第十六話:お披露目パーティーの奔放精霊
そして、悪夢のような日は流れ……。
とうとう当日となってしまった。
パーティーは昼過ぎからの予定のため、午前中は準備をしつつも、私の側では先生が重要事項を記憶に留めるよう、反復して聞かせてくれていた。
何とか上辺を取り繕う程度にはなったが、やはり動き難い服は苦手だ。
矢鱈と長い手袋の意味も分からないし、レースが先端に付いている西洋風の扇子も口元に当てるとクシャミが出そうだ。
ドレープだかギャザーだか刺繍だかレースだかシルキーだのベロアだかの、胸にパッドを何枚も詰め込んだドレス。やや透けた素材のボレロ。
ヒールが細い割に高く、指を締め付けるかのような爪先が狭いパンプス。
後ろで纏めた髪を留めている飾りに、ネックレスやイヤリング、ブローチなどの装飾品まで付けられ、気分はマネキン人形だ。……アイツら、苦労してたんだな……。
全てが魔王様の髪の色である青鈍色を基調とし、瞳の色である水色を加えた色合いで纏められていた。
パートナーとはお互いに、相手の髪や目の色を身に付けているものの色にすることで主張するらしい。
全身を魔王様色で染められている私を見、魔王様は嬉しそうに目を細めて私を見つめており、何だかよく分からない感情が綯い交ぜとなり、かなり恥ずかしい。
魔王様の服装は、普段着ている黒っぽい格好を、私の髪色である濃いめの赤にし、私の瞳と同じ金色も、装飾品や差し色で使われている。
自分の色を纏っている魔王様は、何となく独り占めした感覚に見舞われる上に、色合いもよく似合っており、妙に鼓動が早くなる。
コンセルさんは恐らく留守番なのだろう。部屋の隅で待機姿勢を保ちながら、私に親指を立て、声を掛けてきた。
「シホちゃん、メチャクチャ似合ってる! 完璧だし、魔王様もいるから、あまり気負わないようにな!」
「有り難う。動きがカクカクしそうだけど、魔王様の影に隠れてるよ」
「……シホ、本当によく似合っている……。その……いつもの格好も愛くるしいが……そういう格好も……美しい、な……」
「……あ、有り難うございます……。その……魔王様の、普段と違う色味の服も……凄く似合ってて……格好良いです、ね……プレジア色かと思われそうで……ちょっと、心配ですが……」
思わず出てしまった言葉に自分が吃驚し、私は慌てて口元を両手で掩う。いや、化粧をしていることを思い出したので、既の所で止めているが。
魔王様は一瞬、面食らった顔を見せ、思い出したかのように、私を震撼させる衝撃の言葉を放った。
「プレジアは現在、赤髪金眼ではないぞ」
「え?! プレジア、変わったんですか?!」
プレジアの姿が変わったことを聞き、私は動転して魔王様の顔を覗き込む。魔王様は、プレジアが姿を変えることになった、ダブル精霊王の現状を解説し始めた。
「精霊王が二人であることを活かし、精霊の神秘性を演出すべく、見た目を変えるよう提言してみたのだが、早速、実行していたな」
「な、なななんですと?!」
「性格と口調は同じなんで、あまり変わった感じはしませんでしたね」
愕然としている私へ、コンセルさんも既に会ったのだろう、苦笑しながら自身の感想を付け足した。
プレジアとマリンジさんはお互い、少しずつ妥協し合い、透き通るような色白の肌に身長が百三十センチという、年齢を八~九才くらいに合わせたらしい。
プレジアは、やや垂れ気味な薄紫色の瞳に、金髪のゆるふわヘアをツインテールに。
マリンジさんは、やや吊り気味な橙色の瞳に、銀髪のストレートヘアをポニーテールに。
雰囲気を対照的にしつつも、二体で一体感を印象付けたそうだ。
というのも、人間は見た目で判断することが多いため、少々神秘的な雰囲気を纏わせるとその姿に、より信仰を高める効果がある、と魔王様が助言したらしい。
前にやらかした悪印象を薄めるべく、姿を変えることで代替わりしたと無意識下に錯覚させるという、苦肉の策でもあるそうだ。
精霊の姿は、魔力を使って好みの姿である肉体のようなものを作っているとは聞いていたが、それを変えさせるというか、変えられるというのも、やはり精霊であるのだと再認識させられた。
私も散々、似た存在になったと言われたが、私は私の姿にしかなれないし、作れない。いや、もう一体作るのも無理だが。
やはり精霊というものは存在自体が特殊なのだ。マリンジさんが私を化け物呼ばわりしたのは、一般的な人間と比べて、だったのだろう。
それにしても、プレジアの小さな体やぷにぷに感が無くなってしまっているということが、何だか無性に寂しい。
強引ではあったが、プレジアと二人で過ごした日々が走馬灯のように思い起こされ、二度と会えないような気分にすら、なってしまう。
