第八話:食べるラムネの和食畑
「こ、こっっれ、で……こった、えらっれる、かっっよッッ!!」
「あ、そっか」
掛けている方は痛くはないので、思わず勘違いをしてしまった。
私はスアンピに掛けている技を解き、改めて答えを待つ。
「そりゃ、デッカい部屋に高級家具、暑い時は扇ぐ専門のメイド、喉が渇いたらその時に飲みたいモンをさっと持ってくるメイドに……ッッッ?!! いでででででっっっ……!!!」
私はスアンピにハンマーロックを掛け、捨て置く。
……何てことを書いたんだ! 魔王様が参考にしたら、どうするんだ!
私は部屋で遭難する自分の姿を想像して背筋が寒くなり、身震いしながら料理人達に、生活のしやすさを考えた回答か『不明』と書くよう、お願いして回り、調理台の前に戻った。これで過半数は、真面な意見を書いて……くれていると、いいなあ……。
私は擂り潰した砂糖に片栗粉を篩い混ぜ、水とレモン汁を加えてよく混ぜる。
水分がないような状態まで混ざったら重曹を足し、両手で擦り合わせて混ぜていく。
それを型にぎゅっと押し入れて取り出して崩れないように乾燥させれば、ラムネの完成だ。
クエン酸と重曹が合わさると、二酸化炭素が出てシュワシュワした食感を味わえるので、その分、水を控えてレモン汁を多めに入れて作っている。
この、口の中で溶ける感覚が堪らないそうだ。確かに私も、噛み砕くラムネより、シュワシュワと口溶けるラムネの方が、好きだ。……どっちにしろ噛み砕くことが多いが。
これをリアレスカさんの菓子配達係に手渡し、部屋へと戻る。
そろそろ私が行かないと、城に乗り込んで暴走しないだろうか。だが、こっちの懸念が解消されるまでは、待ってほしい。
私はリアレスカさんがいるであろう方角へ手を合わせ、布団の中に潜り込んだ。
あまりよく寝付けず、寝覚めの悪い早朝、畑へと歩を運ぶ。
百メートル四方でも大きいと思われた畑は、魔王様のお土産や私の要望によってその敷地を埋めていき、満員御礼状態で鬱蒼とした熱帯雨林の様相を呈してしまったため、それを改善すべく、区画整理と道の確保をしてもらったのだが……。
その領域は元世界の砂漠化の如く徐々に加増していき、結果的に農家一戸当たりの耕作地平均である、三町分……三万三千平方メートル、凡そ学校の校庭三つ分にまで拡張していた。
しかし、そこは流石、魔王様の城にある庭園。私に宛がわれた私室からは、美しく整えられた庭園が望め、畑がその景観を損なうことはない。意識をすれば見える程度だ。
つまり城の庭園は、それだけ篦棒にデカい。
私はその見た目比率に惑わされ、すっかり油断をしていたのだ。……畑がどれだけ広くなっていたか、を。
木本になるのが果物というだけあって、畑というよりは果樹園に近い。
菓子に使えそうな草本類は、畑の一角に作られた畝に纏められ、その周囲を背の低い木、少し高い木と順に植えられている。
だが、当然ではあるのだが、殆どの木は私より遙かに高い。
「広すぎて迷うだろーがああ!!!」
畑を彷徨う私は、木々に囲まれた一角で堪えきれずに雄叫びを上げた。
部屋までこうなったら、と思うと、体の震えが止まらない。
取り敢えず、畑の全体地図を作ってもらおうと考思し、それぞれの植物に解説文が書かれたラベルを眺めながら散策する。
「お! この香りは!!」
私は嗅いだことのある懐かしい芳香を感じ、匂いの元へと駆けていく。
木に生っている実は、赤味を帯びた色から白っぽくなっていくグラデーションをしており、滴型を二つ、食い込むように重ね合わせてくっつけた形状をしていた。
「どう見ても桃だ!! 桃そのものだ!!」
表面に、産毛のような小さな棘がないか確認しようと、梯子を使って捥いでみる。
手触りは似ているが、どうやら棘という機能はないようで、白い産毛が全体を覆い、色味が水彩画のように滲んだ印象を持たせるこれは、元世界の桃、そのものだ。
元世界での桃の皮はカテキンが多く、殺菌、抗菌抗酸化作用があると聞いたが、こっちのはどうなのだろうか。
設置されている水道で、桃の表面から産毛を取るように洗い、手触りがスベスベしてきたところを、齧り付いてみる。
