第十一話:揃っている備品の恋人定義
翌朝、朝食後にファムルを部屋に誘うと、中に入った途端、ファムルは感嘆して声を上げた。
「わあ! こんなに格好いい部屋が出来たんだ! 流石魔王様だね!」
「へ? ファムルの意見が通ったんじゃ?」
「シホちゃん好みの雰囲気は書いたけど、流石にここまで設計出来ないよ?!」
確かに建築に携わる人でないと、ここまで細かく設計は出来ないだろう。
どうやらスアンピを除くアンケートに答えてくださった皆さんが、ちゃんと考えて回答してくださったようだ。有り難くて私は足を向けて寝られない。
それをあっという間に集計して図面を作り上げてくれた魔王様とコンセルさんにも頭が上がらない。
「トレーニングルームは、空き部屋活用かな? ここって奥まで広いし、小さい部屋にするのって大変だったと思うよ」
「成る程、そう考えると、魔王様とコンセルさんには感謝しかないね」
ファムルと話しながら部屋を一回りしていると、いつの間にか鬼ごっこのように、彼方此方から出たり入ったりして遊んでしまう。
息切れを起こすファムルとお茶をして休憩すると、荷物の入れ替えを手伝ってくれるというので、新しい部屋へ、使っている物を移動させていく。
こういう作業には内扉が活躍するが、それ以外ではどうするべきか、いっそ塞いでしまうか。しかし、ファムルが天蓋付きベッドを気に入っているので、遊ぶ時にでも使うか。……贅沢だなあ。
台所には、既に新しい器具や色々と使っているものが揃っており、厨房から持ってこなくてすむので助かるが、ベッドにはシーツに包まれた布団や枕もしっかり敷かれている。
クローゼットや本棚にも、予め使うと思われるであろう物が収納されており、筆記用具やノートの類いも、棚や机の引き出しなどに入っている。
トレーニング機器らしきものは言わずもがなで、使い方すら分からないが、武防具収納部屋の中には新たな装備が置かれていた。
流石に衣装類は、と思ったが、何故か普段着からドレス類が並べられ、靴下やレギンス、シューズ類も充実した品揃えの上、下着類まで引き出しの中に分類され、ご丁寧に仕切りまで付けられていた。
……完全に、両方使うこと前提で揃ってるよな……。……流石に、魔王様やコンセルさんが入れたとは思わないが……何だかなあ……。
妙に色気のある、布地の少ない下着らしきものに、レースやフリルが無駄に多く縫い付けられた品々を見るに、下着の販売に携わっているような専門家が揃えたのだろう。
だがスポーツブラやボクサーパンツにまで、レースやフリルを付ける必要はないと思うのだが、そう思うのは私の嗜好故なのだろうか……?
「シホちゃん、お気に入りの服とか、下着類は入れ替えとく?」
手伝ってくれているファムルが、引き出しに入っている下着を見て硬直している私の横で、前屈みになって顔を覗き込む。
私の何倍の布がいるだろうか。屈んだことによって谷間が見える、撓わに実った果実は大きく、柔らかそうに揺れている。
「……だね。雰囲気的にも、こっちに入ってる物は、向こうの部屋に似合いそうだし」
「今度、パジャマパーティーしよーよ! ここのお風呂は泳げそうだし、水着パーティーでもいいかな?」
「ナイスアイディア! イイね! 絶対やろう!」
思わずガッツポーズしたくなるのを抑え、ファムルと笑い合い、お互いの拳を当てて約束する。
華美な服や下着類などの、新しい衣装部屋に入っている物を全て、元の部屋の衣装部屋へ突っ込み、布地が不規則且つ雑多に切り替えられたTシャツ類や、意味なく付けられた金具の多いパーカー類、裾が綻んでいるショートパンツやハーフパンツにGパン風パンツ類などの気に入っている服と、来た時に着ていたルームウェアや、布地しかないタンクトップと下着を入れ替えていく。
「……シホちゃん、こんなに変わった服が好みなのに、魔王様、分かってないのかな?」
「いや、好みの服とか下着が、頼みもしないのに入ってる方が怖いし」
「え? 恋人なのに、怖いの?!」
「へっ?! 恋人って下着の好みまで知ってんのッッ?!」
私はファムルの疑問に驚きを隠せず、ファムルの声がした方へ素早く顔を動かす。私の返答にファムルは喫驚して私を注視していた。
「ぜ、全員がそうじゃないと思うけど……いつかは……そうなるんじゃない、かな……? そ、それより! 何で一番に教えてくれなかったの?!」
「あ、ご、ゴメン! 何ていうか……ちょっと言い出し辛くって……。……ファムルは誰に聞いた? ……魔王様が、そう言った?」
「え? ううん、コンセル様がちょっと寂しそうに言ってたよ」
「コンセルさんか! マジカ!!」
コンセルさんが寂しそうだったのは、恐らく魔王様との時間が奪われることを懸念したのだろう。現状、そんなことは無さそうなのだが。