私の表情からその心情を察したのか、魔王様は、会えばプレジアが変わっていないことを嫌というほど分かると、私に苦悶の表情を見せながら告げ、取り敢えずはこの行事を熟すことに専念するよう、釘を刺した。
そうだった。
それが難関で、菓子職人の任務を全う出来ず、皆に余計な苦労を掛けてしまい、私は申し訳ない気持ちで一杯になっていた。
行事が終わったら、思い切り豪華な菓子を作らねば申し訳が立たない。
「では、そろそろ行くか。コンセル、後は任せた」
「は! お気を付けて」
「これが終わったら! 美味い菓子を作るから!」
私が気を取り直して握り拳に力を入れると、魔王様が声を掛けてくる。
コンセルさんは、執務室にある転移屋の扉を開き、頭を下げて待機すると、魔王様は私が手を載せやすいよう、自分の腕を曲げて私に向ける。
私は魔王様の腕に自分の手を載せ、魔王様と共に魔法陣の上に立ち、精霊界へと飛び立った。
「……美味い菓子って……ずっと美味かったけどな? あんなに時間が無い中、やっぱシホちゃんは凄いな」
首を傾げて考え込むコンセルさんの呟きは、魔法陣で移動した私の耳には届かなかった。
魔法陣の移動は、プレジアと歩いた床がなく上下が分からない空間ではなく、一瞬で到着した。
何だか発光しているかのような床や壁、置かれている物など、部屋の様相が魔王様の執務室にある転移部屋と全く異なり、その変化に吃驚する。
例え精霊界でも、苺擬きの畑でも移動の仕方は変わらない、移動専用魔法陣の凄さを今度はハッキリと感じるのは、周囲に漂う空気の違いもあるだろう。
……これが、元世界の実家と魔王様の城で繋げられれば……!
しかしこの床に描かれている、矢鱈と複雑な図形と模様と文字を混ぜ合わせたようなものを描くのは、私なら、線一本描けずに諦めるだろう。いや、見た瞬間に、脳が無理だと叫んでいる。
抑もこれで元世界へ行かれるのならば、召喚術などなかっただろうが。
魔王様が私から離れ、扉を開けている逆の腕を曲げ、その手で扉の奥を指し示す。
そこには背後に真っ白な光溢れる城のある、森の中に作られた野外ホールのような場所で、半円が段状に広がっており、葉脈のような線が入った半透明の羽根を有する大小様々な人型のもの達が飛び回っていた。
その大きさの違いや、様々な形をした羽根のあるもの達へ、私は驚嘆して視線を彼方此方へと動かしていく。
その時、マナー講座で習った『周囲をキョロキョロ見回さない』という項目を思い出し、俯いて全身を固定させた。
そんな私の様子に、魔王様は小さく笑い声を漏らし、咳払いをして誤魔化した。
「……そういえばシホは、羽根のある精霊を見るのは始めてか」
「……はい。精霊は、プレジアとマリンジさん、それと黒尽くめさん達しか知らないんで、精霊は皆、羽根がなくても飛べるんだと思ってました」
「彼奴等と一般的な精霊達を比べては、精霊達が気の毒かもしれんな」
抑も一般的な精霊は、己の魔力で肉体を作れない。
だが人に魔術を施せるほどの魔法を作れる精霊は魔力の量が多く、人でも視認出来るという。そこまでの力が無い精霊でも、魔力の密度が濃い環境であれば、魔力の高い人間には視認出来るそうだ。
そして強力な魔術を施せるような魔法が作れるほどの精霊ともなると、自身の魔力操作に長けているため、羽根を使わずに己の魔力で浮遊出来るらしい。
因みにあの黒尽くめの男という姿は、歴々精霊王を含め、精霊達の監視任務に就いており、対象の魔力を弱める能力があるらしく、絶対的信頼の置ける精霊にのみ、その姿を伝授されるという特別仕様で、あの姿がその身分をも表すのだそうだ。
「つまり昔から、職務放棄する高魔力の精霊がいた、ということですか?」
「……元来精霊は、己の欲求に忠実であるが故にな……。高魔力であれば己を律する力に長ける、と伝え聞いていたのだが……」
魔王様は私を引き連れ、移動しながら精霊界の話を続け、苦笑する。
過去の精霊王補佐をした者達の日誌が残っており、大体の対処方法などが書かれている中、やはり黒尽くめの者達が職務に戻るよう連行していく精霊王も少なくなかったらしい。
元々精霊王補佐とは、精霊王が制御しきれないほど人口が増えたために作られた役職らしいが、それまでの精霊王は一体どうやって世界を回していたのか、という疑問が魔王様の脳裏に焼き付いて離れないそうだ。
それが分かれば、魔王様の仕事がもっと楽になることは明白だ。
魔王様は、私が座るために椅子の背を引いてくれ、私はそこにそっと腰掛ける。魔王様もその隣に座り、二人で精霊王について思案に暮れた。
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次話は11月01日(金)更新予定です。
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