第七話:恋愛脳の提出期限は今日中に
「……といった、種族の性質上、獣人族では金銭を扱うことが極めて稀で……」
午後の授業中、先生が各人種の特徴を解説してくれる。
獣人族は筋力至上主義だけでなく、獣の部分を誇りとしている人が多く魔力を禁忌にしており、未だに生活水準が原始時代並か、野生の動物に近い状態のようだ。
元世界では望んでも手に入らない人達も多い好環境を、自ら望んで放棄するとは、何とも奇妙な人種だ。
魔王様も先ず滅びるとすれば、獣人族ではないかと危惧しており、何とか生活魔術だけでも普及出来ないかと頭を悩ませているそうだ。
物理力が弱いからとファムルを苛め、蔑ろにするくらいだ。自業自得だろう。
私の心情はファムルの件で、獣人族に対しては憤りが大半だが、妙な拘りを捨てれば、そのモフモフを堪能したい気もする。
魔王様としては各々の人種にある拘りを尊重した上で、全人種が平等に繁栄してもらいたいらしい。
そういう優しさがあるから余計に頭を悩ませてしまい、年中シガル枯渇状態に陥ってしまうのだろう。
もっと圧迫政治で支配してしまえばいい、と思う私は、危険思想だろうか。
とはいえ、私に政治が分かるはずもなく。魔王様が気楽に統治出来る状態になってほしいと願うばかりである。
……精霊王もダブルになったが、いや、ダブルになって益々、手が掛かるようになった気がするな。もっと真面目に働いて、魔王様に楽をさせておくれ、頼むから。
「そういえば、シホさん。アンケートは提出しましたか?」
突然の話題転換に少々一驚を喫するが、私は先生の顔を見上げて頷いた。
「書いた文字は『魔王様にお任せします』と『秘匿事項』だけですが」
「確かにシホさんが書いたら、意味が無いですよね。ですが……もう少し、期間が欲しかったですね」
まさかと思うが先生にまで、アンケート冊子がいっているのだろうか?
驚きを禁じ得ず尋ねてみると、どうやら魔力関係の研究所にまで、冊子が配られているようだ。
先生は苦笑いを浮かべ、研究に没頭し、冊子に気付かないであろう仲間の心配をしていた。
……魔王様~ッッ!! 少しは自分で考えろや?!
私は再び周囲から疎んじられる自分を想像し、机に突っ伏した。
しかしそんなに大量の情報を集めても、逆に魔王様が混乱するだけではないだろうか。
……仕舞った! 私まで、魔王様の悩みの種になってしまっている!
良かれと思ってやったことが全て裏目に出てしまい、頭に靄が掛かっているような気がする。
私は机に伏したまま、顔を擡げ、先生へと上目遣いに視線を動かして呟いた。
「……どうすれば、良かったんでしょうか?」
私の悩みを察したのか、先生は優しく微笑み、私の頭を撫でる。
「きっと、どうやっても、後悔はしたかもしれませんね。それが、恋ですから」
「……そうなんですか?」
私は上体を起こし、真っ直ぐに先生を見つめる。先生は手を膝に置き、笑顔のまま私へ言葉を紡いだ。
「人を好きになると、どうしても正常な判断が出来なくなります。それは、脳から送られる特殊な魔力が、快楽を上昇させる作用を施し、正常な判断を鈍らせていると、実験結果から解明されています」
……流石、本職が研究家である先生は、いうことが違う。
そういえば元の世界で検索した内容も、精神を不安定にして心をときめかせるフェニルエチルアミンとかいう脳内物質が、約三年間も出続けてドーパミンを強め、それに因って強化されたドーパミンは冷静さを失わせ、配慮に欠けた行動をするようにしてしまうそうだ。
他にもドーパミンやアドレナリン、ノルエピネフリンとかいうのが出ていて、その後、安定と安心の、βエンアルフィンに移行するらしいようなことを聞いた気がする。オキシトシンとかバソプレシンだかに変わって、穏やかな恋愛感情になるらしい。
その事から『恋は三年、愛は四年』というそうだ。
同じ『PEA』と略される『無脈性電気活動』とは一切関係がないので、ご注意願いたい。
……だが! 三年もこんな状態じゃ、体が保たないぞ?!
魔王様もこんなに苦しいのかと思うと、嬉しいような、申し訳ないような気もする。
しかし逆に考えれば、約三年間は魔王様が私を好きでいてくれる、ということではないだろうか?
