第十七話:貴族ルールの新ダブル精霊王
気が付くと景色が変わり、豪華な装飾の窓や絢爛なカーテンのある、華美な大広間の横壁際に座っていた。
奥端には、壁に厚手の布が装飾されて掛けられており、床にも毛足の長い絨毯が敷かれた一段高い場所がある。
その手前にある、大理石のような床の大広間では、皆がそれぞれに着飾った姿で話したり、吹き抜けの端にある二階と思われる場所で楽器を持った人々の前に指揮者が指揮棒を振る生演奏がされており、曲に合わせて男女が数組、優雅に踊っていた。
出入口側の壁際には、馳走や様々な飲み物が並ぶテーブルが、彼方此方に置かれている。
私は突然変わった景色を呆気に取られて見つめていると、隣にいた魔王様が立ち上がり、会釈しながら私の前に手を差し出した。
「一曲、お願いしても構わないだろうか?」
整いすぎた美形過ぎる顔立ちに、痩身でありながらも程良い筋肉のある体躯と長く撓やかな四肢である男性に、こんな微笑みを向けられ、断る女性……いや男性ですら、果たして存在するのだろうか。
今までにも、こんな状態があったのだとしたら、私は一体どうすればいいのか。
……言っておきますが、この殿方は、わたくしのものでしてよ!
などと言って回りたくなってしまう衝動をぐっと堪え、魔王様の手に己の手を乗せ、余裕があるかのような笑みで、魔王様の申し出を受ける。
何とか優雅といえなくもない動作で踊りを熟す私の脳内では、音に合わせた体の動きを思い起こしていた。
曲が終わり、何とか魔王様の笑顔をゲット出来た私は、魔王様と共に壁際へと移動する。
魔王様は飲み物を取りに行くと告げ、去ってしまう。何となく心細い気持ちになるが、目の届く範囲にいるのだ。子供ではないのだから、耐えねばならない。
私は扇子を開き、その隙間から周囲を窺い、気を紛らわす。どことなく雰囲気の異なる人々が彼方此方におり、どうやら精霊だけでなく、人間もいるような、恐らく魔力の質の違いであろうものを感じた。
……それにしても、質が異なるのが妙に多くないか? やっぱ、全人種のお偉いさん達が来てるのか?
私が周囲の人々を窺っていると、淡い紫に薄紅色の差し色があるタキシード風の姿をした色白の男が歩み寄ってくる。その背後にも、色鮮やかな男達が複数人、此方に向かって歩を進めていた。
……精霊界は、上下関係が厳しいのか? あまり強そうには見えないが、魔力に自信がありそうだし、魔術か魔法での勝負か?
私は扇子を畳み、手袋のせいで握り難くはあるが、拳を強く握り締め、臨戦態勢を取る。
男の手が伸ばされようとした時、魔王様が私の前へ立ち、男に険しい表情を向けて見下ろした。
「この女性は私の連れだ。……他を当たれ」
「げ、げげ猊下?! 猊下のお連れの方でしたか! そ、それは大変失礼いたしましたーっ!」
流石、魔王様。その強さは世に知れ渡っているようだ。男は発言の途中から後退り、語尾には走るように逃げていく。他の男達も同様で、他に用があった体を装い、進路を変えて遠くへ散らばっていく。
「おお! 魔王様の連れも、力試しが顔パスになるんですね!」
「……このような場所で、力試しがあるなどと習ったのか?」
魔王様は眉を顰めたまま私に飲み物の入ったグラスを手渡し、空いたその手で額に手を当てる。
言われてみれば、力比べというものは習わなかった気がする。それなら何故、あの男達は私に喧嘩を売ろうとしたのだろうか。
「見知らぬ異性が声を掛けてくる典型は習わなかったか?」
「あ! 習いました! けど、私には関係ないかと思ったんで……」
確か、ちょっとしたナンパのようなものだったと記憶しているが、何故今、それが出てくるのだろうか。
私が魔王様から受け取ったグラスを眺めながら考え込んでいると、横にいる魔王様が、大きな溜息を吐く。
「……シホは自己評価を正し、常時、周囲の男共を警戒すべき点が、今後の課題だな……」
「……え? 物凄く、正しく認識してますが?! ま、魔王様が過大評価しすぎなんですよ!」
私は魔王様の方こそ、私に対する評価が高すぎることを、嬉しく思いつつも恥ずかしくなり、慌てて指摘する。そんな私を一瞥した魔王様は、更に大きな溜息を吐いた。……何故?!
