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第十五話:変化する体のお貴族修業

 夕飯でシロップおじさんの絶品料理に『金色夜叉改変図』が渦巻きながらも舌鼓を打った後、キッチンでフィユタージュ・アンヴェルセの続きを行う。

 そんな冷えた体を温めるために、スタンディングサンドバッグのスイッチに魔力を込め、最初から試してみた。


 初心者、初級者、中級者、上級者が三段階ずつあり、その上にコンセルさんと魔王様も三段階で選べるようだ。

 三段階中最高の魔王様が、真の実力の魔王様、か……? それ以上は、例え空想上の生命体だとしても不可能だろう。


 しかし、呆気なく上級最大まで終わってしまい、何だかやる気が削がれてしまった。

 やはり、此方こちらも相手の攻撃をかわしつつ攻撃しないと面白みに欠け、難易度も急に下がってしまう。

 これだけ広く場所を取っているのだ、タイマンくらいは出来そうだが……。いかん。脳が戦闘モードになってしまった。


 私はサウナと風呂を堪能し、改めてトレーニングルームの壁一画が鏡になっている、その前に立つ。

 トレーニングの際、正しい姿勢を保っているかを確認するための鏡だ。

 魔術の効いた鏡は、曇ることなく私の姿を映している。


「……何か、瞳孔まで変形してるような……?」


 光の加減で拡縮することは知っているが、少々縦長になってきているようにも見える。

 なら、獣人族に?! とモフれる尻尾を期待するが、耳は元のままで尻尾も生える様子がない。逆に体毛が薄くなっているように感じられた。

 だが瞳孔も体毛も、気のせいだと言われればそうであろう範囲ではあるが。


 ……まあ、魔力の塊を変化させ、元の体に手を加えつつ再現しているので、そこまで細かいことはいいのだが。


 人間の体のままだった時から変化していた、というのは、研究者である先生を疑うわけではないが、他の異世界転移された者達でも、元の世界に戻るまで纏わせた魔法で見守っていたため分かるが、そのような変化をしたものは誰一人いなかった。

 一体どういうことなのか。ハッキリしなくて気持ち悪い。


 ……私としては、好きな色合いなのでいいが、魔王様の好みはどうだろうか?


 思わず、再びPEAで強化されたドーパミンに翻弄される己に喝を入れるべく、トレーニングルームで器具を一通り試し、水を浴びて頭を空っぽにし、布団に潜り込んだ。



 翌日。魔王様に呼ばれ、執務室へと赴く。


「シホ宛てにプレジアから手紙を預かっている」

「手紙、ですか? わざわざ何だろ?」


 魔王様は机の引き出しから、封蝋で閉じられた封筒とペーパーナイフを取り出し、私に手渡す。

 私はわざわざ手紙を送るプレジアの行動に疑問を持ちつつ、それを受け取った。


 繊細な細工が施されつつも派手過ぎない、重厚さを感じさせるペーパーナイフからも、魔王様らしさが表れている気がする。

 私が持っているペーパーナイフは、黒塗りの鞘に入っている金鍔の日本刀をかたどったものが、元世界の自室にあるペン立てに刺さっているが、私が封書を開ける時には一々使うのが面倒で、封書の隙間へ指をねじり込んで切り開くため、最早飾りと成り果てている状態だ。


 それに封蝋で止めるような手紙をもらう機会もなく、やや厚みのある紙全体に模様が薄らと入っている、端々に飾りが刻まれた高級感溢れる封筒を、切って開けるのが勿体ない気もするが、セットで渡されたということは、封蝋をそっと剥がして綺麗なまま開ける、という選択肢はないのだろう。

 私はお借りしたペーパーナイフで封を開け、中に入っている瀟洒しょうしゃな紙を取り出して開く。

 見出しのように書かれている、招待状という文字が目に飛び込み、私は瞠目して紙に顔を近付けた。


「……へ?! い、一週間後に……お、お披露目パーティー?! って、何ですか?!」


 魔王様と議会をしたり、黒尽くめの男達に連れ帰られたりしていたのは、このためだったのか。

 それは分かったが、何故私に招待状が届くのか、お披露目パーティーとは何ぞや? という疑問が湧き上がる。

 内容を読んでもいまいち理解に欠ける私は、見開いた目のまま魔王様へ視線を移した。

 あまりの驚きで、珍妙な顔になっていたのか。魔王様は驚愕して体を少し後退させるが、直ぐに平静を取り戻し、姿勢を正して内容を解説してくれた。


「……忙殺していた故に遅くはなったが、精霊界にて精霊王達のお披露目が行われることとなった。そこにシホも参加してほしい、というプレジアからの招待であろう。早速、服飾担当を呼ばねば、だな」

