かん! 城内に件の発言を禁じさせよう! コンセル、伝達せよ!」
「はっ! 承りました!」
……承っちゃうんかいッッ!!
握り拳を作ってコンセルさんに命じる魔王様と、それを請け、コンセルさんが執務室から出て行く姿を交互に眺め、私は過保護な親をもった子供の気分とはこんな感じなのかと、ある種、悟りの境地に至った気分になった。
その夜。
いつもの格好に戻り、少し遅めの夕飯を終えた私は、菓子作りがしたくてウズウズしていた。
にも拘わらず。
やはり慣れない緊張感から解放された安堵には抗えないようで、そのまま眠りに就いてしまった。
翌朝もまだ疲れが残っているのか、寝覚めが悪い。
「……けどまあ、可愛い姿が見られたしな」
姿の変わった二人(?)は、大変愛くるしく、庇護欲を掻き立てる姿だった。
あのマリちゃんでさえ、今までの出来事を私の中で帳消しにしてしまうほどだ。
私は改めて魔王様の策略家振りに感嘆した。
「っと、私は菓子作りに専念せねば!」
キッチンにある作業台に向かい、揃っている材料を確認する。
バターで生地を織り込んでいくパイ生地……フィユタージュ・アンヴェルセは何とか完成し、密封して冷凍してある。
圧搾して取れた、透明の油の絞りかすである塊は粉砕して粉にし、出来上がったココアパウダーは密封容器に保存してある。
全粉乳と砂糖を加えて数日、風魔法で攪拌させて出来た白い物……ホワイトチョコレートは、温水と冷水につけて混ぜる作業も熟し、型に入れて冷やし固めた後に、棚で熟成させている状態だ。
皆とバタバタしていた時も、これだけは間を開けられないために続けていた作業だ。
バターの風味が強く濃厚なパイ生地と、チョクラを精製したミルクチョコレートとホワイトチョコレート、それにココアパウダー。
これだけあれば、今まで以上に美味しい菓子が出来ること間違い無しだ。
「あ! 今日、作業してくれてる日だった!」
一週間の非日常が、今までの日常生活を忘却させている。
早く通常運転を取り戻さねば、と私は気を引き締め、アドゥルが作業してくれている厨房へ向かった。
厨房に辿り着くと、丁度作業が終わったらしい。加工室から、アドゥルの呼ぶ声が聞こえてくる。
「シホちゃんさま! 出来たんで、確認よろっす!」
「おけ、おけ! アリガトね! はいこれ。もっと欲しかったら魔王様に日にち増やしてもらって~」
「マジすか?! 毎日とかでも?!」
「それだと、流石に材料、余るかな? 材料作りは三日から一週間に一回で、毎日、菓子だけ貰いに来てくれてもいいけど」
「うわー!! シホちゃんさま、太っ腹ー!」
「ああ! アル、禁句を!! 実は最近、腹肉がヤバくて!!」
「ブププッッ!! また、またー!!」
大分打ち解けてきたアドゥル……通称、アルと笑い話に興じる。
痩せてはいるが、深層筋……インナーマッスルの強い彼女は、短時間で他の人の倍くらいは材料を作れているのではないだろうか。
それを時給にしては申し訳ない。
かといって、そこまで内情に口を出していいものかも分からず、感謝の気持ちとして、菓子を増やすことにした。
……材料は魔王様のものだが。好きに使っていいと言ったので、そうさせてもらっている。ああ、贅沢の極みだ。
「シホちゃま、とか呼んだら可笑しいっすかね」
「うん。可笑しい。敬語無しの呼び捨てでいいよ。私もアルのこと、渾名で呼んでるんだし。同じ使用人同士っしょ」
「ええ?! シホちゃま、魔王様の婚約者じゃないっすか?!」
「はいいいっ?!」
どうやらアルは『シホちゃま』呼びが気に入ったらしい。それは、まあいい。ちょっと妙な気もするが、愛嬌があっていいじゃないか。
問題は、その後だ。何処を如何やって伝言ゲームをしていけば、そんな結果に成り得るのだろうか?
どうやらアルは衛兵部隊の見習いらしく、その面子ではそういう話題になっているそうだ。
……何で衛兵部隊で? まさかコンセルさんが冗談で言ったのを真に受けられたとか……?
取り敢えず、その件は聞いた側から否定してもらうことにし、アルに外堀を埋めてもらうことにする。
そんな噂が城にまで入ってきたら、部屋に引き篭もって出られなくなってしまう。
徒でさえ快適すぎて出たくないほどだ。シロップおじさんの作った食事が魔法陣で部屋に届けられたら完璧だ。
……リアレスカさんも、こんな気持ちなのだろうか。最近行っていないので、行くのが余計に怖いのだが……。
取り敢えず、何かリアレスカさんの好きそうなものを拵えて、ご機嫌を取ることにした。
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次話は11月08日(金)更新予定です。
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