ファムルは一番に話してくれなかったことが不満だと、頬を膨らませて拗ねてみせるが、狼狽える私を見、笑って許してくれる。
「いつかは魔王様のお妃様だね! そうなっても、遊んでくれる、よね?」
私は、好みの菓子を言い合っていたら何故か、宇宙の壁が膨張する現象についての考察にまで話題が飛んだような気分になる。
しかし、ファムルがあまりに寂しそうに上目遣いで見つめてくるので、私には首肯することしか出来なかった。
ファムルがメイド長に呼ばれたため、私は一人、恋人について黙考した。
確かに魔王様は、私を恋人だといってくれているが、抑も恋人とは、どのような関係なのだろうか。
私は『私』を使い、ネットで検索して表示された文字を読み、戦慄が走る。
「相思相愛が『恋人』で、付き合うと『彼氏』『彼女』になるのか!」
但し、それは恋愛の場合に限るようだ。
相思相愛という言葉自体は友情やビジネス関係でも使え、両片思いや両思いとは異なるらしい。
まさか、こんな意味の違いがあるとは。
ネットが知っていても、お釈迦様は知るまい。
神が知ろうとも、お地蔵さんは子供の守り神だ、知るわけがないだろう、多分。
空の神と冥界の神では、どっちが知っているだろうか。
閻魔様は詳しそうだが、どうだろうか。
動揺した私の脳が混乱状態に陥り、ぐるぐると文字が渦を巻き、奇妙な思考に陥る。
しかし、ということは、まだ付き合っていない状態であるため、『彼氏』『彼女』状態ではないわけだ。
しかしどうやって、その状態になるのだろうか。
お互いに感情を知らせた上で、更に交際の申し込みを別に行わなければならないとは、恋愛とは何故これほど面倒な段階が多いのか。心臓もよっぽど強くなくては、到底為し得ない行動だ。考えただけで、口から心臓が飛び出しそうな勢いだ。
……深呼吸をして落ち着こう。またPEAがドーパミンを強め、冷静さを失わせているのだ。
医学的に知ると、何となく抗いたくなるのは何故だろうか。
抑も元世界と同じことが、魔力のあるこの世界の人間にもあるとは限らない。
徒、先生も特殊な魔力が快楽を上昇させる作用を施し、正常な判断を鈍らせることが解明されていると言っていた。
しかし、それが同じ作用であるとは、まだ証明されていない。
一つ分かったことは、天蓋付きベッドは確かに広いが、カーテンを下ろせば新しい部屋の寝室より狭くなるということだ。
「……ゴロゴロしてたら、余計に色々考えるよな」
私は無心を求めて厨房へと向かうため、天蓋付きベッドから起き上がり、厨房に移動した。
私は予てからシロップおじさんに聞きたかったことを尋ねてみる。
骨や皮や腱から抽出する物質、ズバリ、ゼラチンだ。
「骨や皮や腱、ですか? ありますが、抽出物もありますよ」
「あ、やっぱりあるんですね」
「これでよければ、お好きなだけ使ってください」
シロップおじさんはシート状になったゼラチンの置き場所も教えてくれ、器に入ったシートを取り合えずと手渡してくれる。
有り難くゼラチンシートを貰った私は、暫しその場に立ち尽くした。
キッチンが出来たら、作りたい素材が目白押しだと思っていた。が、環境が整うと案外忘れてしまうものらしい。
……他に何を作ろうとしていただろうか。無心になりすぎたのもあり、忘れてしまった。
そうだ、初心だ! 初心に戻るんだ! あ! その言葉で思い出した!
部屋のキッチンで作業するため、ゼラチンと大量のチョクラを持ち、部屋に戻った。
キッチンの作業台に向かい、私はチョクラ……カカオニブ状態と思われるチョコを凝視した。
これを、何度も石臼のように回転させながら細かく擂り潰すのを繰り返し、ペースト状にする。
それを布に包み、液状のものが透明になるまで、かなりの圧力を加えて搾油する。
透明の油に全粉乳と砂糖を加えて数日、風魔術で攪拌させておく。出来た塊は粉砕して粉にする。
攪拌した白い物を温水と冷水につけて混ぜる作業を続け、型に入れて冷やし固め、今度は一定温度で暫く熟成させる。
この工程を行おうと周囲を眺める。
空調はきちんと効き、扉もしっかり閉まるため、部屋の外に匂いが漏れることはなさそうだ。
そうでないと出来上がる前に発見されてしまい、下手をすれば彼の方に全て平らげられてしまうかもしれない。
私は緊張を伴いつつ、作業に入った。
料理のために習った、重力操作魔術と風魔術による粉砕魔術を使い、石臼で潰していく感覚で何度も擂るのだが。
大量のチョクラをペースト状にまで粉砕するのも結構な時間が掛かり、見張っているのが馬鹿らしい気がした私は、魔術を掛けたまま放置することにした。
読んでくださり有り難うございます。
感想や評価など、頂けますと嬉しいです。
誤字脱字などのご報告もお待ちしております。
次話は10月15日(火)更新予定です。
よろしくお願いします。