「ふ、服?! つまり! これはそのっっ!!」

「人間でいう、戴冠式のようなものだ」

「そんなの、参加したことありません!!」


 開き直り、胸を張って言い切る私に、今度は魔王様が瞠目して私を凝視するが、異世界人ではそういうことがないのだろうと解釈した魔王様は瞑目し、どう説明すべきかと思案する。

 私は補足としてテレビで見た、アカデミー賞やグラミー賞などの式典や、ライトノベルで読んだデビュタントなどの儀式、歴史で習った戴冠式や即位の礼などの、知っている内容である、全体から見れば、ごく一部を上げる。

 魔王様も私の説明では、詳細が浮かばないようではあるが、苦悶の表情で腕を組み、恐らく大まかにいえば、そのようなものだと示唆する返答をした。


「無茶です!! 一般庶民はそんな場所、行かないんで!!」

「そうなると、招待したプレジアの面目が潰れることになるが……構わんか?」

「大いに構いますっっ!!」

「ならば、諦めろ。私も参加する故、フォローはしよう」


 ……何だか魔王様の笑みが、『魔王』っぽい気がするのは、気のせいだろうか……?


 ということで、私は礼儀作法やマナーなど、正に異世界の貴族的な教育を一気に詰め込まれ、礼服という名の、呼吸困難で倒れる人もいるというコルセットで締め上げるという拷問を受け、大の苦手なフリルとレースを全身に纏う羽目になった……。

 プレジアェ……。


「もっと締めますよ!」

「うぎぐがごぐううっっ!!」

「シホちゃん! 頑張って堪えて!!」


 私の背中に足の裏を置き、メイドさん達が必死に紐を締め上げる。その中にはファムルもいるのだが、ファムルは声を掛けつつ、結構容赦がない。


「……と、このような解釈になりますので、言外に意味のある言葉は全て暗記しましょう」

「せ、せんせえ……?!」


 本職が魔術研究者であるはずの先生は意外にも貴族関係に詳しく、言葉の意味や動作の意味など、色々と私の脳に詰め込もうと必死だ。


「……もっと早くから、教えていればよかったですね……すみません」

「……いえ。必要なさそうだと、記憶に残りませんので……」

「ですが、魔王様のお相手となるのを知っていたのに! 完全な、私のミスです!」


 無くなったはずの午前の授業が復活し、空き時間全てが貴族の知識を得る時間に埋め尽くされる。

 その間、どうしてもしなければならない途中である菓子の作業ですら、隙を見ておこなっていた。

 そのため短時間で出来る菓子を作り置きし、同じようなもので菓子の時間を過ごした。

 魔王様にコンセルさんと先生、三人共が少々寂しそうに過ごしていたのだが、記憶力の悪い私には、菓子を作る時間も割かなければ覚えきれない状態だったので、皆、不平不満を言わず、菓子を褒めることに苦心しているようだった。


 ……菓子職人として、悔しさと申し訳なさで一杯だが、私のせいではない、と思う。……いや、記憶力は、私の脳のせいではあるが……。

 ……プレジアェ……!


「……次からは、数ヶ月前に知らせるよう、いっておこう」

「いや、もう行きませんて!!」

「……それは、私の相手として参加するのは嫌だ、ということか?」

「なっ! っぅぐぐぅっっ!! ひ、卑怯ですよっっ?!」


 そういえば魔王様は、いわば世界人類の王だった。各国各人種のお偉方から、何かしらの招待があるのかもしれない。

 今までどうしていたのかは知らないが、他の女性に頼むとすると、やはりその人が魔王様の特別な人として認識されてしまうのだろうか。

 それだけは御免被りたい。だが、キツい。礼儀作法も、覚える端から抜け出ていく気がする。

 私のために、平民になって! と言えるなら言いたいが、それが出来ればなっているであろう魔王様の心を思い、ぐっと堪える。


「流石、運動神経も飛び抜けてるだけあって、ダンス、上手いな!」

「……コンセルさんこそ、踊るのが上手いとか、やっぱ、そういう場所に行くんだ」

「あくまで護衛なんで、殆ど参加しないけどな。けど、魔王様の側にいると、やっぱ、そういう機会が多いし、な……」

「……二人共、苦労してんだね……」

「……シホちゃん、頑張れ!」


 魔王様が忙しい時、コンセルさんが社交ダンスの練習をしてくれる。

 魔王様と同じく、何でも熟せる印象があるコンセルさんは、やはりダンスも上手い。

 魔王様とコンセルさんの苦労を思い、遠い目をする私を、コンセルさんが憂い顔で励ましてくれた。

読んでくださり有り難うございます。

感想や評価など、頂けますと嬉しいです。

誤字脱字などのご報告もお待ちしております。


次話は10月29日(火)更新予定です。

よろしくお願いします。

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