魔王様の態度に、私がその心中を考え倦ねながらグラスの中にある、淡く七色に変化する透明の液体に口を付ける。
レモネードのような甘酸っぱい味がしたかと思うと、二口目は苺ジュースのように甘酸っぱく変わり、一口一口の味が変わるが、五口目からは、一番好みだった苺の甘酸っぱさのあるレモネードに味が統一される。結構な量を飲んだが、一口の減りが少ないのはどういう質量なのだろうか。だが、美味いから良しとしよう。
私は夢中になって飲み干すと、魔王様が優しい笑みを浮かべ、此方を見ていた。
「これは、精霊界で採れる果物だ。人の世界では消えてしまう故、此処でしか味わえぬ稀少なものだ」
「お代わりとか、取りに行ってもいいですか?!」
「一人では危ないな。共に行くか」
お子様扱いは悔しいが、確かに一人では心許ない。密かに安堵する気持ちを隠し、私と魔王様は精霊界のみの珍味を味わった。
精霊界でも菓子はなく、出されているものはビュッフェのような食事ばかりだが、珍しいものばかりで目移りしてしまう。だがやはり魔王様が選んでくれた飲み物が一番美味しい気がする。流石グルメの魔王様、美味しいものへの記憶量が半端無い。
少々腹を満たし、再びグラスを手に魔王様と席に戻ると、突如、照明が落とされた。
一段高い場所に光が集い、鳥の羽根のようなものが舞い落ちてくる。
上空を見上げると、恐らくダブル精霊王だろう。
両手を繋いだ二人(?)……一対の互いの身には金と銀の薄衣を幾重にも纏い、髪と衣の端を靡かせ、ゆっくりと下りてきた。
徐々に顕わになるその姿は、双子の子供のように見える。閉じられた目元は髪色である金、或いは銀の長い睫毛が、肌の白さをより一層淡く見せ、儚げな雰囲気を際立たせている。
それぞれが、己の髪の色である金と銀で刺繍され、指先を丸く開けたトウシューズのようなものを履いており、真っ白な絨毯に降り立ち、同時に目を開いた。
先に銀髪ポニーテールのマリンジさんが口を開く。続いて金髪ツインテールのプレジアが言葉を紡ぎ、交互に言葉を述べていく。
『今日は我々のために集まってくれ』
『皆に多大なる感謝を述べよう』
『我々はこれから』
『精霊王として』
『『共に歩んでゆくことを宣言する』』
最後は二人で声を重ね、繋いでいた手を掲げた。
すると皆が、大歓声で二人を称えている。
魔王様と私も立ち上がり、サイドテーブルにグラスを置いて拍手を送った。
……二人共、前髪ぱっつんが双子みたいで可愛いな! けど、声は変わってなくて良かった。変わってたら、どっちがどっちか分からなかったな……。どうしよう、マリンジさんまでグリグリしたくなる可愛さだ!
「……やっぱり魔王様って凄いですね! 視覚効果、バッチリですぜ!」
私が二人に視線を向けたまま呟くと、魔王様から、笑いを堪えるような漏れ出る声が聞こえた。
……どうせ単純ですよ! すいませんね!
プレジアとマリンジさんの二人が手を離し、間を開けて佇んだ。
各々に光が当たり、再び周囲が静寂に包まれていく。
『『だが』』
胸元に手を当てる二人は再び声を重ね、今度はプレジアが先に声を出す。
『我々だけでは』
『届かない場所もある』
『我々と共に』
『この世界を支える』
『『友がいる』』
「……拙い雰囲気だな。シホ、私の真似をプレジアへしろ。多少のミスは当事者がフォローするだろう」
「……へ? え? な、何ですか? 何が起こるんですか?!」
ダブル精霊王の言葉が続く中、魔王様が口元に手を当て、私に囁く。
言葉の意味が全く分からず狼狽えていると、魔王様が私の背中を軽く叩き、姿勢正しく立っているよう示唆する。
その時、私と魔王様に光が照らされた。
『サジェスよ、共に!』
『シホよ、共に!』
二人は魔王様と私へ手を差し伸べ、名指しする。魔王様が私へ視線で合図し、マリンジさんの元へ歩み出す。
私も気を引き締め、プレジアの元へ歩み寄り、魔王様と視線を合わせ、同時にそれぞれの手を握る。
プレジアは私を自分の隣に誘導し、繋いでいる手を掲げた。
『『世界の平和のために尽くそう』』
魔王様が手を掲げながら軽く頭を下げる。その様子を視界の端で捉え、私も空いてる手を胸元に当て、頭を下げた。
先程よりも大きな歓声が沸き起こり、何だか私の名前まで叫ばれている気がするのは自意識過剰なのだろうか。
幻聴か? きっとそうだ。幻聴なら『さま』を付けずに叫び給え。私は精霊王補佐の仕事などしていない、平凡な魔王様の菓子職人だ。この姿は、場を忍ぶ仮の姿なのだ!
『今日は気の済むまで』
『楽しんでいってほしい』
ぐるぐると渦巻く幻聴に意識を奪われている内に、儀式は終わったらしい。
手は下ろされ、灯りも全体を照らすパーティー状態だった時に戻っていた。
読んでくださり有り難うございます。
感想や評価など、頂けますと嬉しいです。
誤字脱字などのご報告もお待ちしております。
次話は11月05日(火)更新予定です。
よろしくお願いします。




