第五話:サイズバグのアンケート冊子
「……シホ、例の件の図面だが」
魔王様がコンサルさんへ視線で指示を出し、コンセルさんは頷いて丸めた紙を広げ、私に手渡した。
……部屋に繋がるキッチンだ!!
思わず紙に顔を近付け、食い入るように図面を見つめる。
私に宛がわれた部屋は、廊下から中へ入るための扉がやや右寄りにあり、中央に天蓋付きベッドがある。
そのメインルームに、勉強する場所やお茶をする場所等、色々と区分けされているが、取り敢えずおいておく。
メインルームの突き当たり中央には、ベランダへと出られる窓がある。
右側の壁には、着替え用の部屋と衣装部屋へ繋がる扉がそれぞれにあり、逆側である左側の壁には、風呂とトイレと洗面所が一体となった部屋への扉が付けられている。
実際の形状とは異なるが、全体図でいうと、凸の短い側……上部に、メインルームと廊下を繋げる扉があり、中央の長方形がメインルームで、下方の飛び出した両脇部分が、着替えなどの他の部屋がある、といえば分かりやすいだろうか。
どの場所も、落ち着かないほど広いのだが、メインルームが呆れるほど広いので、左右上部のどちらでも、台所を作るには十分な空きがあると思うのだが、隣の部屋との関係で作れないのだろうか。
図面では、別の場所なのか、少し離れた場所にキッチンらしき箇所がありそうだ。
「部屋の隣では、少々手狭なようだ。通路も作ることになりそうだが、部屋の右側と左側、どちらに通路が来るのが良いか、聞きたいと思ったのだが、どうだ? いっそ全て、シホ好みに作り替えるか? 半フロアか、一階分あれば、足りるかと思うが、どうだ?」
「……はい?」
魔王様の真剣な表情に、私は首を傾げて腕を組み、言われた内容を反芻し、考察する。
図面と話を照らし合わせ、熟考すること、暫し。
やっと、図面の正しい縮尺に気付いた私は、額をパシリと叩き、大笑いするしかなかった。
……ハッハッハッ!! これは失礼仕りました! 見ていたサイズ感が違っていたようですわい!
私が、部屋の全体図だと思っていた凸は、どうやら部屋にあるドレッサーか何かで、矢鱈と大きな囲い線が、部屋の全体図だったようだ。
「し、シホ?!」
「し、シホちゃん?!」
「ど、どうしたんですか、シホさん?!」
いきなり笑い出す私に、魔王様やコンセルさんと先生は、心配そうに私の様子を窺っている。
しかし、私は言いたい。お願いした以上、声に出しては言えないが、本当は可能な限りの大声で叫びたい。
……動かせないものはともかく!! 内部の家具配置まで書くなッ!! 書くなら、名称くらい書いておけぇぇぇッッ!!
思い切り頭の中で叫び、何とか平静を取り戻した私は、コンセルさんを見上げて言葉を紡いだ。
「……何か、書くものはありますか?」
「え? あ、ど、どうぞ……」
私の敬語で、コンセルさんまで丁寧な口調になり、インクの入った筒付きの羽根ペンを手渡してくる。
私はそれを受け取り、図面の中に『部屋全体』と『廊下』、『候補場所』という文字と共に間取り図を書き、『可能なら部屋全体を半分に縮小希望』と要求項目として書き加え、コンセルさんに返却する。
半分でも大きすぎるが、一応、魔王様の考える大きさが規格外であることを、理解しておいてもらいたいがための、追記だ。
コンセルさんはそれを見、納得顔で魔王様に手渡す。
魔王様はその奇妙な雰囲気に困惑しながら、図面へと視線を向けた。
「な、何だとッッ?! ひ、広すぎる、だとッッ?!」
やはり、サイズのバグを起こしていたのは、魔王様だけだったようだ。先生も事情を把握し、納得顔になる。
魔王様はというと、図面を持つ手が震え、驚愕のあまりに顔色を失い、図面に顔を近付けて凝視している。
……そんな顔を見てしまうと、何だか悪いことをした気になってしまうではないか。
私の脳内で、昼食時に危惧した『金色夜叉改変図』が再び浮かび上がり、私は慌てて頭を振った。
まだ今は愛されている。それに、私の要求も私欲とはいえ、最終的には魔王様が喜ぶことになるのだ。
……だが、ここは一つ、賭に出ておくか?!