その間に、菓子のレベルを上げられるだけ上げて、胃袋を掴めばいいのだ。
「よし!」
「し、シホさん……?」
私は立ち上がり、日時の書かれた壁掛け時計に目を向けた。
私の行動を、先生は不安げに手を伸ばし、注視している。
……仕舞った! いつ、好きになったっけ?! 感情的に乱れたのは……春くらいから、だったか……? ……いや、初夏、か?
取り敢えず、三年後の年数を紙に書き、時計に貼り付ける。
「この年までに! 魔王様の胃袋、ゲットだぜ!!」
拳を突き上げて目に炎を浮かべる私を、先生は生温い目で見守っていたらしい。
……何故?! 前向きに応援してくれてもいいじゃないか!
そんな状態で授業が終わり、夕飯に舌鼓を打った後、城内にある医務室へと赴いた。
そこにいるのは、この城へ来た時に意識のない私の様子を見てくれていた、全身をゆったり被う釣鐘型の黒い服を身に纏った白髪の翁だ。
元世界では結構な昔から、乗り物酔いや目眩、癌治療にまで、重曹点滴療法が行われているという。
そんなわけで、試しに重曹を貰いに行ったら本当にあったため、それから度々貰いにいくようになったのだ。
リアレスカさんが填まっている菓子、食べる方のラムネのためだ。当然、他にも色々使っているが。
リアレスカさんが好きかもしれないと思い、試しに作ってみたところ予想が的中し、見事に填まってくれたのだ。
翁は私を見るなり、曲がった背中を此方に向け、顔だけを僅かに此方へ向けた体勢で、嗄れた声を出す。
「……また、ですかね? ……あまり、薬品を多用していただきたくないのですがね……」
「魔王様は、チョクラを物凄い勢いで飲んでますが? あ、シガルもですね」
「……貴女は『菓子』という名を付けた、薬を調合しているんじゃないですかね……?」
頭部両端に、Sに近いCの逆形を描くような角をした白髪の翁さんは、少々愚痴っぽい。
目元は長い白髪の眉毛に隠れ、髭を貯えているので、表情がよく分からないが、文句を言いつつも毎回くれる、実はツンデレなお爺さんだ。
小柄な体をちょこちょこ動かし、掛け声をかけて棚から重曹の入った袋を取り出し、私に手渡してくれる。
「有り難うございます! これ、少ないですが」
「こ、こんな物で、買収は、されませんですからね!」
毎回、翁は憤慨しつつも、差し出した小袋を奪うように受け取り、部屋の奥へと去っていく。ツンデレそのものだ。
魔王様の周りには、何故、こうも可愛い人が多いのだろうか。
それを表す丁度良い言葉があった気がし、私は頭を捻る。
……ああ! 成る程、これが所謂、ズッ友……じゃなく。『類友』というヤツですな!
合点がいった私は拳の底を叩き、厨房へと移動した。
厨房でもアンケート冊子らしき物を手にした料理人達が、喧々としている。
申し訳なさに思わず周囲を窺い、全員の視線が逸れた時に忍び足で前進して物陰に隠れながら自分の調理台へと移動すると、料理人見習いである生意気盛りなスアンピが、背後から私の挙動にツッコミを入れてきた。
「……逆に目立つだろ、それ。意味ねえよ」
「な、何の事かね? 私は、童心に返って『だるまさんが転んだ』を、していただけだが? ん? 何か騒いでいるようだが、アンケート? え? なにそれしらない」
私は正に、頬被りをして蒲魚ぶってみると、スアンピがどこから取り出したのか、ハリセンで私の頭を叩く。
しかし『三日会わざれば刮目して見よ』とはいうが、スアンピは毎日毎日、ヒョロヒョロとデカくなっていき、同じ身長であった私としては、何だか妙に腹が立つ。
いや、逆に技が掛けやすい体になったと思い、苛立ちを抑えよう。
「で、少年スアンピは、どう書いたんだ?」
「ど、どうって……あでででッッ!! 痛えっ!!」
私はスアンピの背後に回り、左足に自分の左足を絡めるように掛け、スアンピの右腕下から自分の左腕をスアンピの首の後ろに巻き付け、背筋を伸ばす。
あばら折り、ともいわれる極技、コブラツイストだ。
私が両手の指を引っ掛けると更に強く極まるが、流石にそこまでしては可哀想だと思ってやめているのだが、尋ねていることを答えないとは、どういう了見だろうか。
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