第十四話:パート・ド・フリュイの魔力色
昼食後、今日の菓子を作り終えた私はキッチンの室温を下げ、手もしっかり冷やし、別の作業に挑む。
……この部屋なら失敗しないはずだ、多分。
フィユタージュ・アンヴェルセ……バターで生地を織り込んでいくパイ生地だ。
通常は生地にバターを織り込んでいくのだが、この逆バージョンは難易度が高いだけあり、美味さが半端無い。バターの風味が濃厚で、ハラハラとした繊細な食感が癖になり、濃厚なクリームに負けない味が堪らない。
元世界で食したそれを作るには、厨房の温度はやはり高めになってしまい、断念していたのだ。
折角なのでバターは発酵バターを使うことにする。これで一層、奥深い風味が出る。
作っておいたバター生地……バターに小麦粉を三割ほど混ぜ、長方形に成形した生地と、デトランプ……小麦粉とバターに水と塩を少々混ぜたパイ用の生地を冷やしておき、バター生地の真ん中に通常生地を載せ、バター生地で包むように折り畳む。
それを麺棒で伸ばし、三つ折りにして縦横交互に三回ほど伸ばす作業を繰り返し、数時間冷やす。
これを三回ほど繰り返し、やっとパイ生地状態になるのだ。
一回毎に冷やし、五回ほど繰り返す手法もあるそうだが、こんな状態をそう何度も味わいたくない。
密閉した生地を冷蔵庫に入れ、部屋の温度を適温に戻し、お湯で手を温める。
通常のパイ生地などもバターを溶かしていないサブラージュという、粉に馴染ませる手法を作る時は、必ず氷水で手を冷やして作業しないとバターが溶け、折角の手法が台無しになってしまう。
まあ、私が作るものはクレメ……バターを柔らかくして作る手法が多いが。
私はサウナ横にある部屋……水風呂用だが温水も出てサイズが丁度いいため、此方を風呂場にしている、そこでシャワーを浴びてから暫しの休憩を挟み、厨房から今日の菓子を取り出し、食堂へと赴いた。
切り分けたチョコレートケーキの上に、各々のゼリー人形を載せて渡す。
三人は目を見開いて歓声を上げ、頬を染めてゼリー人形を食い入るように見つめたまま静止している。
「冷えてる方が美味しいから、先ずはケーキを食べてくださいな……」
私は悲しい雰囲気を装い、ケーキを勧める。
本当は、嬉しくて跳び上がってガッツポーズして踊り回りたいくらいなのだが、ゼリー人形はあくまでオマケで、メインはチョコレートケーキだ。
本来ならフルーツ系のケーキに付ける物だが、興に乗って作ってしまったので、若干恥ずかしい気分でもある。
「うむ、ケーキの飾りも美しい! 然もチョクラとユナモが、ギュールと軽やかに舞っているかのようだ!」
「うん! ユナモがアクセントになってる! チョクラの染み込んだ生地に合ってて美味いな!」
「シホさん、飾りが苦手だと仰ってましたが、凄く綺麗な物しかお目に掛かってませんよ!」
「確かに!」
「だが、腕を上げたのも確かだ。味も無論のことだが」
「まあ、毎日作ってるんで、上達しないと困るんですが」
魔王様は特に具合が悪そうな雰囲気もなく、いつもと変わらない様子……いや、チョコレートのケーキなので、いつも以上に元気そうで、顔色にも輝きが増している。
備蓄用にもチョコをなるべく使った焼き菓子にしているのだが、クリーム状の方が好みらしい。……チョコが濃厚だからだろうが。
お代わりを取り分けていると、魔王様が私の菓子皿を注視して呟いた。
「……シホ人形はいなかったが……何故作らなかった?」
「いや、面倒になって、つい……。色も作り難い色なので」
日本人である私は茶系なので、果物を煮詰めたソースを組み合わせても作り難い。
かといって、チョコソースをパートドフリュイに入れると味がイマイチだ。……チョコレートケーキに合わせておいて何だが。
それに三人の色を作るので力尽きてしまい、面倒になってしまったのだ。
……やっぱ、マジパンで作った方が良かったか? いや、それにフルーツソースで色付けしたらもっと合わないだろう。
私がデコレーションについて思案していると、魔王様が空を見つめ、回顧しながら呟いた。
「しかし、此方へ着た当時より、髪は赤く、瞳は金色が強くなったかと思うが……」
「へ?! マジですか?!」
「そういえば、確かに……。赤毛で金眼じゃ、なかったよな……?」
「え?! 私が授業を始めた頃には既に、赤っぽい髪に黄色味を帯びた瞳でしたが?!」
「へ!? そ、そんなことはないです! 日本人は黒か茶色程度がほぼ定番なんで!」
全員の発言に震撼し、私は元世界の特徴を述べる。
抑も変化していたら、自分が一番早く気付くはずだろう。鏡に赤毛で金眼の自分が映っていたら、ほぼ確実に他人と思い、挨拶をしてしまうに違いない。
「だが、毎日見ているが故、変化に気付き辛いと聞くが」
「そ、そうですか? それなら作りやすくていいですけど」
「シホちゃんの感覚、そこ?!」
確かに細かいことは、菓子以外に気付かない性質で、あまり真面に自分の顔を見ず、鏡へ向かっている気もする。
魔王様の意見も尤もだ。それなら苺擬きとレモン擬きで簡単に作れたものを。
そんな本音にコンセルさんが驚いて声を上げる。
しかし、三人が「シホなら然もあらん」とか「シホちゃんだしな」とか「シホさんは本当に」など、本人を目の前に堂々と私の無頓着さを語り合っている。
……菓子には頓着してるんで、いいじゃないか!
