第六話:カトル・パウンド・カール・ケーキのショコラ・テリーヌ添え
「……魔王様は、やる事為す事、規格外過ぎだよね……」
「魔王様もシホちゃんも、そういう所が可愛いって評判だよ」
「わ、私も規格外と思われてんの?!」
嬉しそうに笑みを溢すファムルの言葉に、私は愕然としてファムルを振り返る。
今更何をというように、ファムルはきょとんとした表情で首を傾げていた。
……まあ、異世界人って所で、規格外か……。
「ちゃんと、シホちゃん好みの感じで書いておいたからね」
「有り難う!! メチャメチャ嬉しいッッ!!」
……流石親友! 常に愚痴っておいて良かった!
私はファムルを抱き締め、作業に戻る。
作りたいが、時間が掛かるために自重していた素材と菓子が色々あり、自分のキッチンが出来たら作ろうとしていたのだが、まだまだ先のような気がする。
少々悩むが、取り敢えずは、初心に返ることにしよう。
というわけで、ファムルには旬の果物を粉末とピューレ状にしてもらい、お礼に小袋に入れた菓子を渡す。
「その内、もっと大変になると思うから、今の内にゆっくりしといて」
「な、何か怖いけど、分かった!」
ファムルは気合いを入れたポーズを取り、嬉しそうに小袋を抱えて去っていった。ああ、可愛い。
ファムルを見送った私は思考を切り替え、冷蔵庫にあるショコラ・テリーヌを見つめ、そのサイズと、増えていく消費量を潜思し、他に何を作るか検討する。
初心に返るなら基本に戻り、過去の作品と味比べをするのもいいかもしれない。
基本といえばやはり、フランスではカトルカール、イギリスではパウンドケーキと呼ばれている菓子だろう。
パウンドケーキは、一人が一日に消費する大麦の量を基準に作られた単位である一ポンド(約四百五十グラム)が由来で、秤のない一般家庭が、一ポンドの重さである聖書を基準に作っていたらしい。
カトルカールは、材料である小麦粉、バター、砂糖、卵の四つを同じ分量で作ったことから、四分の一が四つで四分の四(=quatre quart)という。
生地の製法は、砂糖とバターを泡立てるシュガーバッターという手法に、小麦粉とバターを混ぜ合わせてから他の材料を入れていくフラワーバッター法があり、卵黄と卵白を分けてそれぞれを泡立てるか、一緒のまま泡立てるかという、別立てと共立てがある。
シュガーバッター共立て法、シュガーバッター別立て法、フラワーバッター法、そしてジェノワーズという溶かしバターを使う共立て法に、バター以外の全てを混ぜ合わせて最後に溶かしバターを加えるオールインワン法という、五種類の製法がある。
パウンドの食感や味、膨らみ方や焼き上がり感などによって手法を選ぶ必要がある、ということだ。
などと復習をしてみる。
それにしても、約四百五十グラム×四のパウンドケーキとか……そんなに日持ちするのだろうか? 秤はないが、冷蔵庫はあったとか? いや、そんな馬鹿な。
相変わらず、イギリスの方は謎めいている。全ての人が魔王様だったら有り得るような話だが。
寧ろ五製法を一ポンドずつ作らせ、全部一日で食べきるのではないだろうか。
……ちょっと怖い想像になってしまった。
焼成に入っている間、改めてアンケート用紙……ならぬ冊子を取り出し、紙を捲りながら眺める。
……私が書いたら、魔王様の考える余地がないよな……。
やはりここは、他の人の意見を参考にしても構わないが、私が回答を書くわけにはいかない。
希望には『魔王様にお任せします』、実生活は『秘匿事項』と書き込み、厨房の出入口傍にある目安箱……元い、アンケート回収箱に突っ込んだ。
食堂に、ティートローリーというワゴンで菓子を運び、皿にカトルカールとショコラ・テリーヌを切り分け、苺擬きを煮詰めて作ったソースと、甘味のないホイップ……クレーム・フェッテを添え、皿を目の前に置いていく。
同じような過ちは犯さないためだ。
「こ、これは!!」
案の定、魔王様はショコラ・テリーヌを頬張り、目を瞠る。
「ケーキに付けて食べても、美味しいと思いますよ」
「うん! 甘くないクリームがどっちとも合うし、美味いな!」
「この、ぎゅっと味が詰まっている、ストレリイのソースも合いますね!」
「ふぉふぇふぁふふぁふぃ!! ふふぇふぉふぁふぇふぁふぉふ!」
