表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/114

第九話:桃のヨーグルトムースタルト

 一眠りのつもりが、昼前になってしまった。

 だが私は寝ぼけながら壁の時計を見、深夜の気分で再び寝ようとする。だが自分の中で覚醒している部分が、認識した感覚に違和感を感じたのか今日の出来事を思い起こさせ、私は時間を再確認した。

 時刻は、()()十一時二十分。


「わあああっっっ!!! な、何てこったっっ!!!」


 コンポートにしておいた桃を放置していたことを思い出して慌てて起き上がるが、キリのいいところまで作業が進められるほどの時間はなさそうだ。

 しかも朝に食べ過ぎてしまい、その後に爆睡をしたせいか、まだ腹が減っていない。

 だが、食べないという選択肢など、私にはない。


 ……この時間を使って、腹を空かすッ!!


 私は庭園でダッシュとランニングを繰り返してカロリーを消費し、昼食に備えた。



「あああ……何やってんだ、私は……」


 昼食を堪能した後。

 調理台の前に立ち、己の愚行に呆れ返って項垂れつつ、作業を進めていく。

 タルト生地を型に敷き、空焼きしてから冷やしている間、コンポートにしておいた桃をいくつか取り出し、己の愚行に雄叫びを上げそうになりながら漉し器で裏漉していた。


 このままでは、菓子のレベルアップどころか、ダウンしてしまうではないか。

 頭の中を『金色夜叉改変図』と共に二人の仲良さそうな笑い声が、渦を巻きながら木霊する。

 思わず魂が抜け出していく感覚に陥り、私は自分の頬を叩いた。


 初心に戻ろうと考えていたのに、何という為体ていたらくだ!

 私は、最初こそは同値段の菓子を買うよりも自作の方が美味いと思い、更に自分好みの味に出来ることからハマった菓子作りだが!

 今の菓子作りは、私が魔王城ここにいるための仕事だ!

 自分の向上を怠るな! 味が変わらなければ、いつかは飽きられる!

 魔王様のためといいながら、私欲に走るな!

 シロップおじさんが美味しい菓子を作れるようになったら、教わればいい!

 そして、自分が美味いと思う味を、貪欲に追求しろ!!


 私は己を奮い立たせ、裏漉している手に力を入れてピューレ状にまで桃を漉し、生クリームを泡立てる。

 桃ピューレにレモン汁とヨーグルトを加え、味を見ながら砂糖を加えて掻き混ぜ、水溶き片栗粉とペクチンを入れてよく掻き混ぜる。

 ホイップと桃クリームを、空気を潰さないように気を付けながらも急ぎつつ、よく混ぜてからタルト型に流し入れ、冷やし固める。

 その間に残りの桃を、三ミリほどに切り、固まったムースの上に、切った桃が中央にいくほど丸まるように敷いていく。

 コンポートを煮て出来た液にペクチンとレモン汁を入れて煮詰めて上に注いで固めれば、桃のヨーグルトムースタルトの完成だ。

 タルト生地を少し高めに脇へも敷き、型崩れしないようにしてみた。

 白いムースの上に、ピンク色の透明なゼリーの中から薔薇を模した桃のコンポートがうかがえる。


「よし! 見た目も味も文句なし!」


 味を見ながら作った桃のムースは、桃の芳醇な香りが漂い、ヨーグルトとレモン汁の酸味が桃の甘味と相俟あいまって、爽やかをあわせ持ち、生クリームの濃厚さも兼ね備えると、更なる甘美な風味を醸し出す。