私は誠意を示すべく、周囲を圧倒する依頼を、魔王様に嘆願した。
「書き込みは訂正します。気にせずに、魔王様がお気に召す案で、お願いします」
「し、シホちゃん?! 正気かッッ?!」
「し、シホさんっっ!! それはっっ!!」
「但し!」
私は、とんでもない発言であることを示唆する、コンセルさんと先生が詰め寄ってくるのを制止し、魔王様を真っ直ぐに見据える。
魔王様も姿勢を正し、生唾を飲み込んで私を見返した。
「私が喜びそうな、動線を考えた間取り図を、魔王様が考えてください。その部屋で過ごし、魔王様に感謝しながら暮らす私を想像して、魔王様が作ってくれませんか?」
「!! ……成る程、私がシホの好みである部屋を考えれば、そういう利点がある、ということか……!」
恋愛とは、相手を思い合うことである。そして一生を通し、より相手を思いやれた方が、勝ちだ。
つまり、人生を賭けた、タイマン勝負である。
「……いや、ちょっと違うんじゃ……」
コンセルさんが苦笑して訂正しようとするが、既に魔王様も私の意図を理解し、背中に炎を滾らせ、真剣な面持ちで私を見つめている。
「……よし。必ずや、シホを喜ばせる間取りを考えてみせよう。暫し時間が掛かるが、構わんか?」
「魔王様の納得いくものが出来るまで、待ちましょう」
「……恩に着る」
お互いに頷き合って固い握手を交わし、魔王様は執務室へ、私は私室へと、それぞれの目的地へ歩み始めた。
「……な、何か、俺の知ってるのと違う気が……」
「恋愛は人それぞれ、ですが……私もちょっと、このパターンは……」
その時、コンセルさんと先生は、お互いに苦労しますね、といっているような笑みを交わしていたらしいが、魔王様と私がそれに気付くことはなかった。
朝、扉を開けると、分厚い通販冊子のようなものが音を立てて床に落ちる。
私はそれを拾い上げ、そのタイトルに目を見開いた。
「……へ? アンケート……冊子?」
何故か魔力を纏っているその冊子を手にした私は、書かれている文字を黙読する。
内容は、住みたい部屋と現在の部屋の状態、それに対する不満と満足に関する項目が数ページに渡って書き連ねた、正に、アンケート冊子だった。
扉からの各使用家具の距離。部屋の中にある別室への距離。その配置。水回りの場所と扉からの距離。理想とする間取り等々、先ず、どんな部屋が良いかの詳細を問う内容が、びっしりと書かれている。
現在の状況についても、場所の往き来に関する時間や回数など、ちょっと人のプライバシーに踏み込みすぎでは? と思う質問が続いている。
アンケートが冊子状になるほどのものは、今まで目にしたことがない。
なるべく薄くするためなのか、質問事項の文字が小さく、ハッキリいって読み難い。回答欄は具体的に書きやすいよう、それなりに大きく取っているのだが、冊子状であるため、書き難い。
いつの間に作って配ったのだろうか。それにしても……。
……自分で考えるんじゃないんかい!
多少憤りを感じなくもないが、サイズバグな魔王様に、使い勝手の良い広さや、動線を考えた配置が分かるはずもなく。
取り敢えず、大目に見ることにして、厨房へと向かった。
その間に何度か、アンケート回収用の巨大な箱が壁に沿って置かれているのを目にする。
……どんだけの人に聞いてるんだ?!
ファムルに聞くと、冊子は、使用人全員に配られていたらしい。
然も締め切りが、今日中に提出、と書かれている。忙しい仕事が目白押しな人には、迷惑極まりない命令だろう。
此見がしに魔力を纏っていたのは、名前は無記名でいいものの、提出しなかった人は分かるという、提出義務を匂わせる警告のように感じられた。
「シホちゃんの部屋を作るためでしょ? 偶にならいいけど、やっぱり広すぎて、暮らすには大変そうだもんね」
やはり受け取った人々には周知されているようで、私に対する風当たりが強くなるとは考えてくれなかったのだろうか。
私は調理台に手を置き、周囲から疎んじられる自分を想像して項垂れた。
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次話は09月24(火)更新予定です。
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