ごく薄い皮の歯応えがし、直後に甘く蕩けるような柔らかい果肉が、果汁を迸らせながら口いっぱいに広がっていく。甘い香りが、体中を辿るように、漂っている。
ここまで元世界と似た果物は、林檎以来かもしれない。……まだ、話せない状態のようだが。
以前、マリンジさんが改良し、色々な色と味の林檎を実らせる木の魔物が作られたのだが、その魔物が私の作ったタルトタタンを食ってしまい、魔王様の怒りに触れ、消滅されてしまったのだ。
早く欲しいぞ、あの改良魔物。だが言っても詮無きことなのは、魔王様やコンセルさんにマリンジさんの態度からも明白である。
今は、この桃に集中しよう。
ここまで食べ頃である桃を加工するのは惜しい気もするが、だからこそ、より美味しく作り上げることが、菓子の神髄ではないだろうか。それが出来れば、私の腕も一段階上がるかもしれない。
「よし!」
私は籠に桃を捥ぎ入れ、厨房に運んだ。
私は冷凍庫からタルト生地を取り出し、生地が常温に戻るのを待ってから、型に入れて焼き上げ、冷やしておく。
桃を半分に切って種を取り、水と砂糖、レモン汁を煮立てておいたところへ入れ、全体が均等に加熱するよう煮たら皮を剥き、冷ますために鍋ごと温度設定をした棚へ入れておく。
そして朝食まで部屋でネットを流し見し、定刻に食堂へ赴いた。
食堂の席に着くと、シロップおじさんが私へ歩み寄ってきた。
「実は、シホさんのいう『和食』風のものが出来ましたが、どちらがいいですか?」
「和食?! 出来たんですか?!」
私は思わず立ち上がり、シロップおじさんと向かい合う。
おっと、いかん。マナー違反だった。魔王様の視線を感じ、シロップおじさんを見つめたまま、大人しく座り直す。
シロップおじさんはポケットから紙を取り出し、私に手渡した。
「一応、教えていただいた名称を書いてみましたので、参考になればいいですが」
渡された紙に視線を移すと、リトとガトリトのご飯風炊きもの、ポテとニキャロとオニョンの味噌スープ仕立て、スムのセウレ焼き、ベルジュとクンクンボの糠漬けと書かれている。
リトは外国産のインディカ米風の米でガトリトは餅米、ポテはジャガイモ擬きでニキャロは人参、オニョンは長ネギの根っこに玉葱が付いたような野菜だ。スムが鮭で、セウレは塩であり、ベルジュは茄子でクンクンボは胡瓜のことである。
これが分かるようになるまで、どれだけ頑張ったか、お分かりいただけただろうか。
取り敢えず、日本語でいえば、餅米入りの外国米ご飯、ジャガイモと人参と葱の入った味噌汁、鮭の塩焼きに茄子と胡瓜の糠漬けになる。
これだけの和食を揃えてくれるとは、一体シロップおじさんはどれだけ研究熱心なのだろうか。
いつか出汁巻き卵と、葉物の御浸も加えてほしい。などと贅沢な考えになるが、そう思わせるほどシロップおじさんは不可能のない、凄い実力を持った料理人だということだ。
私はシロップおじさんの手を握り締め、感動で目頭が熱くなるのを感じながら何度も頷き、和食をお願いする。
餅米を入れたことで、もっちりとした食感のご飯。煮干しと昆布の出汁で作った味噌汁。鮭の塩味も程良く、糠漬けもご飯が進んで、お代わりをしてしまうほどだ。
母のものとはまた違う美味さに驚き、食べ進めていく。惜しむらくは、箸がないことだろうか。
箸については、魔王様にも菜箸を作ってもらっているのでお願いするか、材料があれば自作してみるのもいいかもしれない。歪さも味になるだろう。
美味しそうに食べる私を見て興味が湧いたのか、魔王様も和食を所望するが、野菜が多く、素材を活かす味付けの和食は、口に合わなかったらしい。いつもの洋食で口直しをしていた。こんなに完璧で美味いのに、勿体ない。
ついつい食べ過ぎてしまい、眠くなった私は部屋に戻り、一眠りしてしまった。
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次話は10月05日(土)更新予定です。
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