 酸味が少なく甘味が強いが、その甘さが爽やかである、桃ならではな菓子だ。

 桃のコンポートやピンクの透明部分も、桃の味が濃縮した甘さがムースと合わさることで更に桃の良さが引き出される味に仕上がっている。

 私は背筋を伸ばし、桃のヨーグルトムースタルトを食堂へと運んだ。


「ペーシはかなり美味いと思ってはいたが、ここまで洗練された旨味に変わるとは……!!」

「ギューガーの風味が此程これほど合うと思わなかったな! 流石シホちゃん!」

「このプルプルにギュッとペーシの味が詰まってて、ペ-シを甘く煮た物もですが、全体と合わさると、更に美味しくなるんですね!」


 ペーシは桃で、ギューガーはヨーグルトのことだ。

 乳製品はギューという牛にあやかってか、始めにギューと付く名称が多い。

 羊や山羊など、他にも乳を出す動物との違いはどうしているのだろうか。思えばその辺の知識が欠けている。あとで先生に質問してみよう。


 やはり甘味王である魔王様は、果物の桃を気に入っていたらしい。瞠目しながらも、音速くらいはありそうな早さで食べ進めていく。

 コンセルさんも先生も、夢中になって頬張っている。


 ……気に入ってもらえて何よりだ。


 私が魔王様の差し出す皿に新しく一切れ載せて渡そうとすると、魔王様が何かを思い出したように口を開いた。


「シホ、アピカ。授業中、少々隣が騒がしくなるやもしれんが、許せ。妨げになるほどの音はしないはずだ」

「へ? というと?」

「シホさんの新しい部屋を作るんですか?!」


 何かあると思ったが、すっかり忘れていた。気持ちの切り替えが上手すぎて、我ながら吃驚だ。

 先生が瞳から光を放ち、ほんのりと頬を紅潮させ、両手の指を組み合わせて魔王様と私を交互に見つめる。


 そういえばキッチン増設のお願いだったはずが、新しい部屋にまで及んでいたのだった。

 私の部屋がある場所は客間の区域らしく、扉のある壁には、かなりの距離を空けて扉が幾つかあった、と思う。

 階段が傍にあるので厨房へ行きやすかったが、隣からだとどうなるだろう。小さい部屋にしてくれれば、近いままでいられるのだが。


「……それにしても、もうアンケートの集計、終わったんですね。早すぎません?」

「魔王様の作業能力を侮ったら困るな。俺もだけど、集計作業くらいなら朝飯前だな」


 コンセルさんがタルトを咥えながら胸を張る。

 どうやらコンセルさんが集計した内容を、魔王様が選別して決定したらしい。

 あんなに色んな人に配った、内容ぎっしりのアンケートを集計するのに朝飯前とか、やっぱりコンセルさんもチート過ぎる。

 だからダブル精霊王が頼り切ってサボるのだろう。部下と思われる精霊達……黒尽くめの男達のためにも、もう少し手を抜いてほしい。そうすれば、魔王様の糖分渇望欲求が多少なりともマシになるのではないだろうか。

 完璧に治ったら私がお払い箱になるので、それはそれで困るが、その時は別の方法を考えて、魔王様の力になればいい。

 別のことに思考を奪われ、黙考していると、不安に思っているのかと思ったのか、魔王様は胸を張り、誇らしげな瞳で私と視線を交わす。


「今度は完璧だ。間取り図ではなく、出来上がった部屋を見、シホの反応を見たいと思っている」


 何だか嫌な予感がしなくもないが、何度も城を直してきた魔王様だ。改築作業なら、それこそ朝飯前なのだろう。

 またデカすぎたら堂々と拒否しても許されるのではないだろうか。

 しかし、今回はコンセルさんも自信満々な様子なので、どうやらサイズバグは起こしていないように思われる。

 それに、ファムルもアンケートで私の要望をそのまま書いてくれたことだ、何だか大丈夫な気がしてきた。


「分かりました。楽しみにしてますね」

「う、うむ……。授業が終わる頃には……見せられるであろう……」

「先生もよかったら。な、シホちゃん」

「うわあ! いいんですか? 楽しみですね、シホさん!」


 私が嬉しくなって魔王様に笑顔で答えると、魔王様は耳を赤くし、動揺しているかのように言い淀む。

 部屋の完成が矢鱈やたらと早いが、そこは魔力のある世界。やはりチートだ(狡い)

 先生も部屋を見たそうにしているので、私がコンセルさんへ視線を動かすとそれで理解したのかコンセルさんが先生を誘い、一緒に部屋を見ることになった。


 ……これで、時間が掛かる付きっきりの素材や、菓子作りが開始出来るぞ!!


 私は先生と微笑み合い、どんな部屋か、お互いの予想を語り始める。

 その間に菓子の時間が終わりを告げ、授業後の楽しみを支えに、授業のため、部屋へと戻っていった。

読んでくださり有り難うございます。

感想や評価など、頂けますと嬉しいです。

誤字脱字などのご報告もお待ちしております。


次話は10月08日(火)更新予定です。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