多少は自覚しているが、話題の種になるほどとは思っていなかったため、私は不満げに話を聞きつつ、ケーキを平らげた。
菓子の時間を終え、授業のために新しい部屋へ戻り、先生も伴って洗面所の鏡で確認する。
「……あー! 確かに赤毛っぽいし、目も金色に見えますね……」
「……何故、変化に気付かなかったんでしょうか?」
確かに焦げ茶だったと思う髪は、色素が抜けて赤っぽく変色し、薄茶色の虹彩は黄色が混ざり、金色に見える。
魔力で体を変換したからなら分かるが、先生が授業をしてくれるようになった時から、その兆候が現れていたということは……どういうことだ?
「魔力のある世界に来たことで、シホさんの中にあった魔力が目覚め、変化を齎していった、とも考えられますね」
「えっっ?! 魔力で色が変わるんですか?!」
「魔力の系統が色素に影響する例は、かなりありますね。魔力が高いほど如実に表れているという、調査結果が出ています」
統計的にも証明されてしまったのだが、一応地球人である私でも、魔力があると左右されるのだろうか。
先生は魔力と系統の色を、解説してくれた。
「先ず、最も影響力が強いのは、高位属性である聖、邪、光、闇は、金、銀、白、黒が色濃く表れるそうです。この属性を持った人間は、極めて稀ですが。因みに魔王様は、全属性をお持ちです。流石ですよね!」
「おお! やっぱり凄いんですね」
極めて稀な属性を全部持ってるとか、流石魔王様だ。
私の目は金っぽいが、元の色に黄色が加わったような気がするので、多分別物だろう。
次に影響が強いのは準基礎で、雷が橙色、氷は藍色、木は茶色で、金属は灰色、毒が紫色。
四大基礎の火は赤、水は青で、風が緑、地は黄色になるらしい。
「混ざって出ると、系統が分かり難いため、あまり色で判別することはありませんが」
「けど、茶色が薄くなって赤っぽかったり、金っぽかったり変色するって、木属性がそれだけ弱いってことでしょうか?」
「シホさんの場合、弱いからではなく他が強すぎて、かと思いますが」
つまり私は、木属性よりも火とか地とかが強い、ということだろうか。
だが、色が混ざるとどの属性かを見分けるのは難しく、色で判別するのはやはり適切ではないようだ。
「徒、シホさんは属性に関係なく操作出来るので、意味が無いとは思いますが」
先生の言葉が胸に刺さり、思わず顔を背けてしまう。
自分の分身……『私』を作ったことで魔力が激減し、魔力の粒が見えなくなった私は、自身の魔力以外の、空気中にある魔力の粒などを操作することが出来なくなってしまった。
そのため、使いそうな魔術を先生に教わったので、操作する必要性は今のところ、無い。
だが魔力の粒にも意志があり、加工するとその魔力の粒に色が付いていくことなど、魔力の粒に対する情、という名の未練が残っており、仕方ないとはいえ、やはり時々、寂しくなる。
……いや、『私』は凄く便利だし、わざわざ作った甲斐があるんで、これで良かったんだ!
思い出したせいか、再び魔力の粒が浮遊しているかのような錯覚に見舞われる。が、それが幻であることは、直ぐに消えてしまうことで再確認させられる。
私は気持ちを切り替え、人種による属性傾向などの授業に集中した。
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次話は10月25日(金)更新予定です。
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