「うん、このケーキ? 甘さ控えめだし、チョクラのを薄く切って合わせると、イイ感じになるよね」
私が食べ方の提案をすると、コンセルさんは甘くないホイップで、甘さを抑えて食べるのを気に入り、先生はやはり煮た果物が好きなようで、苺ソースを付けて食べている。
プレジアは相変わらずで、マリンジさんも私の提案を受けた食し方を気に入ったようだ。
何だかプレジアとマリンジさんも、参加するのが当たり前のようになっているが、魔王様は自分の取り分が減ることに、懸念はないのだろうか。
私は悩みつつもカトルカールを口に入れる。うむ、昔作ったよりもイイ感じだ。
当時の手法と同じ手法で作ったが、焼き加減もムラなく綺麗に膨らんでおり、口当たりも滑らかで、一段階ほど美味くなっている気がする。どうやら、多少なりとも腕は上がっているようだ。
……まあ、毎日作っていて、変わらなかったら、逆に奇怪しいか。
私が満足げに食べていると、やはり約束が違ったようだ。魔王様はプレジアとマリンジさんを睨み付け、一喝した。
「マリンジ! プレジア! 昨日は偶々議会で訪問していたため許したが、態々食しに来るとはどういう心算だ?!」
魔王様の怒りに、二人は呆気に取られて顔を見合わせ、魔王様へと視線を動かした。
「サジェスのモノはボクのモノ、でしょ?」
「この世のものは儂のものじゃ」
「そんなわけがあるかッッ!!」
ダブル精霊王による独裁的な宣言に、魔王様はテーブルを叩いて拒絶する。
やはり、大量に菓子を平らげる二人が毎日参加することは、拒否したいようだ。
私としても、毎日そこまでの量を作るのは時間が掛かりすぎるので、出来れば遠慮したいところだ。
「それじゃ、次からはプレジアとマリンジさんには、出さないようにしますね」
「うむ。それで構わん」
「え、ええっ?! 何それ?!」
「な、何という鬼畜の所業じゃ!!」
「一人分ならいいけど、二人共、遠慮無く食べるからね。魔王様の分が減ってしまうんですよ」
私が魔王様の後押しをすると、二人は言葉を失い、俯いている。
流石に少し言い過ぎただろうか? だが前触れもなく来られても、分ける程度では済まない量を食べてしまうので、魔王様だけでなくコンセルさんや先生の分まで激減しているのは確かだ。
魔王様も俯く二人を見、決まりが悪そうに身動いでいる。
「……各々一人分で良ければ、その分だけ、多めに作りますが」
「……うむ。……シホが良いというのであれば……ならば許可しよう」
二人の表情が屈託のない笑みに変わり、大きく頷いている。
と、そこに、何処かで見たような、黒尽くめの男達が入ってきた。
「失礼します。精霊王様方、お仕事が溜まっておりますので、ご帰還ください」
「ええっ?! 何でさ!? プレジア、ちゃんとやってよね!」
「な、何を言うのじゃ! 頭脳労働は、貴様の役目であろう?!」
「うわあっ!! やめろってばっ!!」
「嫌じゃーっ!!」
黒尽くめの男達は、どうやら職務を怠慢していたらしいプレジアとマリンジさんを無理矢理抱え、お辞儀をして去っていく。
私達は、それを唯々、呆気に取られて見守っていた。
「……取り敢えず、作る量が増えなくて、良かった、んだよ、な……?」
「……まあ、そうか、な。けどまた突然参加されると、食べる量が半端ないんで、事前に報告が欲しい、かな……?」
コンセルさんが、ぽつりと呟く。私はそれに不満を織り交ぜつつ、賛同する。
「……それもそうだな。次回から報告がない際は、出さずとも良いとしよう。……仕事を疎かにするものに、やる菓子はない」
「……私はあの、精霊王様方を押さえ込める、黒尽くめの方達が気になります。……あの格好に、何かが……?」
魔王様は私の言に改定案を述べ、先生は研究者らしく考察を呟いていた。
果たして、転移魔術室のある執務室は無事だろうか……?
皆が同じ思いで余韻に浸り、誰からともなく、菓子の時間を再開させた。
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次話は09月27日(金)更新予定です。
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